その優しさの価値は
とある未来、日本政府は優しさ評価アプリ-PONC-を開発した。
優しさが金やサービスに変わるこのアプリで生計を立てようとする若者に雑誌記者が取材を試みた。
事前に言われた場所で待っていると、当初の予定から15分遅れでようかん三昧氏が現れた。
「すいません。迷子になってるおばあちゃんを道案内していたら遅れちゃいました。
間に合わなくなるの分かってたんですけど、見逃せなくって」
申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら頭を下げる。
『怪物くん』を思わせるカラフルな帽子と明るいオレンジの上着が目を引くが、それ以外は特徴らしい特徴もない、至って普通の青年だ。
-いえ、こちらは取材を受けていただけただけで、大変ありがたいと思っておりますので。
実際、ドタキャンを食らったかと思ったので、ようかん三昧氏が姿を見せたときは安堵した。
「そう言っていただけるとありがたい。
おや、約束どおり持ってきていただいたんですね」
-ええ、もちろん。ようかん三昧さん、今日はよろしくお願いします。
私は、持参していた空のペットボトルをようかん三昧氏に差し出した。
「陽太でいいですよ。本名は三島陽太と言います」
そう言いながら、陽太氏は背中のリュックサックから取り出したゴミ袋に、私から受け取ったペットボトルを入れて、またリュックサックにしまった。
私はそれを確認すると、スマートフォンでポンクを開き、「ようかん三昧」に対して、「ゴミを片付けてくれた」と入力し、10段階中の10で評価した。
「ありがとうございます。
では、行きましょうか」
評価されたという通知が届いたらしい。
10の評価をもらえることはそうないのだろうか。
満面の笑みを浮かべて、陽太氏が言った。
* * *
ポンク -PONC- は、政府が開発した「優しさ評価アプリ」だ。
優しくされた側が優しくした側の行動を10段階で評価し、月々の評価点や評価率に応じて、行政から報酬金が与えられたり、各所でサービスを受けられたりする。
ようかん三昧こと陽太氏は、ポンクの報酬だけで生計を立てようと活動しているということで目新しさがあり、今回の取材を申し込んだのだ。
* * *
「土日はデパートとか、子供連れが行きそうなところに行くことが多いですね。迷子を助けてあげると、高評価をもらえることが多いので」
-今日みたいな平日はどちらに行かれるんですか?
「今日は駅の方に向かいましょう」
陽太氏は駅に着くと、タクシー待合所の列に並んだ。
指定されたとおり、少し離れたところでしばらく陽太氏を見ていると、サラリーマンと思われる中年男性が近づいてきて、陽太氏が並んでいたところに入りこんだ。陽太氏の後ろには5人ほど並んでいたので、割り込むかたちになった。
2人は言葉を交わしたり、スマホを触ったりしている。ポンクを操作しているのだろう。その間にも後ろの列は伸び、陽太氏よりも後ろに並んでいる人たちはあからさまに嫌そうな顔をしている。
中年男性に一礼し、列から離れて戻ってきた陽太氏に聞いてみた。
ー列の後ろの人たちは迷惑そうにしていましたが、複数人の迷惑よりも1人への親切を優先するんですね?
「はい。ポンクにはマイナス評価はありませんからね。迷惑をかけられて嫌な思いをしたとしても、僕の評価が下がったりすることはありません。今後仕様変更があれば、その都度考えますが、現時点ではこの行動方針がベストです。」
ー今回迷惑に感じた方に対して、この先陽太さんが親切にしたとして、今回のことを覚えられていたら思ったような評価が得られないとは思いませんか?
「まあそれはあり得ますけどね。ただ、ポンクで食べていくのは、皆さんが思っているよりかなり難しいです。不確定な未来のことを考えながら、なんて余裕はありません。目の前の評価を優先しないと。」
* * *
その後も、おばあさんの荷物を持って横断歩道を渡る手伝いをしたり、観光案内所の手前で道案内をしたり、ゴミを提げて歩いている人からゴミを回収したり(路上にゴミ箱がない地域を把握しているらしい)する陽太氏について回った。
「今はまだ率を気にしながら点数を稼げますけど、もし同業者が増えてきたらこうはいかないと思います。」
誰にでも優しくするというわけではなく、高評価をもらえそうな人をある程度選んでいるように見える。という見解を伝えると、陽太氏は自身の考えを語ってくれた。
「ポンクはまだマイナーなアプリです。評価をお願いします、と言っても、何それ?って返されることもある。携帯電話を契約するときに必ず説明を受けているはずなのにですよ。
そんなアプリを使って生計を立てようなんて思う人はまずいないはずです。まともに働いた方がずっと楽ですから。」
陽太氏は手を広げて自虐的に笑った。
「だからこそ稼げると僕は思いました。競争相手が、比較対象がいないから、誰もが僕の優しさに無上の評価を付けてくれると。
……実際には、誰もがというわけではなかった。誰かが手を差し伸べてくれるのを待っているのに、いざ助けてもらったらその優しさを上から目線で厳しく評価する。そんな人がたくさんいました。
そんな人たちと関わると損をするんです、率が下がっちゃうので。
だから、点数と率を両立できる今のうちは高評価をくれる人にだけ手を差し伸べる。
まあもちろん、完全に見た目で見分けられるというわけではないので、結局当てずっぽうなんですけどね」
右手で後頭部を掻きながら笑う陽太氏の横顔に、夕日が差していた。
* * *
ポンクは、日本が国際的な優しさランキングで非常に低い順位になってしまったことに危機感を覚えた日本政府によって作られた。
ポンク -PONC- の語源は『the Price Of No Compensation』。意味は、”無償の対価“。無償で行うべき行為に価値を与えて、対価を支払うためのアプリだ。
このアプリを活用することで日本国民が他人に優しくなるように、というのが目的である。
スマホを購入する際には必ずダウンロードされ、販売員による説明が義務付けられた。スマホを持っている人なら必ず一度は見聞きしているアプリだ。
にも関わらず、陽太氏が述べるように、浸透しているとは言いづらい。
では、誰が使っているのか?
このアプリに価値があると、つまり誰かに優しくすることに価値があると感じている人がこのアプリを使うのだ。
このアプリの使用者は、他人に優しさを提供し、その見返りに評価を求める。「この優しさの価値は?」と問うのだ。
* * *
取材の最後に、陽太氏に質問してみた。
ーこの取材を記事にすることによって、ポンクを使う人、つまり他人に優しくする人が増えてほしいと思いますか?
「いや、僕の周りには増えてほしくないですね。僕の優しさを素直に評価してくれる人が増えてほしいなとは思いますが。」
陽太氏は笑いながらそう言った。
ポンクの使用者は、日本に優しさが溢れることを望んではいない。あくまで打算的に、強かに優しさを行使する。
最初に書いたとおり、この記事は陽太氏の生計の立て方に着目したところからスタートしている。ポンクについて、称賛も批判もするつもりはない。
しかし、この記事を読んでポンクを使ってみようと思った人に私は問いたい。
「その優しさの価値は?」と。