舞踏会での出会い
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宮廷舞踏会に侯爵である父にエスコートされて参列したわたしは、他の貴族と談笑している父に、話しが長くなりそうだから と父に促されてその貴族の内の一人の令息とダンスをすることになった。
この日のわたしは、礼装としてボールガウンを身に纏い、ドレスより少し濃い青のヒール、装飾品は濃い目の青と白で揃えられていた。
シンプルに結い上げられている髪には大きすぎない濃い青のリボンが結ばれている。
周りの同じ年頃の令嬢と比べるとかなりシンプルだが、宮廷舞踏会という場に相応しいようにすべてが一級品で、上品にまとめられているので見劣りするということはない。
侯爵令嬢としてデビュタントを済ませてからと前世での経験を合わせると、社交界での場数 という意味ではこの年頃の令嬢としては十分すぎるほど踏んでいるので、疲れはするが 緊張しすぎて軽食ものどを通らない とか のどが渇いた気がしてしまってワインを飲みすぎて足元がおぼつかなくなってしまう というようなことは流石になく、ゆったりとした足取りでダンスホールにたどり着く。
「レディ サラと踊れるだなんて、今日の私はとても運がいいようだ。」
その令息は、いかにもありがちな貴族の社交辞令を述べてわたしの手を取った。
「まぁ。光栄ですわ。」
わたしも貴族の令嬢としての笑みを返して、彼のリードについていく。
可もなく不可もなく、といったところか。
決して下手ではないのだが、音楽を聴きながら間違えることなくステップを踏み、パートナーを美しく見せられるようにリードできる紳士などそう多くはないので高望みしてはいけない。
特に親しい間柄でもないので、二度目のダンスを踊ることはなくその令息とはダンスを終えてそのまま離れた。
父はまだ話し込んでいるのか見当たらないので、一度レディ用の控室にいって休憩するためにホールを出て歩いていると、何やら騒がしい雰囲気が伝わってきた。
とりあえず控室に近づいていくと、若い令嬢がレディ用の控室を扉の外から覗いているようだった。
「どうなさったのですか?」
わたしが後ろから声をかけると、びくりとした後こちらに振り向き、ばつが悪そうな表情を見せ、
「な、なんでもございませんわ。失礼。」
そう言ってその令嬢はそそくさとその場を去ってしまった。
状況はわからないが、何か中で起こっているのは間違いないようだ。
彼女の様子を見るに、特に身に危険が及ぶような状況ではなさそうなので、半開きだった扉を開いてとりあえず部屋の中に入ってみることにした。
(なるほど。この状況に興味はあるけど、下手に手出しはできないから外から覗き見ていた、ということね。)
部屋の中に入ると、何人かの令嬢が集まっていて何やら騒がしくしていた。騒がしい令嬢達の他に、座ったまま遠巻きに様子をうかがっている令嬢達もいた。
どうやら、中心にいる取り巻きを引き連れた”いかにも”な令嬢が、気弱そうな一人の令嬢と揉めているようだった。
構図だけ見るとあまりいい心象を得ないが、状況がわからないのでなんとも言えないなと思い、少し様子をみようかなと思っていると
パシッ!
取り巻きを連れた令嬢が相手の令嬢の勢いよく頬を叩いた。
(あら…。なかなか元気がよろしいこと。)
叩かれた令嬢は驚きに目を見張っていたが、挫けることなく叩いた令嬢の目を正面からを見据えた。
(一方的に言われているのから気弱なのかと思ったのだけれど、泣かないのね。)
彼女の意外な反応に素直に称賛を心の中で送っていると、叩いた方の令嬢が痺れを切らしたように声を荒げた。
「だいたい、田舎の、しかも成金の男爵家の出の分際で、由緒正しい伯爵家のご令息に媚びを売ってダンスをするなんて身の程知らずですわ。」
どうやら、もともとの揉め事よりもこちらが本題らしい。
「お誘いいただいたものですから、お断りするのも失礼に当たると思いまして…。」
「まぁ!わたくしに口答えをするというの!いいこと、社交界に身を置くたるもの、身分は絶対なのよ。そんな常識もわからないの?」
男爵令嬢は冷静に説明しようとするが、それがまた火に油を注ぐ。
見たところ二人ともわたしとそう変わらない年頃に見えるが、今まで一度もパーティーで顔を合わせたことをないので、もしかしたらつい最近デビュタントを済ませたばかりの令嬢達なのかもしれない。
特に、先ほどからやたらと態度が大きい取り巻きを連れた令嬢は、装いや振舞から察するに伯爵家以上かそれに準ずる財力や権力を持った家なのだろう。
