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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十二章:星に問う、白き虎と祈りの扉
137/183

137 おかえり

「たぶん……ここで合ってると思う。」

「……これって、あの氷の洞、なの?」


 月明かりに照らされた雪の洞は、青白くかすみ、静謐な空気の中に澄んだ光を浮かべていた。

 蓮と凛音は声を潜めながら、慎重にその奥を進んでいた。


「でも、氷の封印が施されたのは、雪華国が滅びたあとのこと。浮遊が施したはずだよね。けど今は、まだその時じゃない……」

「……それも一理あるな。まあ、たしかに壁画も残ってるしな。」


 凛音は蓮の推測には答えず、ひとりそっと壁画の前に立ち、龍が描かれた部分に指先を添えた。

「浮遊……いるんでしょう?」


 けれど、返ってくる声はなかった。風の音さえも消えたように、雪の洞はひたすらに静まり返っていた。


「『浮遊』じゃないだろ。まだ『青龍』なんだから。」

「つっこみ多いな、今日の蓮は。」


 蓮はにこにこと歩み寄り、ふっと胸を張る。

「前に凛凛とここへ来たときは、洛白として同行したけど……今は、堂々と『蓮』の名でここに立ってる!」


 しかし、凛音の表情は晴れなかった。どこか焦りと不安をにじませたまま、洞の奥に呼びかける。

「浮遊、いるんでしょ……お願い、出てきて!」


 冷たい風が四方から吹き込み、霜のような白い粒が空中に舞う。


「蓮!前と同じだよ!」

 今度は、凛音が興奮気味に声を上げた。

「ってことは……そろそろ、あいつ出てきて驚かせてくるはず……」


 鋭い爪、しなやかに伸びた長い身体――

 青白い雪の気配を切り裂いて、浮遊が一瞬にして凛音の目の前へと現れた。

 その大きな頭をぐっと近づけ、彼女に向かって吼えるように叫ぶ。


 ……が、次の瞬間。

 凛音は一切ひるむことなく、勢いよく浮遊の頭に飛びついた。


「お、おい、こ……小娘!いったい何の真似だ!」

 虚勢を張るような口調で、浮遊がたじろぎながら声を上げた。


「浮遊、ただいま。」

「『浮遊』とは何だ、『ただいま』とは何の儀か……いや、それより、頭を離せ、小娘!」


 凛音はまったく放そうとせず、むしろぎゅっと抱きしめる力を強めた。

 浮遊は明らかに不機嫌そうな顔をしていたが、強引に引きはがそうとはしなかった。


「浮遊、今はまだ雪華国が滅んでない。だから……君の力も、まだ失われてないんでしょう?」

 彼の龍角にそっと触れながら、凛音はどこか切なげに問いかける。


「な、何を申しておる!わしが誰だと思っておるのだ、そなた!」

 浮遊はプライドを保つように声を張ったが、少しどもってしまったあたり、本気で怒っているというより、戸惑っているらしい。


 そこへ蓮がやってきて、ぱちんと手を鳴らす。

「はいはい、そこまで。一旦ストップ。凛凛、離してあげて。」


 渋々と凛音が腕を緩める。


「さて……説明をどうまとめるか……」

 蓮は手を後ろに組んでうろうろと歩き出す。

「とにかく、こういうこと。彼女は君の契約者で、僕は朱雀の契約者。僕たちは未来から来た。そして君には『浮遊』って名前がある――はい、以上!」


 浮遊は黙っていたが、特に驚いた様子も見せなかった。


「……説明としては、そこそこ筋は通ってたはずだけどな。まったく反応がないって……」

 蓮は少し肩をすくめ、ため息まじりに呟いた。


「……ふん、愚かなる人間よ。そなたらは、わしが何者だと思っておる?」


 凛音ははっきりと答えた。

「浮遊だよ。誰でもない、青龍でもない。浮遊だよ。」


 目の前の頑固な少女を見つめながら、浮遊はふうっと息を吐いた。

「――ならば、わしの心臓を返してもらおうか。」


「……心臓? 今は十二年前だよ。雪華国はまだ滅んでないし、浮遊の心臓が砕けてるはずなんて……」


 凛音は思わず息を呑んだ。浮遊もその緊張を察したのか、少し穏やかな声で続けた。

「時というものは、そなたが思っているほど単純ではない。もしそなたが“未来の千雪”であるのなら――その答えは、すでに知っているはずだ。」


 蓮が凛音の胸元を指さす。それに気づいた凛音は、慌てて衣の下から一つの結晶を取り出した。

「これは……十二年後、最後の一輪となった雪蓮の花。雪華国を去る時、浮遊が封じて、私に託してくれたもの……」


 その「最後の一輪」という言葉に反応したのか、それとも「雪華国を去る」という響きが、かつての記憶を呼び起こしたのか――


 浮遊の瞳には、ふと哀しみが宿った。

 思い出したのは、かつて「鳳華」と交わした、ある約束だったのかもしれない。


 凛音はまた彼に歩み寄ると、その結晶を彼の爪にそっと置いた。

「お願い……思い出して。そして――出てきて。」


 凛音と浮遊は、これまでずっと共に戦い、何度も雪蓮花を目覚めさせてきた。

 そのたびに、雪蓮花の結晶の周りに白き光がきらめいた――そして今回も、例外ではなかった。


 ただ、いつもと違っていたのは、凛音の髪に挿された玄鉄簪が、より強く蒼き光を放ち、雪の洞窟全体を照らし出したことだ。

 さらに、月牙の刃までもが金色の輝きを放ち――まるで星空そのものが雪洞に咲いたかのようだった。

 その瞬間、雪蓮花の結晶は、ふっと消えてしまった。


「まったく、我が姫は随分と愛されているな。」

 浮遊はひらりと空へ舞い上がり、すぐに凛音のそばへと降りてくる。

「玄武に白虎……こっそりと、こんな細工を仕掛けるとは。」


 彼は首を軽く振ると、その姿をくるりと変え、いつもの小さな龍の姿に戻って、凛音の肩にちょこんと乗った。

「凛音、おかえり。」


「……この場合、ただいまって言うのは浮遊のほうじゃないか?」

 蓮がくすりと笑いながら、からかうように言った。


「ふん、さっき凛音が先に『ただいま』って言ったんだろ?今のわしは、『咲き誇る雪華国』に帰ってきた姫を迎えてやってるのじゃ!」


「何が『迎えてやってる』よ……こっちは、どれだけ探したんだよ!」

 涙を浮かべながらも、凛音は笑顔でそう言った。


「わしは、あの節操のない白い大猫じゃないからな。涙なんて舐めてやらんぞ。」

 そう言いながらも、浮遊は小さな爪で、そっと凛音の頬に触れた。


 蓮は歩み寄り、そっと浮遊の代わりに凛音の頬の涙を拭いながら、穏やかに言った。


「とりあえず、雪華国の宮殿への潜入は成功。浮遊も無事に見つけた。……でも、これからが本番だね。まだ、物語は終わらない。」



この話のタイトル「おかえり」は、ただ今回の物語を表すだけでなく、第83話の「ただいま」へのささやかな返歌でもあります。

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