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再会は宣戦布告

埼玉の外れにある小さな町で簡単な仕事を片付けた帰り道、俺は林の自慢の愛車の助手席で昔を思い出していた。当時の俺は、夜な夜な愛機NINJA900に跨って遠出をしては、地回りのヤクザやギャングを気取るガキどもを狩り回っていた。只々自分の奥底に溜まった沈殿物から這い出そうとしてくる害意に餌を与え続けていたのだ。爽快感も達成感も無く、日々の無聊を慰める為だけの暴力。今回の仕事は、そんな昔にあちこちで撒き散らしていた己の愚かさを思い起こさせて、気分が悪かった。

片田舎で無双を誇る暴力自慢の輩など、新月期でさえ敵ではない。増してや満月期の俺にとっては、武装していようが何十人が束になって来ようが、苦も無く制圧できる。ハエを叩き落すより造作も無い事だ。

ゴリラみたいな大男の肘を文字通り赤子の手を捻る様に砕き、泣きながら這いつくばる様を他人事のように眺めながら、仕事とは言え弱いもの苛めをしているようでムカついていた。

「なぁ、今回の仕事って、俺が出張る必要なんか無かったんじゃないか?」ボンヤリと窓の外の流れる景色を見ながら、俺は林に当たり散らした。「元格闘技のチャンプだか何だか知らんが、あんたひとりでも楽勝な奴等だっただろう?」

「いやぁ、最近一寸、腰の具合がねぇ…」嘘を吐け。そんな素振りを見せた事は一度だってありゃぁしないだろ。「この車と同じで、そろそろあちこちガタが来ちまってるんだよ~」

俺は溜息を吐いた。まぁ、分かってはいたが、やはり無駄だ。今度からは、事前に仕事内容を精査して、こんな下らないものは断る様にしよう。「あんたは兎も角、コイツは確かに草臥れちまってるようだな。タペット音も気になるし、足回りはヘコタレ切ってるじゃないか。大掛かりなレストアが必要だな」

最早骨董品に分類される程古い車ではあるが、だからこそ古い人間とは相性がいいのだろう。車名は青い鳥なのに、鮫の愛称で呼ばれたハードトップ。状態から察するに、恐らく過去にも大幅な修復作業をしている筈だ。それでも乗り換えたりせずに愛用し続けているのだから、相当愛着のある車なのだろう。「一見ドノーマルだけど、何か手を加えてるんだろ?あの牛の背中みたいなエンジンって、もう部品が手に入らないんじゃないのか?」太い排気音に耳を傾けながら、俺はコンソールを覗き込んだ。何の役に立つのか分からないメーターが、時折ゆらゆらと動いている。

「ボアをアップしてキャブと排気系を交換、後はブレーキとサスを強化してある以外はノーマルだよ~。純正部品はとっくに入手できなくなってるけど、今は3Dプリンターで一点製造できるものも多いからねぇ。何とかなるんじゃぁないかな~」その気があるんだか無いんだか…相変わらず掴み処の無いオッサンだ。

店の前で降りた俺を残し、林は一旦セーフハウスに戻ると言って走り去った。

角を曲がるブルシャークの直列6気筒を収めた長いボンネットが夕日を反射するのを見た時、俺の身体を引き裂いて谷底へと消えて行った昔の相棒が、月光に閃いて消えて行く様を思い出した。事故以来、単車には跨っていないが、何だか無性にまた乗りたくなった。風を切って飛ばす感覚が恋しかった。久しく思い起こす事の無かった感情が、封印した筈の過去から連鎖的に這い出して来る。単車を買いたいと云う衝動が鎌首を擡げかけたが、首を振って打ち消し、店のシャッターに手を掛けた。その時。

背筋を電撃にも似た強い悪寒が走った。反射的に加速した俺は、横っ飛びしながら身体を捻って今立っていた場所を見た。空気を切り裂いて進む弾丸が見えた。デカい。恐らく.50。狙撃用の大口径ライフルだろうと当りを付ける。俺が着地するよりも先に、弾丸が店のドアにめり込む。加速状態で音は聞こえないが、派手な破壊音がしている筈だ。ドアの真ん中辺りに大穴が開き、破片が飛び散る。弾丸の軌跡からすると、向かいのホテルの屋上からの狙撃のようだ。こんな至近距離から50口径のデカブツを喰らったら、普通の人間なら半分吹き飛んでしまうだろう。

受け身を取りながら壁を蹴ってホテルの裏口を目掛けて跳ぶ。第二射を警戒して狙撃ポイントの足元へ潜り込むと同時に、加速状態を解いて周囲の状況を確認する。

縦列駐車された車の中から監視していた連中が、一斉に色めき立つのが見えた。後を着けて来ていた車が、慌ててバックして行く。狙撃手はこの連中の手の者では無いようだ。さて、どう攻めるか…

