メスカマキリはオスを食う(旧:黒い糸)
実家からの帰り、私は駅に向かっていた。あたりは薄暗く川沿いにはホタルが舞う。いつもは古い神社に安全祈願のお参りをして帰路に着くのだが、時間がないので煩わしい田舎の風習は省略していく。コツコツ、そう何かがぶつかる音がして鳥居の前で立ち止まり本殿を見上げた。彼らには太陽に等しい街灯に昆虫たちが集い、狂ったように飛び回り当たり散らす。ゆらゆら灯りがぼやけて、影がこっちこっちと手招く。頭がぼっーとする。何かが私を支配しようとする。蝶? 一際美しい何かが飛び立っていく。しばらく目で追って、我に帰る。彼らはいつまでも当たり散らす。耳を塞ぐ。早く帰りたい。帰りたい。走り出す。ムニムニした感触と同時に断末魔のような鳴き声が辺りにこだまする。無事カエル。何か生物の口らしき箇所から何かが押し出されていた。糾弾するかのような大合唱から逃げるようにまた走り出す。息が切れる。駅の灯りが見えて安心すら覚えた。終電に間に合った。そう安堵の溜息すら漏れる。定刻通り列車が来て乗り込んだ。
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流れていく景色。時折私の暗い顔が交わる。電圧が下がったのか照明が瞬く。その一瞬に誰かが窓に映り、慌てて振り向いてもただぽつり席があるだけだった。ブラインドを下ろして目を閉じる。車両が軋む音が悲鳴のようにすら聞こえた。うつらうつら夢現の狭間にいたが、切符の確認で誰かが車両を回っていく。帽子を深く被った車掌の歩く音が異様に響いて耳を塞ぎたくなった。幾度目かの停車駅で信号待ちによる空いた時間が出来る。自動販売機で買った水を飲みながら時刻表に目を通す。2時間に1本あればいいいほうだった。板の上のカマキリが私に威嚇する。腹に蠢く黒い糸から目を逸らした。異様に静かで、無意識が私の意思とは関係なく思考を巡らす。鏡に映る上気した頬。荒い呼吸……。実家での出来事が浮かび振り祓う。カマキリは鳥すら襲い倒す。目の前の君は黒い糸の奴隷でしかなく、不憫に思い残った水を滴らせる。醜い何かが這い出て自我を取り戻した最期の時、君は私を恨むのでしょうか。威勢の良かった君は弱々しく鎌を振る。ほんのり肌の温もりの残る席につく。発車のベルが響いて列車は再び走り出した。
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くだらない儀式がいつまで続くのか本当に嫌で仕方がない。馬乗りになりメスは腰を振りオスは唯の棒だった。何処の馬の骨か存じ上げないが、君の周囲の人々は君に向かって羨ましい、そう言った思ったに違いない。顔は面でわからないが村の人ではないように思う。……かける言葉もなく、いちいち知る事もないか。目の前の君はぷっくり充血した突起に遠慮がちに触る。恥ずかしいくらい息が上がり、仕返しで締め付けた。終わりは一瞬で、ずるり抜け落ち熱いのが滴る。思っていたよりも早い。無責任に放った君は立ち上がり私に背を向ける。私はするりシーツを体に巻いて床の間にある飾り刀に手を伸ばす。
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君は私の血肉になり、私の中の黒い糸になる。