表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十一章:砂塵の道、月は行方を照らす
125/183

125  誰がための矢、誰がための春

碧き湖のほとりで、一人の少年が腰をかがめ、一輪の赤い花を捧げるように水面へと浮かべた。彼は立ち上がり、その花がゆっくりと湖の中央へ流れていくのを、じっと見つめていた。

背後では、巨大な亀が甲羅に身を縮めて、静かに休んでいる。


「我が姫は、なぜ天鏡国へ行ってしまったのだろうか……」

「なぜって? 玄武、君も本当に愚かなことを聞くね。」


亀はゆっくりと甲羅から頭を出し、首をかしげながら問い返す。

「どういう意味だ?」


「だって、彼女を過去へ連れ戻し、不可能だったことを可能にして見せたのは――君じゃないか。」

淵礼はそっと前を見つめる。その優しい眼差しの奥には、どうしようもない心配が宿っていた。


実のところ、天鏡国に来てからの凛音はというと——

毎日書庫にこもっては、四神にまつわる書物を読みあさり、久々の静けさと安らぎを楽しんでいた。


……ただし。

ユルが毎日毎日、書庫に乗り込んできては「勝負だ!」と挑んでくるのを除いては。


結局、一度たりとも勝てたことはなかったのだが。


「今日は弓勝負だ!」

ユルが勢いよく言い放つと、清樹は肩をすくめて溜息をついた。

「ユル、それ本気で言ってるの?凛音様は弓の名手なんだから……」


「本気だよ!うちの国の弓術はそっちとは全然違うんだからな! 馬に乗って射るんじゃないぞ。宙に吊られながら、向こう側で虎が煙火弾を打ち上げて、それを的にするんだ!」


「えっ、それすごく面白そう!ぜひ見せてもらいたいわ。」


ユルは胸を張って堂々と、凛音と清樹を引き連れ、射場へと歩いていった。

その姿はまるで「見てろよ!」とでも言いたげな、自信満々の足取りだった。


射場に到着すると、そこには本当にたくさんの白虎たちがスタンバイしていた。

射場の一端には高台と柱が設けられており、そこからはどうにも頼りなさそうな数本の綱が風に揺れている。


ユルは凛音に弓と矢を手渡し、吊り縄のそばまで案内すると、「ここに立って」と言って、彼女の身体を固定する準備を始めた。


そして、すぐに背後の白虎に向かって指示を出す。

「いけっ!」


白虎が地を蹴って走り出した瞬間、綱がぴんと張り、

「うわっ……」

凛音の身体は一気に空へと引き上げられた。


しかもそれは、ふわりと優しく浮かぶようなものではなく――まるで矢のように、勢いよく跳ね上げられたのだった。


凛音は空中でバランスをとろうとしながら、背中の矢筒から矢を一本抜き、そっと構えてみた。

「大丈夫そう……ですね。」


彼女の言葉を聞いたユルは、嬉しそうに白虎を指揮して、自分も一緒に吊り上げてもらった。二人の準備が整ったところで、ふっくらした白虎がのそのそと射出筒のそばへ歩いて行き、どさりと腹ばいになった。


