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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十章:蒼き水鏡の彼方、運命は廻る
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116  滅びし時への叫び

「父上……父上ですよね、浮遊……」

「確信はないけど、私はお前が生まれた後に目覚めた……だけど……ああ、おそらく……」


涙が視界を滲ませる。喉が震え、胸の奥が締めつけられるように痛む。それでも、ふらつく足を前へと進める。

「父上……」


凛音の記憶にある父は、ただ一つの夜にしか存在しない。

母の胸から剣を引き抜き、血の海の中で自らも命を絶った——あの夜の父しか。


歩みは次第に速くなり、気づけば駆け出していた。目の前の男へと、ただひたすらに手を伸ばしながら。

その瞬間、四方から眩い光が放たれる。


消えてしまう。わかっていた。

それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。


光が視界を満たす中、凛音は男に向かって飛び込むように駆けた。


指先が触れた、その刹那、世界が溶け、歪み、引き裂かれた。

次に気がついたとき、凛音は冷たい水の中にいた。


「っ……!」

息を呑み、反射的に水面へと手を伸ばす。過去の幻が肌に纏わりつくように、まだ消えずに残っている。

だが、胸の奥で、確かに理解した。

——そこにいたのは、紛れもなく、自分の父上だった。


「凛音、どうしてここに……?」

気がつけば、クラウスが慌てて駆け寄り、彼女を支え起こしていた。目の前には、玄武とクラウス、そして背を向けたままの男が立っている。


「彼女は凛音ではない。凌千雪リンセンセツだ。」

男がゆっくりと振り返る。その顔は、先ほどもう少しで触れそうになった、あの男――だが、幾分か歳を重ねていた。


「彼女こそが、お前の本当の妹だ。」


凛音は、男が振り返ったその瞬間から、堰を切ったように涙を流していた。


一方、クラウスはまだ状況を飲み込めず、困惑した表情で問いかける。

「は?何を言ってるんだ?お前は蒼霖国の王族じゃなかったのか?」


「だから言っただろう。違うよ。」


「……そっか、私の姓はリンなんだ。」

凛音はぽつりと呟き、乾いた笑みを零した。


その笑みが消えるよりも早く、千雪の刃を強く握りしめる。

次の瞬間、何のためらいもなく、その刃を目の前の父親へと振り下ろした。

「父上……あなたが、母上を殺したのですか?」


男は哀しみに満ちた表情で、視線を落とした。


凛音の剣は、その喉元すれすれで止まる。

刃先は微かに震えながらも、一歩も引こうとはしなかった。

涙が次々と頬を伝い、震える声で問いかける。


「なぜ、母上を信じなかったのですか?なぜ、助けなかったのですか?彼女は……毒に蝕まれていたのに……」

「どうして、どうして父上は彼女を救わなかったの?」

「父上は……母上を愛していたのでしょう?私を幸せにしたいと言ったでしょう?」


剣を握る手に力が入り、そしてまた、すぐに抜ける。

まるで、剣そのものが、迷いと怒りに押し潰されていくように。


男は何も言わなかった。ただ、堪えきれずに目を伏せた。


「我が姫よ……彼はお前の母君を殺してはいない。どうか、信じてください。」

あの低く、ゆっくりとした、悠然と流れるような声が、沈黙を破った。


「違う……」

男はぽつりと呟くと、泣きながら言葉を絞り出した。

「私は……気づかなかった。彼女が毒に蝕まれ、壊れていくのを、私は何も知らず、何もせず、ただ見殺しにした。だから……あの日を迎えることになったんだ。」


「気づかなかった、だと?」

凛音の声が震える。剣を握る指先が白くなるほど強く力を込める。


その時、一人の男がゆっくりと近づいてきた。


「何を……言っているんだ……?」


クラウスだった。


彼は凛音の剣に手を添えた。刃が彼の手を裂き、赤い雫が青白い世界へと滴り落ちる。

「さっきから……お前たちは何を話している……?」

彼は俯いたまま、凛音の顔も、父の顔も見ようとはしなかった。


「我が姫よ……この国を滅ぼしたのは……私なのです。」


凛音は玄武を冷えた目で見た。

そして、目の前の男にも同じ視線を向ける。


「……いい加減にしてください。『誰も悪くない、私が悪い』なんて芝居は、聞き飽きました。」

凛音は冷たく言い放った。

「この件において、清白な者など、一人もいない。」


「だから……お前たちは何を話している……?」


「何を話しているの?」

凛音は吐き捨てるように言った。その声は、張り詰めた怒りと絶望に満ちていた。


「私は知らない。あなたが本当に私の兄なのかどうかなんて、どうでもいい。でも、一つだけ言っておくわ。私の記憶にある雪華国の最期の日——あれは、血の海だった。どこを見ても、そこにはただ血が広がっていた。母上は血に染まった床に横たわっていて、彼は……この男は、私を見つめながら、無情にも母の胸から剣を引き抜き、そのまま自らの喉元へと突き立てたのよ。」


凛音の声が震える。しかし、それは恐怖ではなく、抑えきれない怒りと悲しみの震えだった。


「私をひとり、あの血の池の中に残して。」

「それが、私の知る雪華国の終わり。」

「まるで冗談みたいな、完膚なきまでの滅亡。ひとり残らず、死んだ。国民も、兵士も、侍女も、誰ひとり生き残らなかった。」


凛音は苦しげに息を吸い込む。そして、睨みつけるように男を見据えた。


「……それなのに、今になって何?『兄も生きている』?『王族だけ生き残った』?」

「ふざけないで……!」


彼女の叫びが空間を切り裂くように響いた。


「そんなの、あまりにも滑稽じゃない! 王が国を見捨て、王族だけが生き残るなんて!」

「そんな王に、何の意味があるのよ!」

「自分の民すら守れない王!」

「愛する妻を殺した王!」

「たったひとりの娘を見捨てた王!」


彼女は剣を強く握りしめた。拳が震え、涙が次々と零れ落ちる。


「そんな王なんて……」

「そんな父なんて……!」


彼女の胸の奥から、長い間押し殺していた激情が噴き出した。痛みと憎しみ、悲しみと怒りが、剣先に込められるように震えながら、彼女の喉から絞り出された。


「そんなの……いらない!」

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