呪い返し
フェルナンデスは苦い顔をしてソフィアへ振り返った。
「さあ、お前の聖魔力を証明しろ」
「えらそうに、だっる」
とソフィアは言った。
「貴様! このごに及んで!」
ソフィアはフェルナンデスを見て、それから後方の壁際で連なっている魔術師軍団を見た。
ソフィアは副団長を見た。そしてローガンの言葉を思い出した。
「相手は貴方の魔力を計り、どんな手を使ってでも手元に置いておくようにするでしょう。聖魔法、治癒魔法に特化しているというアピールだけにしておいて下さい。魔力も出来るだけ隠蔽し、呪いの解呪も不成功が望ましい。我々の目的は宝物庫侵入だけなのですから。国家魔術師には魔力抑止、魔法を禁ずる呪具がありますからね。それを着けられればあなたは魔法を取り上げられ、ただの八才の少女でしかないのですよ」
副団長が手に持っている鎖に鉄球のような物がぶら下がった物がそれかもしれない、とソフィアは考えた。
「聖魔力を証明ねえ」
考えれば使える聖魔法はいくつか思いつく。
魔王の左足だったワルドは魔法に関しては天才でソフィアに魔法を手ほどきし、新たな魔法を創り出す事も可能だった。
闇魔法もワルドに教えてもらったが、聖魔法については闇の眷属である魔王の四肢には不可侵な領分だった。
聖魔法属性を身に授かった時に与えられた魔法もあるが、どれもこれも今この場で使うのはどうかという代物だった。彼らが驚愕するような魔法もあるが、上級な魔法を使うと国家魔術師にされてしまう。とびきりの才能を国は放っておかないだろうから決して使うなとローガンに厳しく言われていた。
「マジでだっるいけど、まあいいわ。ローガン! 聞こえてる? 頼んだモノ、こっちへ送ってちょうだい。丁寧にね」
とソフィアが空間へ向かって叫んだ。
そのソフィアの声に広間はザワザワとし、興味深げな視線がソフィアに集まる。
「どんな道化が始まるのかしら」
とカトリーヌ女魔道士が鼻で笑った。
その時、空間がぐにゃりと歪んで割れ目が現れた。
透明な空気が歪んだように見え、そしてその中から何者かが姿を見せた。
「!!」
その何者かが謁見の間に現れた瞬間、それが誰であるかを確認する前に、その場にいた者全員が顔をしかめ、口や鼻を塞いだ。広間中に広がるもの凄い悪臭に嗚咽する者もいる。
悪臭は大広間の隅々に広がり、その中心にいたのは嘆き悲しんでいるレミリアと彼女の隣で慰めているケイトだった。
「え?」
ケイトはすぐに風景が変わった事に気が付き、周囲を見渡した。
「レ、レミリア様……」
「?」
ハンカチを目に当てていたレミリアが顔を上げた。
「!」
「な、何なの。ここは……まさか……」
レミリアは玉座の王族を見て、ハンカチを頬に当てて俯いた。
その頬には小さな蠢く蠧達が集り、ポトリポトリとレミリアの膝の上に落ちる。
それと同時に腐った頬肉や体液、血液が剥がれ落ちてレミリアのドレスを汚していた。
それにしても凄まじい腐臭だ。
広間にいる者の目や鼻、喉の奥に侵入し、染みこんで行く。
その間にも頬の腐食は進み、レミリアの鼻や唇も半分ほど色が変わって爛れ始めていた。
「レミリア! そんな醜い顔で陛下に前に現れるとは!」
ハンカチで口を押さえながら怒鳴ったのは、上段から彼女らを見下ろすカルロス皇太子だった。
「貴様との婚約は解消したはず! 消えろ! そのような醜い姿で陛下の御前に現れていいと思ってるのか! 化け物め! 今すぐ、消え去れ!」
「カルロス様……」
はらはらとレミリアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
ケイトはぐるりと周囲を見て、ソフィアを見つけると駆け寄って来た。