わたしは侯爵家以上の家の令嬢なら家同士のつながりなどでデビュタント前でも顔や容姿の特徴を把握しているから、そういった家の令嬢ではないはずだ。
何にせよ、このままの状況を放っておいて騒ぎが大きくなるのを見ているのも気分がよろしくないし、デビュタント直後であろう令嬢達が評判を落とすのを黙って見ているのも忍びない。
何より、社交界の品位を保つため尽力するのも侯爵家の人間の責務といえよう。
そう考えて、わたしは介入することを決めた。
扉の前からゆっくりと歩いて彼女たちに近づいていくと、取り巻きの令嬢達が近づいてくるわたしの存在に気づきひそひそと話し始める。
息まいているきつい巻き髪の令嬢と、詰め寄られている男爵令嬢はこちらに気づいている様子がない。
二人からちょうど同じ間隔くらいの位置で立ち止まり、声をかける。
「お取込み中失礼いたしますわ。」
介入してくる人間の存在に驚いたように、二人ともこちらに視線を移す。
「何の御用?わたくし、あなたの言う通り忙しいのですけれど。」
巻き髪の令嬢が高圧的な態度で反応したのに対し、男爵令嬢はわたしの瞳を見つめた後はっとした様に目を見開き、口を結んだ。
「何やらお困りのご様子でしたので、声を駆けさせていただいたのですわ。」
ゆったりとした声で、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「何も困っておりませんので、結構よ。」
少し苛立ちながら返事をした巻き髪のご令嬢に対して、男爵令嬢は口を結んだまま綺麗な姿勢で立っている。
この状況に割って入れる立場の者の可能性を考えたのか、巻き髪の令嬢の口調は先ほどよりも些か丁寧だ。
「それは大変失礼いたしましたわ。あなたは?何かお困りではありませんか?」
わたしがそう言って視線を巻き髪の令嬢から男爵令嬢に移して問うと、男爵令嬢が口を開こうとした。すると即座に巻き髪の令嬢が
「この方に身分に見合った振舞をするように教えて差し上げているところでしたの。身の程知らずな言動で恥をかいてしまってはかわいそうでしょう?わたくし、親切心で申し上げてましたのよ?」
そう言いながら、蔑むような視線を男爵令嬢に向け、口角を上げた。取り巻き達もそれに倣う。
「そうでしたか。レディは大変お優しいのですね。さぞかし名のあるお家の方かとお見受けしますが、どちらのお家のご令嬢かお聞きしても?」
納得した様に微笑み 丁寧にそう尋ねると、巻き髪の令嬢はその質問に満足したような笑みを浮かべ
「まぁ!わたくしのことをご存じありませんの?社交界に出るにあたっては有力な家の者の容姿は把握していた方がよくってよ?わたくし、南の公爵家に縁があるモートン伯爵家の娘ですわ。」
そう堂々と宣言すると、勝ち誇ったような顔でこちらを見た。
(なるほど、モートン伯爵家ね。この特徴ある赤みがかった金の髪は、南の公爵家の血を引き継いでいる特徴ね。)
ここ二十年程、特に勢いづいている南の公爵家に縁続きの家のモートン伯爵家は、確かにその他の伯爵家と同じ序列とは言えなくなってきているであろう。
現在の社交界の令嬢の立ち位置の中でも、家の序列だけで言えばかなり上の方で、ほとんどの令嬢は簡単には口出しできないのも頷ける。
もっとも、社交界での影響力は家の序列だけで決まるものではないのだが。
「そうでしたか。」
そう言ってわたしが微笑んだまま一度視線を下げると、巻き髪の令嬢はわたしの立ち位置を自分より下と認識したのか、先ほどよりも大きな態度になり
「そうですの。ですから邪魔しないでくださる?わたくしこちらの方に用があるものですから。」
そう言い放った彼女は、こちらから意識を外そうとしたとき、わたしはゆっくりと視線を戻し、話し出した。
「えぇ、そうですわね。モートン伯爵家は、レディが恥をかかないよう、きちんと教育なさるべきでしたね。」
笑みを絶やさぬままわたしがはっきりとそう告げると、巻き髪の伯爵令嬢は固まり、即座に目を吊り上げた。
「なんですって!」
身体をこちらに向け、甲高い声を上げる。わたしは表情を変えずに
「ですから、モートン伯爵家はレディを社交界に出す前に、もっときちんと教育すべきでした と申し上げましたわ。」
そう告げると、およそ初めて受けたであろう侮辱に対して、我慢ならないといった様子で
「無礼者!どこの家の者よ!お父様に言いつけてやるわ!」
そう子供の癇癪のように声を荒げる令嬢に対し、臆する必要もなく
