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雪の刃—殺し屋の元王女さま  作者: 栗パン
第十章:蒼き水鏡の彼方、運命は廻る
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114  生か死か、その先に待つ過去

これは何度目の死なのか、もう分からない。

心臓は早鐘のように打ち鳴らされているが、痛みには幾分か慣れ始めていた。

クラウスは、荒い息をつきながら静かに立ち尽くしていた。


何度走り、抗い、戦おうとも、結末は変わらない。

痛みを堪えて進んでも、喉が裂けるほど叫んでも、何も届かない。

死んでも、死んでも、景色は変わらず、世界は冷たく彼を突き放すだけだった。


私は何を間違えた?

私は、何をすべきだった?


もしこれが単なる体力の試練なら、力の限り突破すればいい。

もしこれが意志の試練なら、決して屈せず耐え抜けばいい。


だが——「死が必然」なのだとしたら?

私は、最初から間違っていたのか?


突然、警戒を解き、クラウスはその場にどさりと腰を下ろした。

足を投げ出し、肩の力を抜いて、呆れたように息を吐く。

「……お前、本当にひどい神様だな。」


対面の男は、思わずふっと笑った。

そして、どこか空へ視線を向け、まるで誰かに聞かせるように、軽く「……だってさ。」と呟いた。


「お前、まるで引っ込み思案な亀みたいだな。……まあ、玄武って元々亀か。」

クラウスはそう言いながら、自分の手を揉みほぐし、足をさすりながらぼそぼそと呟く。

「青龍は、いかにも神様って感じだし、朱雀はプライドが高くて強いし、白虎は……まあ、あのデカさだけで正義って感じだろ? で、お前は?」


そう言って、ふっと息をつく。

「……やっぱり痛ぇな。ほんと、ひどい神様だ。」


軽くぼやいた後、クラウスはふと顔を上げ、空を真っ直ぐに見つめる。

そして、どこか開き直ったように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「だけどな……私は凛音みたいに優しくも勇敢でもないし、蓮みたいに聡くも、知略深くもない。アイみたいに無邪気で怖いもの知らずでもない。言い換えれば——私もひどいんだよ。」


「臆病なほどにひどくて、失うのが怖いほどにひどい。」


男は笑いながら言った。

「なんだ、お前、急に死ぬのやめたのか?」


クラウスはジト目で睨みつける。

「……お前も、ほんとひどいな。私が死ぬのをずっと楽しそうに眺めてたなんて。」


クラウスは立ち上がると、手首を軽く回し、足を振って感覚を確かめる。

「玄武よ。ずっと、お前が封印されていると思ってた。でもな……」

クラウスはふっと笑い、挑発するように言い放つ。

「時間を止めて、死さえも支配できるほどの存在が、本当に封印なんてされるのか? もしかして——ただ、自分で隠れてるだけなんじゃないのか?臆病者め!」


クラウスは拳を握りしめ、一歩踏み出した。

「私はまだ、この世界を殴るつもりだった……いや、違う。今度は、お前を殴る。」

低く息を吐き、全身に力を込める。

「もしまた私を殺すなら、いちいち蘇らせる手間なんて省けよ。でも、殺したくないなら——姿を見せろ!」


そう言い放ち、全身全霊の力を込めて、目の前へ拳を叩きつけた。


そして、彼の拳は確かに何かに当たった。

それは、大きくて、重くて——硬い亀の甲羅だった。


「いっっっ……たぁ!!!っ……!」

クラウスは悶絶しながら、手をぶんぶん振る。


「自分で殴るって言ったんだろう?」

玄武はのんびりとした口調で、ゆったりと返す。


その様子を見て、男はついに堪えきれず、手を叩いて大笑いした。

「ほら、我が息子、なかなかやるだろう?」


クラウスは一瞬ためらったが、次の瞬間には、まるで受け入れたかのように——王冠を頂く者が背負う宿命を悟ったような表情を浮かべ、肩をすくめた。


「……つまり、お前はやっぱり蒼霖国の王ってことか。神獣と意思を交わせるのは王族の血を継ぐ者だけ……ってことは、やっぱり私も蒼霖国の王族ってわけだな。」

そう言いながら鼻をこすり、どこか誇らしげに呟く。


「違うよ。」

男は微笑んだ。

それは揶揄でも否定でもなく、まるで「それだけではない」と言うような、どこか穏やかで優しい響きだった。


「……え?」


クラウスが訝しげに眉を寄せると、男はどこか悲しげな表情を浮かべながら静かに言った。


「私は確かに蒼霖国の王族の血を引いている。だが、私はこの国の王ではない。いや……私は、どの国の王となる資格も、失ってしまった。」


——その頃。


「ねえ、君、一人でこんなところにいて、何をしてるの?」

凛音は、ずっとこの少年と歩いていた。

ただ、クラウスのいる世界とは違う。

ここには、色があり、温度があり、音があった。

風が吹き抜け、遠くで人々の笑い声が聞こえ、陽の光はあたたかかった。


少年はおそるおそる凛音の方をちらりと見て、すぐにまた視線を戻しながら尋ねた。

「お姉ちゃんは妖精?それとも、神様?」


「え?どうしてそう思うの?」


「だって……この湖には神様がいるって聞いたんだ。だから、僕、いつもここに花を捧げてるんだよ。でも今日は、花を捧げた瞬間、水の中にお姉ちゃんの顔が映ったんだ!見間違いかと思って手を振ったら……お姉ちゃんが湖から出てきたんだ!」


凛音は、思わず息をのんだ。

何?湖の水に映ったのが、私の顔……?


彼女がまだ状況を飲み込めずにいると、遠くから少し苛立ったような声が聞こえてきた

「おい、お前、またこんなところでぐずぐずしてるのか?早く戻らないと、俺まで叔母上に怒られるだろうが!」


凛音は、はっとして顔を上げ、声のする方へと視線を向けた。


少し年上の少年が、腕を組みながら眉をひそめ、命令口調で歩み寄ってくる。

小さな男の子は怯えたように彼を見上げ、次いで凛音を一瞥すると、小さな声で呟いた。

「……デイモン兄上、ごめんなさい。すぐ帰る。」


「……デイモン?」

声がかすれるように漏れた。信じられない。


目の前の光景が、頭の中でうまく繋がらない。

息が詰まる。冷たい手が背中を撫でるような、不吉な感覚。


どういうこと……?

なぜ……なぜ彼がまだ子どもなの?

違う……そんなはずは……


……私、今……過去にいるの?

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