まるで伸びをするように、一方の前足で片方の射出筒をぽんっと叩き、同時にしっぽで反対側の筒をパシッと叩いた。

「ポンッ!」という音とともに、筒から煙火弾が空へと打ち上がった。


凛音とユルは同時に3本の矢を放ったが、凛音の矢は一本しか標的の煙火弾に命中しなかった。

一方、ユルの放った三本の矢は、なんとすべて命中。青い煙が空中で三つの花のように開き、拍手喝采のようにひらひらと舞い散った。

「見たか!?これが天鏡流だ!」


「ええ、ユル凄いな!」


ユルの指示に従って、清樹は射出筒にそれぞれ三発ずつの煙火弾を詰めた。白虎も再び発射の体勢に入る。


今度は凛音も感覚を掴んだようで、二人とも完璧な命中を見せた。

「ちぇっ……」

ユルが小さく舌を打つ。


続く三回目の挑戦も、二人は見事な命中を揃えてみせる。


そして迎えた第四ラウンド。清樹が五発の煙火弾を装填し、白虎も準備を整える。


そのとき――

なぜか凛音を吊っていた白虎が突然暴れだし、突如として走り出した。

強く引かれた吊り縄が急激に伸び縮みし、凛音の体が空中でバランスを崩してしまう。次の瞬間、凛音は半ばまで落下し、宙づりの状態で逆さまにぶら下がった。


「凛音様、危ないっ!」


その混乱の最中、もう一方の白虎は反応しきれずに煙火弾を発射してしまう。ユルは驚きでその場に硬直し、弓を引く手も止まった。


だが、凛音は叫んだ。

「ユル、気にしないで!続けて!」


逆さまのまま、彼女は弓を引き、矢を放つ。

シュッ――パッパッパッパッパッ!

放たれた五本の矢は、すべての煙火弾に命中。満開の桜のような桃色の煙が空に咲き乱れ、射場を幻想的な色で包み込んだ。


すぐさま清樹が駆け寄り、二人を地上に下ろす。


「……お前、マジですごいな。」

ユルは思わず感嘆の声を漏らした。


凛音はにっこりと笑って、「ありがとうございます」と返しながら、手首と足首をくるくると回しながら、異常がないか確認した。


「凛音様、これ見てください。白虎が暴れたのは――誰かが尻に、こんな太くて長い針を打ち込んだからです!」

清樹が針を凛音に差し出す。彼女はそれを鼻先に近づけ、じっと嗅いでみた。

「……曼陀羅華の香りがするわ。」


「誰だよ、こんなことしやがったのはっ!」

ユルは怒りに足を踏み鳴らした。


夕陽が山の端に沈み、夜の帳が静かに降りてくる。蓮は、かつて凛音とともに朝日や夕日を眺めたあの丘にひとり立ち、深いため息をついた。

「相い思ひ、相い望めども、相い親しまず。天は誰がために春と為すや。」


「殿下、ご推察のとおりでした。白瀾国の国境と、その向こう側の雪華国の国境、どちらにも凛音殿下が語った蛇と血蓮花の紋様が刻まれていました。それだけではありません。慕家の地下室にも、太后様の寝殿にも……」

蒼岳が、いつの間にか蓮の背後に現れていた。


「……つまり、これはもはや国同士の争いではなく、何者かが四神の力を狙っている。そう見るべきかもしれないな。」


「蓮殿下、この件、陛下にもお知らせすべきでは?」

隣にいた李禹が、慎重に口を開いた。


蓮はふと振り返り、二人の顔を順に見つめる。

「いや……父上に話せば、私の行動が制限される。李禹、林将軍邸の放火の件、進展は?」


李禹は首を横に振る。

「蓮殿下、なぜ凛音様に、真実をすべてお伝えにならないのですか?」


「……残酷すぎる。はっきりした証拠がないうちは、言うべきではない。」


そう言った蓮は、ふいに満開の花のような笑みを浮かべた。

「ところで、一応凛凛の言いつけ通り、白瀾国には戻りました……ただ、『そこから出るな』とは……言われていませんでしたよね。」


ーーーーーーーーーーーー

①蓮が詠んだのは、納蘭性徳の詞「画堂春」の一節である。

原詞:一生一代一雙人、爭教兩處銷魂。相思相望不相親、天爲誰春。槳向藍橋易乞、藥成碧海難奔。若容相訪飲牛津、相對忘貧。

ここで引用された「相思相望不相親、天爲誰春」は、「恋しく思い、遠くから見つめ合いながらも、会うことは叶わない。では、いったい誰のために春は訪れるのか」という切ない想いを詠んだ一句である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