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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十三章:時の淵に立ちて、還る道にも月の導きあり
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142 その綿毛は、願いを乗せて

「ところで――天鏡国には、どうやって行くの?」


 とぼけたように、けれどどこか真剣な顔で、蓮が問いかける。

 ぱっちりとした瞳をわざとらしく見開いて、ふてくされたような口調で続けた。


「私たち、あの件で間接的に『国外追放』されたんだよ?馬車もないし、白虎もいないし……」


 ちら、と浮遊を見る。


 言外に込められたのは、

 ――ねえ、ちょっとくらい乗せてくれてもいいんじゃない?という圧。


 かつて、凛音がアイに誘われるまま白虎にまたがったとき、蓮はその光景を内心で噛みしめていたのだ。

 しかも今回は「龍」――それも、伝説の青龍。


 なんとなく。

 ほんのちょっとだけ、凛音と同じ景色を見たくて。

 今、蓮は淡く、それを期待している。


 浮遊はじろりと蓮を見やった。

 その目には、明らかに「乗せてやるもんか」というプライドがきらめいている。


「ふん、まったく……最近の若造は、神に物乞いでもする気か?」


 しっぽをばさりと振って、偉そうに鼻を鳴らす。


「わしは青龍ぞ。天を司り、万象を導く存在じゃ。まさか、おまえら人間風情を背に乗せて、ぽこぽこ飛んで行けと申すか!」


 そう言いながらも、浮遊の身の下には、いつの間にか風が集まり、誰かを迎え入れるように、雲がふわりと舞い上がっていた。


「……ただし、乗り心地は保証せん。途中で振り落とされても、文句は言うなよ?」


 凛音はくすりと笑い、浮遊の角にそっと手を添えた。

「浮遊ったら、口では嫌がってるくせに……もう、しっかり準備できてるじゃない。」


 その瞬間、風が一気に巻き起こる。

 龍――天を駆ける神の化身が、しなやかな身を弾ませ、ひと跳ねで雲の海へと舞い上がった。


 九万里をひと息に駆け、天風を従え、雲霞を纏いながら空を裂いてゆく。


 白虎に乗ったときも、空は高く澄んでいた。

 夜風が肌を刺し、月の光が身体を照らし、獣の鼓動が背に響いた――あれは、緊張感と凛冽さを伴う、地を離れた旅。


 だが今は――違う。


 音が遠ざかり、風はやわらかく、ただ身を預けるだけで、ふわりと浮かび上がる。

 上下の感覚すら薄れ、空と雲の境すらあいまいで、どこまでも白と青の揺らめきに包まれていく。


 下界には、まだ灯のともる街、眠る湖、雲の上に浮かぶ山の峰々。

 時も、地形も、すべてが遠く、静かだった。


 三日かかる道のりを、一夜で越えていく。


 これはもう、単なる旅路ではない。

 風と雲を従えるまさに「浮遊」の道――

 人の世を離れ、空の理をなぞるような、神々の通う領域だった。


 星杯の表面に、またひとすじの亀裂が走る。

 その高所に佇む白虎は、言葉もなく、それを見下ろしていた。

 風が、彼のたてがみをかすかに揺らす。

 星杯が淡く脈動し、光の波が静かに広がってゆく。

 「……過去の天鏡国に、辿り着いたか。」

 星々が震えるような音が、遠く、ひどく遠くで鳴っていた。


 雲の海を裂いて、ひとつの影が飛ぶ。

 浮遊の背に、ふたりの影が揺れていた。


 目指すのは――月と星の記憶が眠る国。

 未来では地上からしか見ることのなかった神殿を、いまは天から臨んでいた。


 天を映すように造られた水晶の穹頂は、まるで夜空の一部のように月光を返している。

 そのさらに上、塔の頂に立つ細き尖塔は、天と地を結ぶ「星の杭」――


 「……着いたみたいだね。」

 凛音の声が、ゆっくりと雲の間に溶けていく。


 浮遊の背がゆるやかに下降し、星宮の庭の縁にそっと降り立つ。


 待っていたかのように、星官たちが静かに整列していた。

 ひとり、金色の冠をいただいた若い星官が歩み出る。


「天鏡国へようこそ。女王陛下より、使節団としてのお越しを賜りました。」


 凛音と蓮は、思わず顔を見合わせた。

 使節団――

 その呼び名の中に、彼らが「来るべき者」として既に受け入れられていることがはっきりと示されていた。


