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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十二章:星に問う、白き虎と祈りの扉
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136 雪と剣と、過去からの囁き

「浮遊が呼んでも出てこない……どういうこと?」

「……たぶん、ここが十二年前だからじゃないかな。十二年前の時点では、浮遊も朱雀も、まだ目覚めてなかったはずだから。」


 凛音の言葉に、蓮はようやく気づかされた。


 ――確かに、自分たちが過去に来たとき、誰も「浮遊や朱雀が一緒に来る」なんて言っていなかった。

 未来に戻る方法だって、まだ分かっていない。


 一歩一歩が不確かで、慎重さに欠けていた。

 この来訪が、果たして「あの夜」を変える一歩となるのか、それとも――さらに大きな波乱を招くだけなのか。


「……蓮?」


 返事のない彼を見て、凛音が小さく名を呼ぶ。


「……ああ。もしかすると、浮遊は最初に目覚めたあの雪洞にいるのかもしれない……この時代の世界が『ふたりの浮遊』を同時に存在させられないなら……」


 蓮の言葉は、途中で途切れた。


 彼の胸をよぎるのは、ひとつの不安。

 もし、この世界が「同じ存在をふたり」も許せないなら――

 今、千雪は「大きい彼女」と「小さい彼女」、ふたり存在している。

 ならば……この世界は、その矛盾を、どう裁く?


「今の雪華国は人も多いし、昔の地形とはだいぶ違う。あの雪洞も、そう簡単には見つからないかも……。でも、夜になって人目がなくなったら、こっそり抜け出して探してみようか?」


 そう言った途端――


「……だめ。」

 蓮は凛音の肩をそっと押し倒し、そのまま優しく寝台に伏せさせた。

「今は無理をするな。浮遊がいないなら、傷はすぐには癒えない。おとなしく、少しでも休んでくれ。」


 凛音は目を閉じながら、ぽつりと呟いた。

「それでも、会いに行きたい……浮遊を、そんな暗い中にひとりにしたくない。」


 三日後。

 凛音の容態もようやく落ち着き、蓮とともに、自らの父である霄寒のもとへと拝謁に向かった。


「陛下、初めまして。林凛音と申します。このたびは数々のご迷惑をおかけし、またお救いいただいたこと、心より感謝申し上げます。」

「治療したのはそなたの夫君だ。我らがしたことなど、大したものではない。」


 ……夫君?

 その言葉で、あの日、蓮が口にした「方便」を思い出し、凛音の頬がぱっと赤く染まった。


「凛音殿、一体どのような事情であのような深手を負ったのだ?」

「雪華の辺境を通っていたとき、何人かの賊が勝手に雪蓮を摘もうとしているのを見かけました。武芸は多少心得ておりますが、多勢に無勢で……」


「なんと……そのようなことが!すぐに役人を遣わし、詳しく調べさせよう!」


 すると、凛音はふいに、その場にひざをついた。


「陛下、王妃様のご慈悲により、私たちはこうして救われました。ですが、白瀾にはもう身寄りもなく、私には帰る場所がございません。もし洛白が、しばらく雪華で学びを続けるのなら――私も彼と共に、この地に留まらせていただけませんでしょうか。」


 そう言って、凛音は深く頭を下げ、さらに言葉を継いだ。


「武芸の心得はございます。あの日、雪蓮を守りきることは叶いませんでしたが、連中が現れた場所については、ある程度の記憶がございます。捜索の折には、どうか同行をお許しください。微力ながら、お力添えできればと存じます。」


 こうして、凛音は名目を得て雪山を巡るようになった。

 もっとも、凶行に及んだ盗賊など見つかるはずもなく――

 けれど、浮遊の気配はどこにも感じられなかった。


「……もしかして、どこかから飛び降りなきゃいけないのかな?前に清樹が落っこちて、偶然あの雪洞を見つけたみたいに……」

 そう呟きながら、記憶を頼りに谷と谷の間を根気よく探し続けた。

「そもそも、おかしいよね。もしまだ浮遊が目覚めてないなら、どうしてあのとき、蒼霖国は神がふたり目覚めたって知ってたの……」


 雪華国の王宮内にて。

 四歳の千雪は、すっかり体調も回復していた。

 蓮はというと、自ら「宮中に留まる理由がなくなってしまう」と心配し、進んで淵礼王子に剣術を教える役目を申し出たのだが——想定外のことが起きた。


 目の前の淵礼は、自分の知っているクラウスとはまるで別人だった。


 いや、顔立ちは確かに似ている。

 後に自分が出会う、あの「蒼霖国の第一王子」となった彼と……

 だが、技術の面では、到底自分が教えるような相手ではなかった!


 まるで、生まれながらの剣士。

 凛凛の剣の腕前は、林将軍の教えが上手だったからかと思っていたけど……これって、もしかして家系なのか?


 そう考えれば、記憶を取り戻したあとのクラウスの性格の変化も、妙に納得がいく。


 ——けれど、どうしてあんな、体の動きがぎこちないクラウスになってしまったんだか。


「淵礼殿下の剣術、本当にお見事ですね。もはや、私から教えられることなどないように思えてしまいます。」

 蓮は剣をくるりと反転させ、柄を握ったまま軽く拳を上げて、感心したように言った。


「洛先生、それは過分なお褒めです。それに、妹を診てくださったご恩もございます。文に秀で、武にも通じておられる洛先生のご姿勢、淵礼は心より敬服しております。」

 彼は深く頭を下げ、礼儀正しく、まるで教本のような挨拶を返した。


 なんなんだろう、この子……

 どうしてこんなに言葉も丁寧で、礼儀作法まで完璧なの?

 これが凛凛のお兄さんって……なんて納得できる血筋。

 同一人物とは思えないよ、クラウスと。どうしてこんなに可愛いんだろう……


 蓮は堪えきれずに歩み寄り、小さな体をそっと引き寄せると、淵礼の柔らかな髪を思いきり撫で回した。

「よしよし、えらい子だね!」


「洛先生っ……」

 淵礼の頬は一瞬で真っ赤に染まり、小さな声でそう呼んだ。


「でもね、いくら剣が上手でも、無理はしちゃだめだよ。上には上がいるし、強くなりたい気持ちは大切だけど――妹を守りたいあまり、自分を追い込みすぎると、自分も、君を想う人たちも、きっと辛くなる。」


 蓮自身も、なぜこんなことを言ったのか分からなかった。

 記憶を取り戻したあとの淵礼の苦しそうな顔を思い出したからかもしれないし、あるいは、世の理不尽さを思ったからかもしれない。


 淵礼は、言葉のすべてを理解できたわけではないが、静かにうなずいた。


「そういえば、凛凛に会ったことある?」

「凛凛って……洛先生の奥様のことですよね? まだお目にかかったことはありませんが、美しい方だと噂で聞いております。」


 その言葉を聞いた瞬間、蓮の顔がぱっと輝いた。

 淵礼の頭をまたくしゃっと撫でて、満面の笑みで言う。


「そうそう、私の妻だよ。」


 その声には、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


「……たぶんね、今のところ君に勝てるのは、彼女くらいだと思うよ。」


 現在・玄霄国。


 机上の奏章に筆を走らせていた淵礼の手が、不意にぴたりと止まる。

 次の瞬間、鋭い痛みがこめかみを襲い、彼は額を押さえながら、小さく呟いた。


「……まったく、蓮のやつ、余計なことを……」

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