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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十二章:星に問う、白き虎と祈りの扉
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138  喧嘩もまた、美しき日々

 凛音と蓮が宮殿に戻ると、そこはまるで大騒ぎの渦中だった。


 ひとつは、昼過ぎに白瀾国の国王からの書状が届き、「近日中に自ら来訪する」との知らせ。

 もうひとつは、夜になって星官たちが宮殿内を駆け回りながら叫んでいたこと――「青龍が目覚めた、青龍が目覚めた!」と。


 それを侍女から聞いた二人は、慌てて自室へと逃げ帰った。


「なぜ、そなたらは今、同じ部屋を使っておるのじゃ?」

 浮遊が不思議そうに問いかける。


「夫婦だからね。」

 蓮が誇らしげに胸を張って答える。


「なに? わしの知らぬ間に、そなたら婚儀を済ませたのか?」

「ち、ちがうよ!蓮の話、真に受けないで!宮中に潜入するための偽装夫婦だから!」


「……チッ。」と、蓮が聞こえないほどの声で舌打ちした。

 そしてそのまま真っすぐ浮遊を見つめて問いかける。


「浮遊、一つ聞かせてくれ。なぜ彼らは、おまえの覚醒に気づいた?」


「それは、わしにも分からん。だが――人の世が神の気配を読み取れるとすれば、天鏡国の者である可能性は高い。」


「それより……蓮の父上が来るって、本当に大丈夫なの?わたしたち、バレたりしないよね?」

 凛音が不安そうに尋ねる。


「……それはもう、『来てしまったからには、腹を括るしかない』ってやつだな。」


 二日後。

 蓮が小さな千雪に薬草の使い方を教えていた、ちょうどそのときだった。


 華やかな衣をまとい、黒髪を風になびかせ、朱紅の冠を戴いた男が、突然駆け込んできた。

 しかもその勢いのまま、書机の前にいた千雪をひょいと抱き上げてしまった。


「大丈夫ですか、我が愛しの雪ちゃん。朕は雪ちゃんが風寒にかかったと聞いて、すぐに駆けつけましたよ!」


 その姿を見た蓮は、すぐに彼が誰なのかを悟った。

 平然を装いながら、そっと前髪を整え、静かに息をついた。


「雪ちゃん、雪ちゃん~朕のこと、恋しく思ってくれてたかい?」

 男は千雪を高く持ち上げると、くるくると楽しそうに回り始めた。

 千雪は鈴の音のような笑い声を上げて喜んでいる。


 そこへ、霄寒と清遥が慌ただしく駆け込んできた。

 その後ろには、凛音の姿もあった。


「洵、早くうちの娘を下ろせ。」霄寒が少し呆れたように声をかける。


「やった~、この前、雪ちゃんが『ジュンのお嫁さんになる』って言ってくれたんだよ~!」


 その言葉を聞いた凛音は、思わず頬を赤らめた。

 そういえば、あのとき――白瀾国の牢で、陛下からも同じことを聞かされたのだった。


 清遥はにこやかに笑みを浮かべながら洵に近づき、彼の腕の中から千雪を優しく受け取る。

「洵もまったく……千雪はまだこんなに小さいんだから、変なこと教えないの~」


「変なことじゃありません!千雪が大きくなったら、朕と結ばれなくても、うちの息子と結婚する運命なのです!」


 その一言に、凛音と蓮はそろって顔を真っ赤に染めた。

 そして、南宮洵ナングウジュンの視線は、すっと凛音の後ろに立つ南宮蓮へと向けられる――


「この雪ちゃんに何か教えてる男……誰?」


「誰って、あなたの国から来た遊学中のお医者さんでしょ?」

 霄寒があっさりと答えた。


「あっそ。」


 南宮洵は、まるで興味がなさそうにそう返した。

 このときの彼は、まだ雪華国の滅亡も知らず、最愛の兄と想い人を失うこともなく、政に心を向けることもなかった――そんな頃だった。


「よく見ると、洵と洛白先生って、すごく似てる気がするわね。」

 清遥がふと感心したように呟いた。


「そうそう、私も最初そう思ったから、彼が白澜国から来たって聞いてもすぐ納得したよ。もしかして洵の親戚かなーって……」

 霄寒もうなずきながら同意する。


 南宮洵はじろじろと蓮を上から下まで眺めてから、ふんと鼻を鳴らして言った。


「どこが似てるんだよ、顔だけならアイツ、オレの万分の一も敵わないんだから! イケてる度で言えば、もう天地の差でしょ!」


 蓮は思わず歯をくいしばった。

 その様子を見ていた凛音は、こっそりと笑みを漏らしながら一歩前に出て、蓮の隣に立った。


「陛下、お会いできて光栄です。林凛音と申します。夫の洛白と共に、ご挨拶申し上げます。」


 そう言いながら、まだ動かない蓮の袖をそっと引っ張る。

 ようやく蓮は姿勢を正し、ぎこちない動きで頭を下げた――が、その実、内心では「夫」という一言に狂喜乱舞していた。


「いや〜、礼儀正しいし、美人さんだし……若い頃の清遥を思い出すね。――って、もう嫁いでるなんて、もったいない!」

 南宮洵は感慨深げにそう呟きながら、手を軽く振って「楽にしていいぞ」と促す。


 そしてそのまま千雪に振り返り、にこりと笑ってこう言った。


「でもね、雪ちゃんが大きくなったら、きっと君の美しさなんて軽く超えちゃうよ!」


「ふむ……人の世とは、やはり面白きものよのう。」

 屋根の上に寝そべりながら、浮遊はまるで芝居見物でもしているかのように喉を鳴らす。

「親子でありながら、あやつは我のほうが万倍イケてると嘯き、そやつはあの子に似ているとぬかし……極めつけは、同じ魂に向かって将来は今より美人になるとは。ふふっ、滑稽とはこのことよ。」


 そのときだった。

 空から、無数の火を帯びた矢が降り注いできた。

 ……いや、よく見ると、それは炎を纏った羽根だった。

 空一面を覆うように、まるで矢の雨のごとく舞い降りてくる。


 浮遊はふわりと舞い上がり、軽く風を巻き起こしてそれらを吹き飛ばしたが――その勢いは止まらず、次から次へと空を覆うように射かけられてくる。


「……何事じゃ、これは」

 浮遊はすぐさま本来の龍の姿に変化し、天へと舞い上がった。

「朱雀、出てこいっ!」


 すると、紅蓮の翼が天を裂き、ひときわ優雅なシルエットが現れる。

 高く舞い上がったかと思えば、すうっと舞い降りて、屋根の上にぴたりと着地する。


「ちょっと、何よ。状況を把握すべきはこっちのセリフでしょ? いつの間に目を覚ましたのよ、このボケ龍!」


「ふん、それこそわしの台詞じゃわ、羽モジャが!」


 浮遊は静かに舞い降りると、朱雀の隣に立った。

 もう言い返すこともせず、ふと遠くを見つめるように呟いた。


「……昔は、よく喧嘩しておったな。」


 朱雀は怪訝そうに顔を向ける。

「は?何の話よ、それ!」


 いま此処にいるのは、十二年前の朱雀。

 まだ、あの夜を知らぬ朱雀。


 あの夜を境に、ふたりは変わった。

 あんなふうに言い合うことも、もうなくなってしまった。


 ――できるなら、浮遊はこう返してほしかった。


「……そんなことも、あったかもしれんのう。」

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