記憶と自覚
立ち寄ってくださってありがとうございます!
自分に自分の人生以外の記憶があると気づいたのはいつだったのか。
どこかで読んだ物語のように、生まれたときから前世の記憶を有していたわけでも、何かの事故をきっかけに突然記憶が蘇ったわけでもなく、
ある時ふと、窓から空を眺めていたら、誰かと一緒に抜けるような青空の下を駆けたことがあるな・・・とか、
熱を出して寝込んでいるときに、以前は高熱の中孤独を感じながらベッドの中で一人過ごしたなとか、
自然と私、侯爵家の現当主の娘、サラ アルヴィン は前世の記憶を持っているんだなということをゆっくりと自覚しながら成長していった。
前世の記憶といっても前の人生を丸々覚えているわけではなく、こんなことが昔あったなという程度の断片的なものでしかなかったため、そこまで大きな違和感を抱くことなく、また周りに違和感を抱かせることなく、10歳まで過ごしてきた。
ただ、その時の私が思い出した記憶は、それまでのものとは違う、決定的で、10歳の子供にとっては鮮烈な内容のものだった。
ーーーーーーーーーーー
それは いつものように午前中の歴史の授業を終えたあと、庭園を散歩していた時のことだった。
今思えば、授業を受けているときからすでに、記憶を思い出すきっかけが私の脳内に植え付けられていたのだと思う。
その日の授業は、わが国の歴史に関して学んでいた。
建国から悠に数百年は経つ歴史を最初からこと細かに10歳の子供が学ぶというのは現実的ではなく、建国にまつわるお話などの重要な出来事などをかいつまんで学び、ようやくここ数十年の話に差し掛かったところだった。
「~というように、約20年前にわが国の王女殿下と、隣国 ストラバスの王子殿下は国同士の決められた婚姻により、王女殿下がかの国へ嫁ぎ同盟締結となる予定でしたが、王女殿下が不幸にも亡くなられたために、同盟は締結されず、いまだに国境付近は小競り合いが続いているのです。」
「そうなのですね。王女殿下はご病気かなにかだったのですか?」
「いえ、婚姻の為かの国へ向かわれている最中、突然の悪天候により、不慮の事故に遭われて亡くなられたようです。」
「まぁ…。そのあと他の王族の姫君が代わりに向われたりはしなかったのでしょうか?」
(確か、今の王族・元王族の女性を考えてもその当時婚姻可能な女性はいたはず…。)
「それが、かの国からの刺客や陰謀だったという話もあり、新たに姫君を選出するに至らず、その結果、約束を違え、軽んじられたと受け取ったかの国との衝突が一時期激化しました。」
(なるほど。どちらの国にとっても 同盟を防げて、新たな火種のとなる口実にもなりえる王女の死 ということね。)
「そうなのですね。それはどのようにして現在の様な状態になったのでしょう?確か、大きな出兵はお兄様がお生まれになってからはないと聞いておりましたが、戦争とは数年でそのような状態になるものなのでしょうか?」
「よい着眼点ですね、サラお嬢様。激化した後すぐに、いえ、実は激化する前から亡くなられた王女殿下の婚姻予定相手であった当時のストラバスの王子殿下が、両国の関係改善、戦争終結に向けて尽力されていたので、激化した後にすぐかの国の過激派の重鎮を抑え込むことができ、そこから今の状態に続いています。」
「王子殿下はもともとかの国の穏健派だったので王女殿下のお相手に選ばれたのでしょうか?それとも王女殿下との婚姻・同盟のお話がでてから…?」
「いえ、もともと王子は穏健派だったので白羽の矢が立ったのですが、他国の姫を王妃に据えるのに国内で反発があったため王位継承権がその当時かなり高かったにも関わらず、それを放棄して婚姻の最有力候補者になったと聞いています。」
「そうなのですね。ありがとうございます。」
「では、その当時両国間で話し合われ、現在も維持されている両国間の条約についてお話して、本日は終わりにいたしましょうか。」
