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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十一章:砂塵の道、月は行方を照らす
121/183

121 国を絶ち、国を立つ

長く沈黙していた王城が、この日、ついに目を覚ました。

厚く垂れこめていた雲は徐々に消え、不安げな囁きは歓喜のざわめきへと変わる。長きにわたる暗闇が終わりを迎え、ついに訪れた黎明が街を包み込んでいた。

街の至るところに銀と藍の布が飾られ、風に揺れている。蒼霖王家の紋章が陽光を浴びて輝き、広場には祝祭の装飾が施された。華やかな馬車が宮殿へと向かい、街の民は自ら集まり、そびえ立つ王城を仰ぎ見ていた。その瞳には、期待と祝福の光が灯っていた。


「クラウス兄上はどこ!?戴冠式なのに、本人が行方不明ってどういうことよ!」アミーリアは焦りながら宮殿内を駆け回り、侍女や兵士たちも皆、まるで巣を失った蟻のように慌ただしく動いていた。


しかし、その頃——

宮廷の裏手にある小さな鍛冶場で、一人の男が作業をしていた。玄武の紋様が刻まれた蒼藍の刃は、赤熱し、溶け、小さな簪の鋳型へと滑らかに注がれた。


「……こんなところで何をしてるの?」

凛音は戸惑いながら問いかけた。


男は振り向かず、ゆっくりと口を開く。

「私は九歳の時にここへ来て、この国で育った。どれほどの憎しみがあろうと、私はこの土地の草木一つ一つを愛している。……かつての父上と同じように。」

鍛冶場の炎が揺れ、男の影を長く映し出す。

「眠っている間、父上が夢に現れた。彼は言ったんだ。『この国を頼む』と……だから、私はここに残る。」


凛音は無意識に腕を抱え、静かに頷いた。


簪の形が徐々に見えてくると、男はそれを火箸でつまみ上げ、小さな金槌で慎重に打ち始める。

「かつての私は、お前を守れなかった。そして今、再び——お前を独りにしてしまう。だから、玄武から託されたこの剣を、お前のために簪へと鍛え直した。軽く、しかし鋭く。……護符の代わりに、持っていけ。」


あの長剣——凛音がかつて一度手に取ったもの。確かにその時から、彼女には少し大きすぎると感じていた。しかし、それをまさか溶かして簪に作り変えるとは思わなかった。驚きとともに、胸の奥に言葉にできない感情が込み上げる。