俺がホテルの柱の影から上を伺おうと顔を出しかけると、店のドアに開いた大穴から何かが飛び出して来た。それは道の真ん中に落ちると、人型へと形を変えた。スーだ。「屋上!北西角!」右上を指さす。ホテルの屋上角から銃口が覗いていた。その向うでは燕のような鳥が旋回している。スーの使い魔…ではなく、一部を飛ばしたドローンだ。

鈍い発射音がしてスーの足元に着弾し、アスファルトを穿つ。次弾を装填する間に狙撃手に狙いを定める為、体制を整えた燕がほんの一瞬止まって見えた。瞬間、横方向から薙ぎ払われたかのように、燕は消し飛んだ。

他にも居る!狙撃手はひとりでは無かったのだ。

撃ち落とされた燕が駐車場の乗用車に突っ込む。軸線上の反対側、俺からは死角になって見えないが、向かい側のビルのどこかだろう。他にも居るかも知れないと思うと、迂闊に動けなくなった。

暫し沈黙。下手に動いてアレの十字砲火を喰らっては堪らない。俺が避けられても、他に被害が出てしまう。攻めあぐねていると、何かがコツコツと俺の靴を突いた。飛退きそうになって見ると、いつの間にか足元に烏が居た。

「あたしが二番目の奴をやっつける。あなたは下のあたしが気を引いてる内に最初の奴をお願い」烏の開いた口からスーの声がした。撃ち落とされた燕が烏に化けた…そして仕切っている。

俺が変な顔をしているのもお構いなしに烏が宣う。「いいわね!行くわよ!」言うなり、明後日の方へ飛んで行った。

俺は渋々従う事にして、相手からは死角の方向、ホテルの東側面に回り込んだ。手がかりになりそうな突起物などは無い。仕方ない。俺は飛び上がると、手を伸ばした先の壁面に人差し指を叩き込んだ。第二関節までがコンクリートを割ってめり込む。それを手掛かりに、後は同じ要領で壁面をよじ登る。隣の駐車場からは丸見えだったが、狙撃手からは見えない筈なので、細かい事は気にしない事にする。

屋上に手を掛け、顔を上半分だけ出して様子を伺う。貯水タンクを背にした狙撃手が、ハンドガンを抜いてスーを警戒しているのが見えた。俺は少し南側に移動してから屋上に出て、気付かれないように狙撃手の背後から近づいた。

突然怒声のような悲鳴がして、俺も狙撃手も斜め向かい側のビルを見た。同じようなスタイルのもうひとりが炎に包まれて暴れていた。すぐそばのアンテナに留まった烏が口から火を噴いているのが見える。スーのドローンだ。燕が車に突っ込んだ時に、タンクからガソリンを失敬してきたらしい。道理で二周り程大きくなっていた訳だ。

我に帰ったこちら側の狙撃手が烏に狙いを定める。俺は12~13メートルの距離を一足飛びに跳んだ。奴が3発目を発射し終わった銃を鷲掴みにして、戻りかけたスライダーごとバレルをへし折る。驚愕した奴の腰が引けた処へ左廻し蹴りを叩き込むと、腰骨の粉砕する嫌な音が聞こえた。声にならない悲鳴で喉を詰まらせた狙撃手は、仰向けに引っくり返ると七転八倒した。泡を吹きながら転げまわる奴を見ていて、こいつと火炎放射器で丸焦げにされた奴とでは、どっちが幸せだろうかなどとと考える。

筋向いの屋上では赤黒い炎が燃えていたが、数秒後に一瞬で消えた。スーが消したのだろう。また消防署のお叱りを受けたくはないからな。陰からヒョイと現われた烏は、飛び立つと下で待つスーの元へと降りて行った。スーに近づいて燕の姿に戻ると、肩のあたりに溶けるように融合した。「はい御苦労さん」何事も無かったように、スーがこちらを見上げて手を振った。

死にかけで正体不明の狙撃手がふたり…後処理も面倒だが、素性も理由も分からないのでは如何ともしがたいと思った。が、それらはすぐに判明した。

口笛の音が、挑発するように響く。向かいのマンションを見上げると、頭に銃口を突き付けられた夕子が居た。拘束されているのだろう、後ろ手を押さえられてこちらを見下ろす夕子の後ろには、サングラスにハンチングの男。いつぞやのテロリストの親玉だ。

俺は怒りで血が沸騰しそうになるのとは反対に、極めて冷静に言った。「貴様…何のつもりだ!」背筋を伸ばし、奴を見据える。俺の指を切り落とし、人質の母親を惨殺したクソ野郎だ。こいつには借りがある。しかし、それは向こうも同じなのだ。テロを妨害してヘリを落とし、アジトを急襲して人質の女の子を奪還した俺へのお礼参りに来たのだろう。義理堅い奴だ。

