1 過去の囁き
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白き雪が舞う夜。
「父上……どうしたんの?」
千雪の唇が震え、信じられない光景を前に、かすれた声で問いかけた。
黒か赤か、血の海の中に、母上が倒れているのが見えた。父はその母の体から剣を引き抜き、ゆっくりと微笑みを浮かべながら、自らの喉元に刃を当てて――。
千雪は凍りついたように立ち尽くしていた。
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「お嬢様、起きてください。旦那様がお呼びです。」
「お嬢様……」
侍女が扉を軽く叩く音で、私は目を覚ました。
ああ、夢か。またこの夢を見たのか。私はもう千雪ではない。
今の私は凛音、将軍の娘。
あの夜、お父様は敵国の王女である私を家に連れ帰った。
昔亡くした娘に似ているからか、殺すことはできなかった。
それから私は「凛音」として、敵国で生き続けている。
何年も経ち、この夢を繰り返し見る。
涙も枯れ果てたはずなのに、どうしてあの光景を忘れられないのだろう。
「はい、すぐ参ります。」
凛音は青い座布団から静かに立ち上がり、翡翠の簪を挿しながら外へ出た。
「旦那様、奥様、お嬢様がお着きです。」
「何がお嬢様よ、威風堂々たる若君ではないか。」
奥様は凛音を見て微笑んだ。凛音はまた、若き貴公子のように髪を束ね、蜻蛉が蓮を巡り舞い恋する模様を刺繍した水色の長衣をまとい、黒緞子の長靴を履いている。
「さすがはお母様、人を見る目がございますね。」
「まあ、凛音だもの、もともと秀麗ですから。」
「あら、お母様に似ていると思いますけど。お父様、お呼びでしょうか?今から軍営に参って、訓練ですか?」
「凛音、今日は満月の日だ。訓練はひとまず休みなさい。今日はお母さんと一緒に、美しい首飾りや灯籠を買ってきなさい。武器ばかりに夢中になっていると、お母さんに責められてしまうよ。」
「はい、わかりました〜!」
凛音は甘えた声で答えながら、奥様の手を取って絡めた。
凛音は服を着替えず、そのまま奥様と一緒に街へ向かった。
赤い飾り灯籠があちらこちらに並び、今日は団欒の日なのだろう。
こんな夢を見るなんて。
今の私は決して不幸ではない。父と母は私を甘やかしてくれている。
「凛音、これはどうかしら?」
奥様はアクセサリーの屋台で、黄色のバラ水晶の簪を手に取りながら尋ねた。
「綺麗ですね。お母様にお似合いです。」
「私じゃなくて、凛音にだよ。」
「ええ、私ですか。こういう艶やかなものは苦手です。」
凛音は遊び心を見せながら、ある真珠の飾りに手を触れ、答えた。
ああ、動いている、この真珠。
これは白い鳳凰が口に真珠をくわえた簪だ。真珠はまるで月のように輝き、宮廷にもありそうな品だ。
もし、この真珠を小さな釘で突き通せば、毒薬を仕込むのにも適している。動くし、回転すれば毒薬も漏れにくい……なるほど、使えるな。
「何を言ってるの?凛音だってこの鳳凰の簪が気に入ってるじゃないの。お母さんが買ってあげるわ。」
奥様の声が、凛音の思いを遮った。
「奥様と若君は良い目をお持ちですね。これは昔の雪華国で有名なもので、皇后様もお好きな品ですよ。」
「雪華国……嘘よ。」
凛音は震える声で小さく答えた。
そんなものがあるなら、私は知っているはずがない。
そんなものがあるなら、すでに血に染まっているはずだ。
「そうなんですか。では、買いますね。」
そう、お母様は何も知らない。お父様が私を敵国から連れ戻したことも。
愛娘を失ったお母様は、私が来る前まで、ずっと眠り続けていた。
それほど、悲しみと絶望に囚われていたのだろうか。記憶さえも失ってしまうほどに。
「凛音、次の場所に行きましょう。」
奥様と共に歩き始めたそのとき、どこからか人々のざわめきが聞こえてきた。すぐ近くで、泣き声と叫び声が入り混じり、祭りの賑わいをかき乱している。
まさか、こんな日に……
何かに引き寄せられるように、
凛音の視線が人混みの中を鋭く探っていた。
「許してください、若旦那様。孫はまだ若いんです。連れて行かないでください、どうかお願いします!」
読んでくださったあなたへ
こんにちは!ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
実は、この物語の最初の三話、少し短めですよね……。申し訳ありません!書き始めた当初は、どのくらいの長さがちょうどいいのか手探り状態でして、「ここで区切ったら面白くなるかな?」なんて思いながら止めてしまいました。今思うと、少し意地悪だったかもしれません。
実際、第一話と第二話を合併させようかとも考えたのですが、重複してしまうエピソードの削除が難しくて……今の形になっています。本当に申し訳ありません!そんな未熟なスタートも、温かい目で見守っていただけたら嬉しいです。
この物語では、中華風の服装や建物、庭園の描写に力を入れています。皆さんがその世界に飛び込んだような気持ちになれるよう、できる限り丁寧に書きました。美しい世界観とともに、ワクワクする冒険や心揺さぶる展開がこの先たくさん待っていますので、ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです!
これからの物語が、少しでもあなたの心に残るものとなるよう、精一杯頑張ります。どうぞよろしくお願いします!
それでは、また次の章でお会いしましょう!




