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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十一章:砂塵の道、月は行方を照らす
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124 女王の問い、王女の答え

侍女たちが凛音の着替えを手伝っていた。アイのしつこいお願いと情熱的な勧誘に根負けして、凛音は天鏡国の衣装を身にまとうことになった。


やがて、ゆっくりと珠の簾が持ち上がり――

中から姿を現したのは、ふたつのお団子を頭に結った凛音だった。


母上の形見である翡翠の簪と、兄上が打ってくれた玄鉄の簪が左右に挿され、お団子の下の位置で美しく揺れている。

お団子の正面には、アイがこだわって選んだピンクとオレンジのチューリップ型の髪飾り。左右の側面には、繊細な真珠の飾り房がさがっていた。

まだ髪が伸びきっていないせいか、お団子はどこか小ぶりで、かえって愛らしさが際立っていた。


白の絹の上衣をインナーに、袖口と襟には繊細なレースの縁取りが施されていた。その上に羽織ったのは、藤色のウエスト絞りのロングドレス。ドレスには大小のチューリップが真珠で繍われ、まるでその身に花畑が咲き誇っているようだった。


額には、侍女たちが真珠を連ねて小さな花をかたどり、その中心には紫の紅をひとさしして仕上げていた。唇には鮮やかな紅色、そして頬にはほんのり橙がかった紅が差され、彼女の表情にふわりと彩りを添えていた。


「凛音様、すっごく綺麗です!」

清樹が嬉しそうに駆け寄ってくる。その隣で、アイは完全に見惚れてしまったのか、その場で固まっていた。


凛音は少し顔を赤らめ、そっと会釈して答える。

「清樹、ありがとうございます。」

それから、ちらりとアイに目を向ける。

「アイ君?」


「凛音ちゃん、あまりにも綺麗すぎて、時間が止まったかと思ったよ……ふふ〜、蓮にはこの姿見せてあげなーいっ」

アイはふざけたように言いながら笑ったが、すぐにその表情を引き締め、真剣な口調で続けた。

「――凛音ちゃん、今日はひとり、会ってほしい人がいるんだ。」


「うん?」


「天鏡国の王様、僕の母君だよ。」


「ええっ!?」

凛音と清樹が揃って声を上げた。


天鏡国は、ほかのどの国とも雰囲気がまったく違っていた。

ここに来て初めて、なぜこの国からアイのような王子が生まれたのか、その理由がわかる気がした。


民は皆、素朴で親しみやすく、笑顔を絶やさない。

果てしなく広がる銀砂の美しさは言うまでもないが、それ以上に心に残るものが、確かにあった。


神獣はただ一体――白虎だけ。

それなのに、この国では白虎の姿があまりにも日常的だった。

道を歩けば、そこかしこで白虎たちがごろりと仰向けで昼寝をしていたり、子虎が母虎にくっついてあくびをしていたりする。


アイは凛音を連れて、長い道のりを歩いた。だが、向かった先は宮廷ではなかった。


たどり着いたのは、広々とした砂原。

そこには巨大な白虎が、ぴたりと身を伏せたまま、動かずに佇んでいた。

耳には天鏡国の紋章が刻まれた飾りがつけられており、陽の光を浴びてきらりと光っていた。


その傍らで――

深紅の天鏡国の衣をまとった一人の女性が、袖や裾をざっくりとまくり上げ、水桶のそばにしゃがみ込み、ブラシと柄杓を手に白虎を洗っていた。


「母君、凛音をお連れしました。」


アイが初めて「凛音ちゃん」ではなく、名前をそのまま呼んだ。


女王は彼に目もくれず、ただ手をひらりと振っただけ。

それを合図に、アイは静かにその場を下がった。


凛音は一歩前に進み、丁寧に一礼すると、口を開いた。

「このたびはお目にかかれて光栄に存じます。天鏡国の女王陛下、謹んでご挨拶申し上げます。」


女王はすっと背筋を伸ばし、凛音を上から下まで一瞥すると、ふっと口を開いた。

「お前が……うちの息子と、まるで戯れのように二日だけ婚約していた娘か。」


……え?

あまりに唐突な切り出しに、凛音は思わず素の返事をこぼした。

「……そう、ですね。」


「ふふ、なかなか面白い。」

女王はくくっと笑みを漏らし、すぐに目を細めて言葉を続けた。

「では、我が問う。雪華国の王女として、そなたは何を望む?兄が蒼霖国の王となったことは、今や誰もが知るところとなっておる――あら、もう『蒼霖国』など存在せぬのだったな。『玄霄国』か。」


「私の行動に、兄上は一切関係ありません。そうですね、率直に申し上げます。私は――雪華国の滅亡に加担した者を、一人残らず、この手で裁く所存です。では、こちらからもお聞きします。陛下。天鏡国は……この件に関与していたのですか?」


女王は口元にわずかな笑みを浮かべると、再び手にした刷毛で白虎の毛並みを撫ではじめた。

「……そなたは、答えを知ったうえで天鏡国へ来たのではないのか?少なくとも、デイモンが玄武を封じた陣、その術は――間違いなく我が国の叡智によるものだ。」


凛音の目に、一瞬だけ鋭い光が走った。その気配に反応したのか、白虎はたちまち小さな姿へと戻り、凛音に飛びかかって、その顔をぺろぺろと舐めはじめた。

「もう、大丈夫。いい子、いい子。」


女王は目を見開いて驚いたが、すぐに口元をゆるめて笑みを浮かべると、まくり上げていた袖と裾を丁寧に下ろした。

「……見てのとおり、我が国は争いごとには加わらぬ方針を貫いている。常に中立を保ってきた。だが、昔――私がまだ幼かった頃のことだ。王宮の書庫に賊が入り、ある重大な秘宝が盗まれたことがあった。」


「秘宝……ですか?」


「我ら天鏡国は、他国と異なり、いまなお神々を信じ、その力を借りて生きている。白虎だけではない。月も、星も、神の姿として崇めているのだ。……その意味は、いずれお前自身の目で知ることになるだろう。」


女王は凛音のそばへと歩み寄り、両腕をゆるやかに広げて、凛音の手から白虎を優しく受け取った。そして、微笑を浮かべながら口を開く。

「白虎がここまで懐くとは……やはり、そなたは特別な存在なのだろう。さて、まだ聞きたいことはあるか?」


凛音は答えなかった。天鏡国に来て、確かめたいことはあまりにも多い。どこから問い始めればいいのか、迷っていた。


「まあ、時間はたっぷりある。ゆっくり考えるといい。」


そのひと言を残して、女王は白虎を抱いたまま、ひと足、またひと足と、軽やかに背を向けて歩き去っていった。

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