スーが飛んで来て、俺の足元で復元する。「やられたわ!監視のドローンが離れた隙を突かれた。スナイパーは囮だったのよ!」奴を睨みながら、悔しそうに言う。

「それは分かった。何とかできそうか?」奴から目を離さずに俺が言うと、スーは首を振った。「向こうの屋上に数人が散開してる。全部同時に倒すのは難しいし、何が仕掛けられてるか分からないわ。迂闊に手出しできないわね」こちらの事は全て調べ上げて、準備万端の上での作戦行動という訳だ。目的が俺ひとりにしては、念が入っている。

夕子越しにニヤついた奴が俺を指差すと、その指を自分の足元へと移動させた。こっちへ来いと言う事だろう。夕子を引き摺って後ろへ下がった。

「出方を見る。お前はここでじっとしていろ」俺は通りを挟んだマンションの屋上に向けて跳躍した。「でも!…」スーが何か言いかけたのを後方に聞き流して、屋上に降り立つ。奴は反対側の隅まで移動しており、懐から何かを取り出したところだった。

俺から視線を外さずにニヤけたまま、奴が取り出した棒状の物を夕子の首に当てがった。それは夕子の首に巻き付くと、一回りして両端が接合した。首輪のようだ。それだけで、概ねそれが何なのか想像がついた。

奴が夕子を俺に向けて押し出す。つんのめる様に進んだ夕子が、憎々し気に奴を振り返るが、奴はニヤけたままで、犬でも追い払うように夕子を追い立てた。

夕子が憮然として近付いて来る。俺は奴から目を逸らさずに、周りの状況を確認した。奴のすぐそばには参謀らしきハンドガン。建物の角3ヵ所にAKがひとりずつ、夕子のペントハウス入り口と屋根の上にも種類が判別できない長物が居た。全て俺では無く、夕子を狙っている。

夕子が俺に辿り着く。ほぼ同時にスーが飛んで来て、夕子を庇うように長身の美女姿になる。

奴の隣に居た参謀が一歩前に出て、物を見る目で言う。「彼女の首に巻いたのは爆弾です。外そうとすれば爆発します。こちらから定期的に送られるパスコードが途切れても爆発します。パスコードは毎回変わり、大佐しか知りません。あなたが命令に従わなければ、彼女は死にます」まるで機械が喋っているようだ。スーの方が遥かに人間味がある。

俺も前へ出る。「それで?俺に何をさせるつもりだ?」

「あなたにはこれを着けて、指示に従ってもらいます」小さな箱のような物を投げて寄越す。受け取ってみると、インカムの受信機のようだった。ワイヤレスのイヤーレシーバーがはめ込んである。外して耳に装着する。

「カメラも付いています。もう少し下に向けて、何か喋ってください」大きめのスマホのようなタブレットを取り出し、覗き込みながら参謀が耳を指差す。

俺は少しずつレシーバーを下げながら話しかけた。「指示に従えば爆弾を解除すると言う保証はあるんだろうな?」

参謀はタブレットを見たまま手を挙げてカメラ位置にOKを出すと、目線だけを俺に移した。「あなたには選択肢はありません。従わなければ爆発するだけです」

俺は目の中に怒りの色を濃くした。「フェアじゃないな。俺を怒らせたいのか?」

参謀は俺の目を見て一瞬考えると、上官の指示を仰ぐ事にした。何事かを大佐とやらに耳打ちする。大佐殿は終始ニヤけたままで、参謀に指示を出した。耳慣れない言葉だ。東南アジア辺りの言語だろうか?

「大佐はこう言っています。フェアである必要は無い。世界はいつも不公平だ。黙って従え、と」事務的を通り越して機械的だ。

「哲学者気取りのクソ野郎が…」俺は思わず呟いたが、参謀は黙っていた。忠実で有能な通訳って訳だ。

連中が例によって鮮やかに撤収した後、俺は立ち尽くしたままで考えていた。毎回違うパスコードでは、通信の解読に意味は無いし、パスが送られて来る頻度すら不明では、スーの出番は無さそうだ。やはり当面は指示通りに動くしかあるまい。

夕子が出口に向かって歩き出す。「今日はひとりで呑んでるわ。食事も作らなくていいから」振り向きもせず、手だけを振って見せる。「いってらっしゃい」

「あたしも行くわ」スーが通常の姿に戻り、俺を見上げて言った。「すぐ準備するから」言い終わるや、店の方へ流れて消えた。

一体何を準備すると言うのだ?何処で何をさせられるのかも分からないのに…

俺は東の空に低く顔を出した満月を見つめ、戦いのゴングが鳴るのを待った。


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