条約の内容、どのような人物がかかわったのか、それにより現在の両国の関係がどのように出来上がり、他国との貿易や政治にどのような影響を及ぼしてきたのか を簡潔にまとめてから授業を終え、自室に戻らずそのまま庭園に気分転換にでたのだった。
授業がはじまったころくらいはお散歩日和な青空だったのに、気づけば雨を運んでいそうな大きくどんよりとした雲が近づいてきていた。
「お嬢様、雨が降り始める前にお部屋にお戻りになりませんと。本日は特にお疲れのご様子ですし…。」
「そうね。ありがとう。授業が難しかったからいつもより疲れてしまったのかも…少ししたら戻るわ。」
言われるまで気づかなかったが、確かに頭がぼんやりとする。天気がすっきりしないからも と思いながらも雨にあたって風邪をひきました だなんて小さな子供みたい恥ずかしいのであまり外に長居はしないことにしたのだった。
咲き始めた薔薇に、棘に刺さないよう気を付けながら額の部分から花弁まで指でなぞるようにして触れ、しっとりとした感触を感じながら、先ほどまでの授業の話を思い出す。
(両国の関係が今は落ち着いているけれど、この後もそうとは限らないものね。よっぽどのことがなければ侯爵家の跡継ぎであるお兄様まで戦争に行かれるということは無いはずだけれど、現に公爵家の跡取りであった幼馴染は帰らぬ人となってしまったわけですし…。)
そこまで思考して、ふと花弁を撫でる指を止める。
(あら?わたしに公爵家の殿方の幼馴染なんていないわ。そもそも公爵家で幼馴染と呼べるような年齢の方はいらっしゃらなくて…。もしかして、たまにある別の方の記憶かしら?)
いままでは何となくの自分の知らないはずの風景や心情が頭に浮かぶことはあったが、思考にここまできちんと情報が入ってくることはなかったので少し戸惑った。
だが、いままでもあった度々起こることの一つと捉え、ふぅと息を吐き、雨が近づいてくる匂いをいっぱいに吸い込みながら心を落ち着かせた。
(今日の授業の内容は戦争のことや少し難しい内容でしたし、言われたようにやっぱり疲れているみたいね。胸のあたりがざわざわとするし、頭が重くなってきたもの。こういう時は、教えていただいたように、指先をお顔の前で合わせてを目をつぶってゆっくりと二回深呼吸をして…。)
唇の近くで両手の指先を合わせて、深呼吸をするおまじない。不安なときや緊張した時にするといいよと教えてもらったおまじない。
先ほどまで薔薇の花弁に触れていたので、ふんわりと優しく甘い薔薇の香りがする。
(たしか、おまじないを教えていただいた時にも薔薇を見ていたわね。あの時はもっと甘みの強い香りの品種だったわ。)
ふと”あの時”と似たような、甘い薔薇の香りを感じた。雨がもうすぐ降りそうで空気がいつもより湿っているからか、普段よりも薔薇の香りが強く感じる。
目を開き、その香りをたどって少し先まで行くと、先ほどとは違う品種の、満開という程ではないが先ほどよりももっと花開いた薔薇を庭園の一角で見つけた。
他の薔薇たちが庭園のバラ園として美しく並んで手入れをされ、剪定されているのに対し、こちらの薔薇は一角外れたところに、ひっそりといってもいいように植えられていた。
(とても近い香りだわ。でも”あの薔薇”とは違うようね。色がもっと、薄い色だったような…。とはいえ、花弁の形や香りがここまで近いんだもの、近種なのかもしれないわね。)
今までこんなにも薔薇に興味を持ってことはなく、詳しいわけでもなかったのだが、妙に興味がそそられて、じっくりとその薔薇を見つめていた。
(きっとこの記憶は、今のわたしの記憶ではないのだわ。わたしは今迄ここの薔薇園以外の薔薇を見る機会なんてなかったわけだし…。ということは、このおまじないも…?そうよね。)
