表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十二章:星に問う、白き虎と祈りの扉
139/183

139  逆流

「凛音! 白瀾国の者も――鳥も――決して信用するでないぞ!」

「えっ、な、なに? どうしたの、浮遊……急にそんな……」


「……朱雀は、ずっと周囲に嘘を吹き込んでおる。あやつが命を落としたその日などと申しておったが――ふん、白々しいにも程があるわ。」


 凛音は、なんとなく察していた。

 雪華国の滅びの裏には、あまりにも多くの嘘が絡んでいたから。

 そして、浮遊の怒りを前に、苦笑しながらこう言った。


「でもさ……だからって、蓮を部屋の外に締め出すのはちょっと可哀想じゃない?彼は嘘、ついてないし」

 そう言って、凛音は扉を開ける。


「つ、ついてない!? あやつは過去に別の名でそなたを欺いておったのだぞ!!」


 ちょうどそのとき、雲を掻き分けるように蓮が部屋に入ってきた。

「浮遊、どうしたの? なんか怒ってる?」


「全く……白瀾国には、真を語る者すらおらぬか!朱雀、とっくの昔に目覚めておったわ!そして……お主の父こそが、その契約者だったのじゃ!!」


 そのときだった。


 突然、火光が四方に走った。

 一瞬にして、真っ直ぐ立ち上がる炎が壁のようになり、凛音、蓮、そして浮遊を包み込んだ。

 その火の壁は、ゆっくりと上へ伸びていき、やがて円を描くように天井を覆い始める。まるで炎の鳥籠の中に閉じ込められたかのようだった。


「朱雀のやつめ……」

 浮遊は火壁を睨みつけ、あきれたように鼻を鳴らした。


 さらに、火を帯びた羽根の矢が再び降り注いでくる――

 だが、今回は浮遊の出番ではなかった。


 凛音がすっと月牙の刃を引き抜くと、

 くるりと刃を旋回させ、迫りくる火矢のすべてを叩き落とした。


 ――その様子に、火の壁の向こうから声が届く。

「すごいなあ……」


 悠々と、南宮洵は燃えさかる火の中を歩いて現れた。

 まるで炎を従えるように、火壁をすり抜けて――


 蓮は思わず一歩踏み出し、凛音の前に立ちはだかった。


「下がれ、愚息よ!」

 南宮洵の声が、炎の揺らめく室内に響き渡った。


「……なぜ、それを……」


「『なぜ朕が、おまえを我が子と見抜いたか』と訊きたいのだろう?ならば教えてやろう――その娘の腰にある玉佩、あれはかつて朕が、我が息子・蓮に与えたものだ。」

 南宮洵は蓮を軽く突き飛ばし、腰の剣を引き抜くと、すっと凛音に刃を向ける。

 そして、一度も振り返らずに告げた。

「それに……おまえの面差しは、若き日の朕に瓜二つだ。」


「ならば、なぜ彼女が私の最愛の人と知っていながら、あのような危険に晒した!?

 なぜ彼女を牢へ閉じ込め、罠へと追い詰めた!」


 蓮の叫びは、目の前にいる南宮洵だけではなく、十二年後――凛音を監に閉じ込め、太后を失脚させるために彼女を利用した、「あの」南宮洵に向けられたものでもあった。


 凛音は、手で刃を握った。

 血が一滴、また一滴と、静かに床に落ちていく。

「私の前で、父子の情でも演じてるつもり?私はこれから父も母も失っていくのに――さっきあなたが『最愛の雪ちゃん』と呼んだのは、この私よ。」


 その言葉に、南宮洵の目が揺れた。

 驚き、戸惑い、そして信じたくないという色が浮かぶ。

「……嘘、だろ……」


 ――「千雪」が目の前に立っていることに、動揺しているのか。

 それとも、この私が両親を失うという未来に……怯えたの?


「嘘?そうね。嘘があるとすれば、私はもう『雪ちゃん』なんかじゃない。家族も、国も、名前も――全部、失ったんだからね。」


 その瞬間、南宮洵の手から剣がこぼれ落ち、乾いた音だけが、部屋に響いた。


 同じ頃、天鏡国・星宮。


「……あっ!」 星官の一人が、ほとんど悲鳴のような声を上げた。


 中央に鎮座する「星光の玉杯」が、ひときわ強くきらめいたかと思うと――

 次の瞬間、鋭い音とともに、ひびが走った。


「星杯が……砕けた?」


 信じがたい光景に、誰もが息を呑む。割れた杯の中から、千年銀砂が逆流しはじめた。まるで、空へ向かって時を巻き戻すように、白く輝く砂が、天へと吸い上げられていく。


「銀砂が……逆流!?な、何が起きている……」


 観宿台に設けられた八方の星宿盤も、次々に異常を示し始める。

 星辰の位置が、ずれていた。本来の光に重なるように、別の星の軌跡が揺らぎながら重なり、まるで二重写しのように乱れていく。


「女王陛下がいない!」

「星の観儀が始まる直前だったはずなのに……」


 誰かがそう叫ぶ。

 だが、女王の玉座は空のままだった。

 ただ一枚、薄い白布だけが風に舞っていた。


 その布の端には、血のような色で書かれた、ひとつの文字。


『未』


 そのとき――


 白銀の獣が、夜空を裂くようにして舞い降りた。


 星官たちは思わずひれ伏す。

 その中を、白虎はゆっくりと歩み出て、砕けた星杯を一瞥し、そして静かに呟いた。


「……『過去』にいる凛音が、何かを変えたのだ。」


 彼は夜空を仰ぎ、わずかに目を細めた。

 星々の光は、どこか歪みながらも、なお燃えている。


「星の運行が狂い、未来の錨が……外れ始めている。このままでは、『未来』という名の現在すら、崩れ去るぞ。」


 その声には、揺るぎない重みがあった。

 誰も、言葉を返すことができなかった。


 また、同じ頃――過去の雪淵閣。


 淵礼はふいに足を止め、額に手を当てた。針のような痛みが頭の奥を突き刺し、視界がぐらりと揺れる。次の瞬間、まるで走馬灯のような光景が脳裏に閃いた。


 白い雪原。夜風が吹き、月が静かに照らす中、ひとりの少女が雪の上に倒れている。

 雪に濡れた白い髪、閉じられた目元はどこか安らかで、その顔は――凛音だった。


「……凛音様?」


 思わず名を呼んだ直後、ふたたび激しい頭痛が彼を襲った。視界がぐらつき、像の上に「何か」が重なるように、けれど微妙にずれて、静かに溶けていく。


 紅い衣。

 華やかなはずの緋が、雪へと滲んでいく。

 声もなく、手も動かず、ただ静かに崩れ落ちていく――そこにいたのは、小さな少女。

 今度は、間違いなく、いつも自分のそばで笑っていた、あの妹、千雪だった。


 さっき見た雪の中で倒れていた凛音の姿と、いま目の前で重なって見えるのは、まだ失われていないはずの、大切な家族。

 何が起きているのか、彼には分からなかった。けれど、知ってはならない何かを、これから自分が迎える運命の一端を、この瞬間、ほんの一瞬だけ垣間見てしまった気がした。


 ただひとつ確かなのは――そのときから、淵礼の中で、時の歯車が静かに軋み始めたということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