「レディのおっしゃったように、社交界に出るにあったっては有力な家の者のことは把握していた方が良いのではなくって?まさか、わたしのことはご存じないのでしょうか?」
にっこりと不思議そうにそう告げると
「そんな地味なドレスしか着られない家がなんだっていうのよ!」
みるみるうちに顔が赤くなり今にもまたその手を振り上げそうになったところで、ずっと口を結んでいた男爵令嬢がぽつりと
「月明りの瞳…。」
そう呟くと、巻き髪の伯爵令嬢と一緒になって息巻いていた取り巻きの令嬢達の顔が動きをピタっと止めた後、みるみるうちに青ざめていき、手を振り上げそうになっていた当の本人は周りの雰囲気の変化に困惑している。
「王家と東の公爵家の血を引くあの侯爵家の…。」「王家の金の瞳を受け継いだ侯爵令嬢…。」
周りから聞こえてきた声にやっと現実を見始めたのか、腕の力が抜けていくのが見て取れる。
「嘘よ…。そんな安っぽいドレスで…!」
事実を受け入れられないのか、小さな声で抵抗している。
まさか侯爵令嬢のドレスが安っぽいわけもないのだが、モートン伯爵令嬢の装いから見るに、宝石や装飾を山ほどドレスに施すことが格を表すと思っているような人種に見える。
取り巻きの令嬢達は先ほどまでの勢いをすっかり失ってしまって、見物を決め込んでいた令嬢達もざわつき始めた。
この状況のままにしておくわけにもいかず、そしてやはり騒ぎを大きくしないことがわたしの目的なので
「皆様慣れない社交界でお疲れの様ですし、そろそろ帰ってお休みになられては?」
と、特にドレスを貶されたことに怒るでもなく、努めて温和な態度で伯爵令嬢とその取り巻き達を見渡しながらそう告げた。
”まだまだ勉強が足りないようだから、出直されては?”の意を含む言葉に取り巻きの令嬢たちは青ざめたままこちらから目をそらしたのだが、まだ何か言葉を発しようとした伯爵令嬢に
「”社交界に身を置くたる者、身分は絶対” なのでしょう?」
と先ほどの彼女の言葉をそのままそっくり伝えると、恨めしそうな眼をしてはいたが大人しく取り巻きの令嬢達に連れられてその場を去った。
騒動の中心だった伯爵令嬢と取り巻き、そしてその騒動を眺めていた令嬢達がそそくさと控室を立ち去るのを見送った後、
ふぅ。 と一息つくと、残っていた男爵令嬢は
「ご自身への無礼を罰されないのですね。」
特にこちらを煽り立てる様子でもなく、素直にそう疑問を口にした。
「まだ大袈裟に騒ぎ立てて罰するようなことはされていないわ。あなたのおかげで ね。」
この男爵令嬢の一言のおかげで、あの伯爵令嬢はわたしに手を挙げられる前にとどまれたのだ。
いくら公爵家に縁のある伯爵という家格の中でも序列の高いモートン伯爵と言えど、
降嫁した王女を曾祖母に、そして現王家の次に王族の血が濃いといわれる東の公爵家の姫君を祖母に持つ
血筋だけで言えば公爵家にも劣らない アルヴィン家直系の娘に手を挙げたとなれば、家の力でもみ消すのは不可能であろう。
(この方、わたしに声をかけられるまで口を開こうともしなかったわ。わたしに最初から気づいていたようね。)
社交界における、身分の上の者に下の者から声をかけてはならない、上の者の話を遮るのは無礼にあたる という常識に最初から則っていたようである。
わたしはデビュタントの後、本当に必要最低限の上級貴族との社交場にしか顔を出していないので、わたしの顔を知っている者は貴族の中でもそう多くないはずなのに だ。
「滅相もございません。申し遅れましたが、ダグリス男爵家のカーラと申します。助けていただきありがとうございました。」
そう言ってお礼を述べた彼女は、ただの男爵家とは思えないほどの優雅な所作だった。
(”由緒正しい伯爵家のご令息”が声を駆けたくなるわけだわ。)
思わず洗練された所作とその端正な顔立ちに見惚れそうになってしまったわたしは心の中で勝手に納得しながら
「わたしはアルヴィン家のサラよ。サラでいいわ。」
そう告げると、カーラは先ほどまでの冷静な様子とは打って変わってまだあどけなさの残る表情で きょとんとした後
「こ、光栄です!サラ様。」
慌てて返事をしたかと思えば、先ほどまでの冷静そうな表情を崩し、頬を染めながら微笑んだのだった。
(普段凛とした雰囲気の方の柔らかな表情ってこんなにも魅力的なのね…!)
つられてこちらも頬が緩んでしまうような、破壊力のある笑みだった。
読んでくださってありがとうございます!
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