「予想以上に、用意がいいね……」

 蓮が小さく肩をすくめ、冗談めかしてつぶやく。


 その瞬間、星宮の回廊の上方、透き通る白の衣をまとった影がひとつ、静かに姿を現した。

 風が止み、空気がわずかに張りつめる。


 凛音は、思わずその姿を見上げた。

 月光に照らされた女王の立ち姿――

 それは、かつて雪華の夜、渊礼を連れて去っていったあの背中と、何ひとつ変わらなかった。


 あの時と同じように、揺らぐことのない眼差しで、女王は彼らを見下ろしている。


「星の裂け目が揺れる時、訪れる者が現れる。星はそう告げておりました。」


 女王の言葉が夜空に消え、沈黙が落ちる。

 凛音と女王、互いに視線を外さないまま、言葉を交わすこともなく、ただ静かに睨み合っていた。


 その空気を裂いたのは――どこか高く、透き通るような子どもの声だった。


「ねえ、お姉ちゃん……すっごくきれいだね!」


 声とともに、柱の陰から小さな影が駆け出してくる。

 真っ黒な髪を跳ねさせ、光る瞳をぱちくりと動かしながら、六つくらいの男の子が、まっすぐ凛音のもとへと駆け寄った。


 そしてそのまま、彼女の衣の裾をぎゅっとつかむ。


「さっきから、ずーっと見てたんだよ。お姉ちゃん、ぜったいお星さまから来た人だって思ったもん!」


 凛音は戸惑いながらも、そっと目を伏せる。

 その横顔に、ふわりと何かが差し出される。


「はい、これあげる!」


 男の子の掌に乗っていたのは、一輪の蒲公英の綿毛。

 細く、やさしい風に揺れながら、今にも飛び立ちそうに震えている。


「お姉ちゃん、なんだかちょっとだけ、悲しそうだったから。これ吹いたらね、風が味方してくれるよ!」


 ――そういえば、未来の出会いでも。

 アイも、同じように言ってくれた。


 その綿毛には、人の願いが込められているんだよ。


 その記憶が重なった瞬間、凛音は思わず微笑んだ。

 ゆっくりと膝を折り、小さな掌の上に顔を寄せる。


「……うん。ありがとう、アイ。」


 そして、ひと息。

 優しく吹きかけたその風に、綿毛はふわりと舞い上がった。


 夜の月明かりのもと、白い綿毛は空へと弧を描きながら、くるくると踊るように広がっていく。

 風に乗って、祈りのように、願いのように――静かに、遠くへ。


「……皆に、少しでも良い未来が来ますように。」


04.19:

遅くなってしまいましたが、少しだけ後書きを書かせてください。本来なら第140話か141話のあたりに載せるべきだったのですが、この数日あまりにも忙しく、手が回りませんでした。申し訳ありません。


第140話は、第四部前半の締めくくりとして、かなり自由に、自分の「書きたいもの」を思いきり詰め込んだ回になりました。個人的にはとても満足しているのですが、「過去」と「現在」が交錯する構成のため、少し分かりにくかったかもしれません。


ネタバレを避けつつ、その話の意図を簡単に整理してみます。

【過去の出来事】

凛音が青龍を早く目覚めさせたことで、雪華国に駐在していた星官がすぐにその異変を察知し、四神のバランスが急速に崩れ始めます。

そのため、天鏡国の女王が雪華国へと足を運ぶことになり――その影に隠れていたのが、淵礼を奪おうと目論むデイモンです。未来で何が起きるかを知っている凛音は、過去の回想で一度阻止できなかった後悔から、今度は一切の迷いなく、デイモンを一瞬で葬りました。

この出来事により、未来が変わるかに見えましたが、淵礼が連れ去られる運命そのものは変えられませんでした。ただし、今回はデイモンではなく「天鏡国の女王」が連れて行ったため、淵礼がその後に迎える幼少期はまったく違うものとなったのです。

第140話のラストで描かれた子供こそが、その「新しい未来」を生きる淵礼でした。

【未来の影響】

現在明らかになっている最大の変化は、「星杯のひび割れ」、そして「女王の失踪」です。


第四部全体は「天鏡国の物語」として構成しており、

・現在の天鏡国

・そこから遡る雪華国(天鏡国の力によって過去へ)

・さらに過去の天鏡国

・そして再び雪華国(天鏡国が導く「未来への帰還」)

という四つの時間軸が交互に展開される構成になっています(各10話ずつの予定です)。



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