思い返してみれば、このおまじない を誰に教えてもらったのかもよく思い出せないし、今までずっとしてきたわけでもなく、薔薇の前に立っていたら自然と落ち着くために出てきた動作で、それに付随しておぼろげにその時教えてくれた方の声が頭に浮かんできたのだ。
いつもなんとなく頭にふと浮かんできたりする記憶などとは違い、この日は胸の騒めきと薔薇の匂いに誘われて、空気とともにずっしりと重くなっていく頭に”あの時”の記憶が断片的に落ちてきた。
青空、ふんわりとかおる砂糖菓子のような甘い薔薇の香り、薄い桃色の花開いた薔薇、やさしい声色、太陽に照らされて眩しくきらきらと輝く金の髪。
(不思議だわ。こんなに一度に記憶が…。)
ぽつり
頬に突然ひんやりとしたものが当たった。一粒の雫が空から落ちたのだった。
(雨だわ。)
思考することをやめ、ゆっくりと降ってきた記憶をただ受け止めていたが、頬にあたった雨でふと我に返る。
(あの日も雨だったわ。…あの日?あの日っていつのことかしら)
ぼんやりと眺めていた薔薇に、また一滴冷たいものが落ちた。
(そう、わたくしが馬車に乗って…。あら?馬車?わたしは馬車にのったことはまだないわ。また思考に…。)
また一粒、二粒 と薔薇に落ちていく。
(あの日は突然大雨が降ってきてしまって…、ぬかるんだ道で車輪がはまってしまったからと馬車がとまってしまって…?変だわ。鋪装されている道を通るはずなのに、あぁ、確かその道が少し前の土砂崩れで使えなくなってしまったので、直前で予定を変えなければならなかったのだわ。)
どんどん曇っていく空に、大粒の雨が馬車の天井を打つ音、次第に外から雨音以外が聞こえ始め、やがて金属らしきものがぶつかる音が聞こえる、頬にあたる雨、はじかれた泥の匂い、甘い、甘い薔薇の匂い…。
(わたくしは…。不慮の事故ではないわ。わたし、わたくしは…。)
雨とともに降り注ぐ記憶と、冷たい水滴が身体を濡らしていくのを、体温が下がっていく感覚と勘違いしそうになってしまっていた時、雨と記憶を遮る音が聞こえた。
「お嬢様!サラお嬢様!」
はっとはじかれたように声のする方に顔を向けると、しゃがんだナースメイドが傘をわたしにさしながら、心配そうな顔をしていた。
「傘をお持ちするのが遅くなってしまい申し訳ございません。」
先ほどまで緊張していたことに、ナースメイドの声を聞いて自分の心臓が速度を落としていくことでようやく気づいた。
声を出そうとして、思ったように音が出てこなかったので、一度息をついてから言葉を紡いだ。
「いいのよ。わたしがいつも一人にしてと言っているのだし、そして普段とは違う場所にいたのだもの。薔薇を観察するのに熱中してしまっていたわ。迎えと傘、ありがとう。」
「お身体が冷えてしまってはいけません。自室に戻られたら湯浴みをなさるのはいかがでしょう。」
「ありがとう。そうするわ。」
ナースメイドを連れて、自室に戻った時にはすでに湯浴みの準備ができていて、温かいお湯の入った浴槽のある部屋にほとんど有無を言わさず連れていかれた。
雨に濡れたせいなのか、10歳の少女には突然の刺激的な記憶のせいか、その日の晩から数日間熱を出して寝込んだ。
これを境に、これが見知らぬどこかの誰かの記憶や、ましては妄想などではなく、自分の前世の記憶なんだということを受け入れていった。
ただ、記憶に蓋がされているのか、それとも自分で思い出すことを拒んでいるのか”あの日”のことを新たに思い出すことはなく、何気ない日常のことなどをまた断片的に思い出していくだけだった。
そして、16歳になりデビュタントを済ませたわたしは宮廷での舞踏会に参列し、国王陛下から命を受けることとなる。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
誤字脱字等、なにかお気づきの点がございましたら教えていただけると嬉しいです!
次話以降は最終チェックが終わり次第投稿致します。
(一週間以内を目指してます。)