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イツミ

 惑星ザイードの連邦軍駐屯所。

 その正門で、当直の警備兵2人が戸惑っている。

 年端もゆかぬ少女が、テイィ・ゲルを捕まえた、と言って、エスパー拘束リングに縛られた初老の男を連行してきたのだから無理もない。


「君は、だあれ? この人は、何なの?」

 警備兵の1人が、小腰をかがめて少女に話しかけた。

「今、言ったでしょ? ドクター・テイィ・ゲル。 受け取ってくれる?」

 少女は、悪戯っぽい目で兵士の顔を見た。

 その瞳——、黄金きん色。

「わたしは、連邦軍長官の特命を受けた特殊部隊のエスパー。見かけの歳に騙されないで。——たぶん、あなたよりはずっと年上よ。」





 私はその若い警備兵に内線番号を教え、直接長官室に問い合わせるよう促した。その一部始終を『イツミ』の能力を使って、サラに「中継」している。

 警備兵が半信半疑のまま、星間通信を使って長官室を呼び出すと、サラが出た。


 サラが、もっともらしい威厳をその口調に乗せて応対する。私は吹き出しそうになった。

 若い警備兵はサラのその応対を聞くなり、直立不動の姿勢になった。

「は、はい! 了解いたしました!」

 いや、君。そんなしゃっちょこばらなくても・・・。映像付き通信じゃないから。まあ、そうは言っても実は「長官」がここで見てるんだけどね。


 テレパシーで伝わってくるサラの内心の方は・・・というと、やっぱり笑いをこらえている。こらえながら「威厳」を演出して、警備兵に指示を出す。それがまた可笑しい。

「受け取って、直ちにザイードの連邦軍事裁判所へ連行するように。捕縛者に対する通常の手続きは、この件に関しては必要ない。」

「はい! 了解いたしました!」


 私とサラは表面上は「謎のエスパー少女」と「威厳を持った連邦軍副長官」のまま、警備兵たちには覚られないようテレパシーの方で簡単に打ち合わせを済ませた。

(じゃ、あと関係方面への連絡、よろしく。)

(了解! ・・・「あと」って・・・すぐ帰ってらっしゃるんですよね? 決裁書類、たまってますけど?)

(勘弁してよ。——まだ、時間は残ってるんだから、少しくらいサボってから帰ってもいいだろ? 君もやってみたらわかると思うけど、アバターじゃなくてまるっきりの別人になるってのは、結構いいもんだよ。これを置いて、すぐその書類の山に戻れって?)

(ふふーん・・・)

 サラの、ちょっとイジワルなテレパシーが返ってきた。

(長官、そーゆー趣味があったんですかぁ——。)

(い、いや・・・、そ・・・そうじゃなくて!)





 警備兵が護送手続きのための連絡を始めた。少女はそれを確認すると、くるりと向きを変え、歩き出す。

 数歩、正門から離れてから、ふと思いついたように少女はふり返った。

「わたしのことは、あまり口外しない方がいいと思うよ。連邦軍機法に触れる危険があるから——。上も、敢えて聞かないと思うし。」

 それだけ言うと、この不思議な少女はテレポートして消えた。


 警備兵は、ふと、子どもの頃見たオカルトメディアの都市伝説を思い出した。紅い髪に黄金きんの瞳を持つ少女の姿をした・・・?

 今、テイィ・ゲルを連行してきたのって・・・それだったよね? 2人で顔を見合わせる。

 しかも・・・・、連邦軍機だって? オレたち、ひょっとして・・・とんでもなくヤバいもの見ちゃったわけ——?






 惑星ザイードの首都、ラパス。

 この星で、最も人口が多く、文化的にも洗練された都市だ。


 小洒落た店で、少女がスーツを選んでいる。

「これ、くださいな。」

「はい。ありがとうございます。」

 包みを抱えて出てゆく少女の後ろ姿を見送りながら、1人の店員がもう1人に小声で話しかけた。

「あの年齢でスペシャルカードだったわよ。」

「どこかのお金持ちのお嬢さんでしょ。上質なマナーもわきまえてるし、感じのいい子よね。」

黄金きん色のコンタクトしてた。」

「カラーコンタクトは珍しくないでしょ?」

黄金きん色は珍しいわよ。」


 包みを抱えた少女は、ウインドウショッピングを楽しむようにしてラパスの街の賑わいの中を歩いてゆく。

 街角のオープンカフェで、クルルのジュースを注文した。

 テラスには、300年ほど前の様式を模したアンティーク風の丸テーブルと椅子のセットが7つほどおいてある。

 その中の空いている席に座って、少女はストローをくわえた。


 人の流れを面白そうに眺めている。街には、この星ならではの早い夕暮れが訪れ始めていた。


 しばらくそうしていてから、少女はポケットからタイマーを取り出す。

(そろそろかな・・・)

(もう少し、こうしていたいな。)

 今度は、はっきりとデイヴィにレスポンスする声があった。


 もう、デイヴィは気がついている。『イツミ』に独自の意識、あるいは、擬似人格のようなものが備わっているらしいことに——。

 どうやら、ただの数列という存在ではないようだ。

(おまえ、そこにいるのか?)

 問い返しながら、デイヴィは再び椅子に腰を下ろす。はにかんだようなレスポンスがデイヴィの胸に返ってきた。


 少女はストローを唇で弄びながら、夕暮れの人の流れを眺めている。

 そうして楽しんでいるのは、デイヴィなのか、イツミなのか・・・。


 やがて、小さくアラームが鳴った。

 少女は立ち上がり、向かいのビルの陰に溜まった夕闇の中に入ってゆく。その陰の中で、少女の姿は拭われたように消えた。

 行き交う人々は、誰も気づかない。





 連邦軍長官室。


 サラがちょっとこわい顔を作っている。

「呆れました。公費でショッピングなんて!」

「前長官が、スーツ1着ダメにしちゃったからね。それの補充ですよ。」

「とか言って——。変身を楽しんでたんでしょ。」

「今度、君にもやらせてあげるから。」

「今度・・・?」

「近いうちにテイィ・ゲルの残党を一掃しなくちゃならないし、『イツミ』のワードローブの中にはファッションが古くなって使えなくなってる服もあるしね。」

 デイヴィは「上官」という立場をカサにきたような表情で、悪戯っぽくサラを横目で見た。

 サラの表情が、ぱあっと明るくなった。

「そ、・・・そうですね! リアルタイムな備品の整備は必要ですもんね ♪ 」


 いいレスポンスだね。






      『銀河伝説』 了




シリーズはまだまだ続きます。

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