ゼレンティの瞳
「待て!」
と声を発したのは皇太子殿下のカルロスだった。
マシューはちらりとカルロスを見て、ちっと小さく舌打ちをした。
「まだ私の解呪が終わっていないぞ」
そう言いながらカルロスが壇上から降りてきて、ソフィアの前に立った。
ソフィアはカルロスへ綺麗な所作で礼をしてから、
「ああ、恐ろしい。王家の呪いを解呪して見せた私を牢に入れるなんて」
としくしくと泣いて見せた。
フェルナンデスはただ見ているしかなく、魔術師軍団も今は口を挟む時ではなかった。
マシューに命令された騎士達は両側からソフィアの腕を掴んでいたが、カルロスの言葉によって動きを止めた。
「マシュー、この娘を牢に入れるのは許さないぞ」
「兄上、この娘は王族の私に暴言を吐いたのですよ!」
「だがまだ私の解呪が終わっていない。お前の呪いが解けた事は祝福しよう。だが、皇太子である私こそが解呪されるべきだ」
「兄上がそうおっしゃるならば」
マシューは一礼をして身を引いた。
ソフィアはカルロスを見ていた。
ソフィアの首にはワルドから贈られたある宝石が飾られていた。
それは魔王の左足の部下だったある美しい魔族の瞳。
その瞳は生きたまま抉られて硬化し、宝石になった。
抉ったのは意気揚々と魔王討伐に来た勇者。
左足を庇い身を曝け出して勇者に切り刻まれた最愛の番いゼレンティ、蛇族と吸血族のハーフ、上半身は人のような美しい容姿で下半身は蛇、その瞳には魔力が宿り、いわゆる魔眼という物だった。
勇者に細切れにされたゼレンティの残した物はその宝石一つで後はすべて焼却されて消えた。自らも消滅しかかっていた左足は彼女の魔眼を抱えて逃げるだけで精一杯だった。
その後、数百年の間にゆっくりとゼレンティの魔眼は美しい七色の宝石となった。
それは今、ソフィアの首元で美しい輝きを放っている。
ワルドがゼレンティの魔眼をソフィアに贈った理由はただ一つ、ソフィアが身につけていればいつでもワルドはゼレンティを見ていられるからだ。
ワルドの望みを汲んだソフィアはそれをチョーカーにして首元にいつも着ける事にした。
ソフィアの首元でいつもゼレンティの瞳が優しくワルドを見ている
そしてゼレンティも宝石ながらいつも彼の側でワルドを見ていられる事を喜び、ソフィアの為に魔眼の力の効果を発揮した。
その魔眼によってカルロス皇太子の身体中の魔力路の流れを見る。
マシューほどではないがカルロスにも魔力の流れをソフィアは感じた。
それと同時にカルロスの中に勇者の血が流れているのも感じる。
勇者の血がなんたるかをソフィアは知らないが、ゼレンティの魔眼だけが感じ取れた物だ。
(確かに勇者はその時の第二、か三の皇子だったらしいから、そういうのもありだろうねぇ……しかし勇者って人柄には関係ないんだな。勇者の血が混じってんなら、魔王討伐より自分の子孫を真人間にしてやれっつうの)
この三人の皇子は魔法学院に通う最上級の貴族の生徒だった。
魔法が使えないのに、との意見もあったが誰も面と向かって王家へ意見できるはずもなく、王家的にはいつかこの呪いが解けた時の為に魔法を学ぶ姿勢も崩さなかった。
使えないからと言って、一般庶民でさえ学ぶ魔法を王家の王子が知らないのはプライドが許さない。歴代皇子は魔法が使えなくとも魔法学院で学ぶのが慣習だった。
マシューは全身で喜びを噛みしめていた。
今ならば学んだ全てが理解出来、それを実践出来る。
そして自分だけが。
マシューはカルロスをちらっと見た。
そして腹心の部下へ目線で合図をした。
次の瞬間、ぐはっと血を吐いたのはソフィアだった。
ソフィアは床に倒れ、その身体には矢が突き刺さっている。
床にじわりと血が広がった。