「ソフィア! 一体どういう……」
「あらぁ、お姉様がおっしゃったんじゃありませんか。レミリア先輩の傷を癒やして欲しいって……その顔、まるで呪いのように普通の治癒魔法じゃ治らないのでしょう? 仮にも聖女候補であるご自分の聖魔法でも?」
とソフィアが意地悪な声で言った。
「それは……そうだけれど、こんな……」
ケイトは周囲を見渡した。玉座には王族、そして国家魔術師軍団、後方には聖騎士が控えている。
「お姉様のお耳にも入ってるでしょ? フェルナンデス叔父様に王家の呪いを解けって連れてこられちゃって、わざわざ来たのに、その前に聖魔法を使える証拠を見せろですって、向こうが頼む立場だろうに何であんなに偉そうなんだって話ですわね。で、レミリア先輩の傷を治せたらいいんじゃないかしらと思って」
「レミリア様のお顔を治してもらえるの?!」
「そうですわねぇ、レミリア先輩がどうしてもと仰るなら」
ソフィアはレミリアを見た。
レミリアは呆然としたまま床に座り込んでいたが、ソフィアの言葉に顔を上げた。
「え……本当に治せるの?」
「条件がないでもないですわ。レミリア先輩」
「条件?」
ソフィアは床に座り込んだままのレミリアの耳に口を寄せて、
「ええ、聖女選抜試験、手を抜けとか言わないけど、候補のレイラの邪魔をしない事。平等に試験を受けて、レイラが選ばれればそれに異議を唱えない事。今後、聖女になったレイラを虐めたりしたらもっと酷い顔にしてやるって事」
と低い声で言った。
「わ、分かったわ……どうせ、敵うはずがない……レイラの聖女の能力は本物ですもの……でも、あなたも……聖女……」
ソフィアはレミリアの顎を掴んで、
「余計な事は言うな。いいな」
と言った。
レミリアがうなずくと、ソフィアは右手でレミリアの頬を撫でた。
その瞬間にも腐った肉が落ち、ソフィアの手にべたりとついた。
しかしレミリアの頬を暖かい光が照らした瞬間、
「レミリア様!」
とケイトが叫んだ。
「お顔……治ってますわ……」
「え?」
レミリアは自分の顔を手で触ってみた。
つるつるとした若い娘の張りのある頬だった。
学園崩壊時に受けた傷、身体の傷は治ったが右の頬だけはどうしても治らなかった。
頬の皮膚は腐敗し臭い汁がじゅくじゅくと溢れ出る。
その悪臭は公爵屋敷に広がり、メイドも侍従も、家族である両親も妹さえ彼女を避ける。
ウジ虫が湧き、頬の肉を食い荒らし、何度治癒魔法をかけても治らなかった。
その傷はだんだんと広がっていき、頬から鼻、おでこ、唇部分にまで広がっていた。
そして王家からは婚約解消の手紙が来たっきりで、カルロス皇太子は見舞いにも来なかった。
「治った……私の顔……ああ、ソフィア……」
「良かったですわ。レミリア様!」
ケイトが駆け寄り、泣きながらレミリアの肩を抱いた。
「レミリア先輩、よいお友達をお持ちですわね。ケイト姉様の助言がなかったらあなたを助けるなんて思いつかなかったですわよ」
とソフィアが言った。
「ソフィア……」
レミリアはソフィアを見上げ、そしてソフィアの手を見た。
先程、触れたレミリアの腐った頬肉がまだ手に残っている。
「ああ、これ? レミリア先輩のこの傷はやはり呪いのようでしたから、呪いをかけた本人にお返ししなくちゃね」
ソフィアは腐肉を持った手をかざし、静かに小声で呪文を唱えた。
それは闇魔法の一種で、この場にいる王族にばれるわけにはいかなかった。
呪文が正確に稼働すると肉片は消えた。
「誰が先輩に呪いをかけたのか、結果が楽しみですわね。呪い返しは倍返しでしたっけ。どこの家から訃報が聞こえてくるかしら?」
ソフィアはケッケッケと笑った。




