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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十一章:砂塵の道、月は行方を照らす
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123 ようこそ、天鏡国へ

澄んだ白の月明かりが大地を照らす。

そんな光景は、誰もが一度は目にしたことがある。

けれど、それが身体に降り注ぐとなれば話は別だ。空の高みでなければ、その感覚は得られない。


清樹は目を見開き、信じられないように空を見上げた。月を見て、地面を見て、また月を見た。


「神に選ばれた人は、みんな神獣に乗って空を飛べるんですか? 凛音様も?」

「うん、浮遊は空を飛べるはずだけど……私が乗って飛んだことは、まだないの。」


「でも、凛音ちゃんが望むなら、浮遊もきっと喜んで飛んでくれると思うな〜でもでも、白虎と僕はちょっと特別でね〜」

アイは得意げに鼻をこすりながら続けた。

「白虎は実体を持つ神だから、ずっと僕の国で誇り高く虎王をやってるんだよ。僕は子供のころから、白虎に乗っていろんなところを旅してたんだ!」


彼らがまだのんびり語り合っている最中、白虎はすでに天鏡国の地に到達していた。そして、まさに着地したその瞬間――


青い雲模様の半袖に黄色い半ズボン、腰には虎の尾のようなふわふわした飾りをつけた少年が、上弦の月を思わせるような弯刀を手に、突然飛びかかってきた。


凛音は咄嗟に千雪の刃を抜き、その一撃を受け止める。

だが少年は素早く前蹴りを繰り出し、凛音の短剣を蹴り飛ばすと、左手で弯刀を横に振り抜いた。その鋭い刃先が、凛音の喉元すれすれをかすめる。


彼女は即座に腰を落とし、身を翻して少年の背後へと回り込む。

髪に挿していた玄鉄の簪を引き抜き、その切っ先を彼の首元へと突きつけ――ぴたりと止めた。


「誰なの、あなた。なんのつもりだ!答えなさい!」

少年はぷいっと頬をふくらませてそっぽを向き、黙って凛音を無視した。


アイはにやにやしながら歩み寄り、胸を張って言った。

「どうだ!うちの凛音、すごいでしょ!」


「なに胸張ってんだよ、すごいのはお前じゃないだろ!」

少年はジロリと睨みつけながら言い返した。


「それに『うちの凛音』って……凛音様はアイ殿下の持ち物じゃないよ。蓮が聞いたら、また面倒なことになりますよ〜」

清樹も横からぼそっと突っ込んだ。


「アイ君、この子は誰でしょうか?」

凛音は二人のやり取りを見て、なんとなく察しがついたらしく、手をゆるめて簪を髪に戻す。そして、ゆったりと衣服を整えながら、ふわりと笑ってこう言った。

「今まで出会った少年の中で、一番強いかもしれません。……アイ君より強いかも、ですね?」


「名前はユル。あっちのボケっとした月とは違って、僕は――夜空で一番輝く星なんだって。いちばん早く来たわけじゃないけど、いちばん明るいって、ママが言ってた。」

アイが答えようとする前に、少年が先に口を開いた。そして、アイはくすっと笑いながら、ユルの頭をくしゃっと撫でる。

「――僕の弟だよ。」


凛音はふと足を止め、そっとあたりを見渡した。

そこに広がっていたのは、黄砂ではなく、見渡すかぎりの銀色の砂。

その銀砂はきめ細かく、白く輝き、まるで星々が瞬く天の川のように地上を染めていた。


「兄さんがどれだけ君を気に入ってても、天鏡国の地を踏ませるわけにはいかない。」

ユルは凛音の前に立ちふさがり、腕をいっぱいに広げてそう言った。


凛音はぷっと吹き出し、笑いながら問いかける。

「じゃあ、どうやって私を止めるつもりなの?」


ユルは顔を真っ赤にして俯き、小さく唇をかんだあと、自分の虎のところへ戻って、背中の鞍袋から小さな箱を二つ取り出した。そして凛音の目の前に座り込み、地面にそれを並べる。


「この中にはサソリが二匹。一匹は毒持ち、一匹は無毒。毒持ちを引いたら……君の運が悪かったってことで、即・死・確・定。」

「じゃあ、無毒の方を引いたら?」

「そのときは、歓迎してやる。……ただし、青龍の力は使っちゃダメだからな。」

「うん、わかった。」


ユルが二つの箱を開けると、黒いサソリがそれぞれ一匹ずつ姿を現した。

細長く鋭い尾を揺らしながら、獲物を探すように地面を這い出してくる。


凛音はその場に立ち、しばし思案したあと、ふっと口を開いた。

「命を賭けるって言ったけど、自分の命って限定はしてないよね?」


ユルはその言葉にハッとし、思わず眉をひそめた。

まさかこの女、本気で兄貴を巻き込む気じゃ……?


「じゃあ、ちょっとお借りしようかな。あなたのお兄さん。」


凛音はアイの手を取ると、彼を引っ張って自分の隣に座らせた。

そして、その手を左右のサソリへと順番に近づけていく。


アイの手が左のサソリに近づいたとき、ユルはごくりと唾を飲み込んだ。

右のサソリに近づけたときには、しばしの沈黙が訪れる。

サソリがじり、と一歩にじり寄ると、ユルはやや慌てたように額の汗を拭った。


凛音はわざと、アイの手を左へ右へと何度も揺らしてから、くすっと笑った。

「右の子が毒持ちでしょ?ほんと、君ってお兄さんのこと大好きなんだね~」


アイはケラケラと楽しそうに笑いながら言った。

「凛音ちゃん、大当たり〜!」


そう言って立ち上がると、凛音の手を取ってずんずんと前へ進んでいく。


しばらく歩いたあと、アイはくるりと振り返り、軽く手を振って声をかけた。

「ユル、何か言い忘れてない?」


ユルは少し頬を膨らませながら、ぽつりと呟いた。


「……ようこそ、天鏡国へ。」

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