「白瀾国で再会したとき——お前が剣舞を披露していたな。あの時、髪に挿していたのは、母上の翡翠の簪だったか……綺麗だったよ、千雪。」


ずっと、想像すらしなかった。

生き別れた兄が、こうして目の前にいることも。

家族として、心の内を語り合う機会が訪れることも。


「……不器用な兄で、済まない。今さら記憶を取り戻したところで、埋められない時間はある……けど——愛してるよ。」


彼女は、生まれて初めて——家族の口から、その言葉を聞いた。


淵礼は簪を慎重に火箸で挟み、目を細めて確認した後、一気に水桶へ浸した。

「ジュッ」という鋭い音とともに白い蒸気が勢いよく立ち昇り、鍛冶場の熱気を揺らした。


或いは蒸気が多すぎたのかもしれない。二人の眼差しは、気づかぬうちに滲んでいた。


淵礼は慎重な手つきで簪を水中から取り出し、布で丁寧に水気を拭った後、凛音に向き直った。


「髪を、少しいいか?」


凛音は黙って頷き、彼の前に背を向けた。

優しく髪を手に取り、彼は丹念な指先で簪を挿し込んでいく。金属のひんやりとした感触が髪を通じて伝わると、不思議なほど胸が熱くなった。


「これでよし……よく似合っている。」


振り返った凛音の瞳が、小さく揺れた。


蒼霖国の王宮・貴賓室。


「悪い悪い、待たせたな。」

淵礼が扉を開けながらわざとらしく謝ったが、その堂々とした立ち姿には既に王の威厳が漂っていた。


「こんな大事な時に、他にもっと大切な用事でもあったの?」

祝いに駆けつけたアイが、いたずらっぽく尋ねる。


「ああ、あったよ。」

淵礼は真顔で答えた。

その答えに、誰もそれ以上問いかけなかった。


「じゃあ、行ってくる。」

淵礼は戴冠式が行われる礼拝堂ではなく、まっすぐ王宮のバルコニーへと足を向けた。

その姿が目に映るや否や、広場を埋め尽くした民衆から大きな歓声が沸き起こった。


淵礼がすっと手を上げると、広場はすぐに静まり返った。


「私は雪華国の第一王子、凌淵礼だ。もう二度と嘘でお前たちと向き合わないと約束した。だから、これが真実だ。」


民衆の間に一瞬でどよめきが広がった。

後ろに隠れていたアミーリアは悔しそうに足を踏み鳴らした。

「だから兄上には言わないでって言ったのに!本当に人の話を聞かない!」


淵礼は構わず言葉を続けた。

「私の父は雪華国の国王であり、また蒼霖国先々代国王の孫にあたる者だ。私には蒼霖王家の血筋が流れており、それによって玄武を召喚した。」


「玄武が召喚されたって?」

「それこそ正統な継承者ではないのか……」

広場のあちこちでざわめきが広がった。


「私がまだ蒼霖国の王位を継承していないのは、お前たちに選択してもらいたかったからだ。私はこの土地を愛している。この国の民も愛している。だが蒼霖国は白瀾国と手を結び、私の故国・雪華国を滅ぼした。この恨みを、私は一生忘れない。だが恨みには必ずその原因を作った者がいる。滅亡を画策し実行した官僚や貴族たちよ、お前たちがどこの国に隠れようとも、私は必ず見つけ出し、その罪を裁く。」


「では殿下は……復讐のために戦を起こされるおつもりか?」

群衆の中から一人の老人が震える声で尋ねた。


「いや、私はそうしたくない。戦争で犠牲になるのはいつだって無辜の民だ。それだけは絶対に避けたい。しかし、私は蒼霖国に忠誠を尽くすこともできない。私が忠誠を誓うのは私自身の良心だけだ。もし私が即位したなら、蒼霖国という名は二度と使わないだろう。前朝の官僚をすべて受け入れるつもりもない。この国は新しい国家として生まれ変わる。その過程は動揺も苦難も伴うだろう。しかし私は心から願っている。私の配下が、すべてクリスのような者であるように。この土地の民が、心から笑える日を迎えられるように、と。」


「少しばかり甘い話だな……」

広場の中から商人風の男がぽつりと言った。


「その通りだ。確かに甘い考えだろう。そして私自身、それを必ずやり遂げられるという保証もない。ただ願うだけだ。『上に天があり、下に民があり、頂天立地チョウテンリッチし、民安らかなれ』——これだけを願っている。」

淵礼はそう言って、深々と頭を下げた。


その時、舞台の裏手に控えていたアミーリア、蓮、アイ、凛音、凛律、清樹、セレナが揃って姿を現し、一列になって深く頭を下げた。その誰もが頭を上げようとはしなかった。


広場は長い間静寂に包まれた。

やがて誰かがパチンと拍手を送ると、それは次第に大きくなり、ついには歓声交じりの拍手が広場いっぱいに広がった。


「それで、新しい国の名前はどうするの?」

誰かが聞いた。


淵礼は少し微笑むと、一字一句を噛み締めるようにはっきりと民衆に向かって告げた。

「新たな国の名は、『玄霄国ゲンショウコク』とする。玄武と我が父の名を継ぐものである。」


再び歓声が巻き起こった。

こうして、蒼霖国はその役割を終え、新たな『玄霄国』としての歴史が始まった。

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