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銀河伝説

 私の観るところ、テイィ・ゲルはどうやら複数のESP強化ナノマシンを体内に注入しているらしく、かなり強い改造エスパーになっているようだった。

 それでなければ、『イツミ』からここまで逃げ回ることはできなかっただろう。


 その改造は人体にとっては相当にリスキーなはずだが、あるいはテイィ・ゲルは科学者として、そのあたりを解決する技術を開発したのかもしれなかった。

 いくつもの場所を、痕跡を消しながらテレポートして追跡をかわそうという逃げ方をしたようだった。


 たしかに、連邦軍の並のエスパーなら、これを追うことは不可能だろう。だが『イツミ』の眼には、その微かな痕跡がしっかりと捉えられた。

 それは、あたかも1本の糸につながったビジョンの連鎖のようだった。私は、それを追った。





 少女はテレポートを繰り返しながら、テイィ・ゲルがテレポートして逃げたポイントを追ってゆく。

 懸命に痕跡を消して逃げているようだったが、『イツミ』の前にはそんな作業は児戯に等しかった。

 慌てふためくテイィ・ゲルの恐怖の残り香まで、1つ1つ拾いながら追ってゆく。


 ザインの首都の繁華街。 隣の恒星系の惑星オーバルの月セナンの荒野。 そして、母星オーバルの海に浮かぶ人工都市、ハンノラ。 セグナ。・・・・・





 それぞれの場所に立ちながら、ヤツのわずかな痕跡をたぐり寄せてテレポートしてゆくうちに、私はついにヤツの潜伏先のビジョンにたどり着いた。

 ヤツも気がついたらしい。大きな恐怖を含んだ、突き刺すような反応が帰ってきた。

(だれだと思う?)

 私は、思いっきり挑発的なテレパシーをぶつけてやった。ここまでに拾い集めてきたヤツの「恐怖」も、オマケにつけて——。


 ヤツが青ざめるのが、手に取るようにわかった。

 私はテレポートした。





 ドクター・ザイド・ラパ・テイィ・ゲル。その男、連邦最大の脅威にしてマッドサイエンティストのテロリスト。

 ほんの1ヶ月ほど前、この狂気の男は「浄化」と称して銀河連邦の主だった惑星をG弾で破壊するという蛮行を実行に移した。

 しかし、いよいよ発射というその時に突然現われた少女の姿をした超エスパーに、全弾ことごとく無効化されて、男の計画は水泡に帰した。


 その少女。

 紅い髪。黄金の瞳。


 男はかつて、そんなものはただの都市伝説だとせせら笑っていた。

 少女の姿をした不可能を持たないエスパーなど・・・。


 それが、基地内に残っていたG弾の弾頭の最後の1つを破壊してふり向き、殺気をはらんだ黄金きん色の瞳が男の姿をとらえた時、プライドも理想も全て腹わたから抜け落ちて、男は恐怖だけを抱えてその場からテレポートして逃げた。


 跳んで、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで・・・・!


 背後から迫る黄金きん色の刄が、今にも男の心臓を貫くであろうイメージに呑み込まれそうになりながら、男は必死でテレポートを繰り返した。

 ついに、惑星ザインの月の荒野に追い詰められた時、男は持てるESPのありったけを使って死にものぐるいの反撃を試みた。

 少女の膝が折れた。


 やったのか?


 しかし、確かめるだけの度胸は男には残っていなかった。男はそのまま、テレポートして逃げた。

 テレポートして痕跡を消し、テレポートして痕跡を消し・・・。


 何度も何度もそれを繰り返し、ようやくあの怪物をまいたらしいと思えた頃、足がつかぬようESPを使わずにこのアジトに走って逃げ込んだのだった。

 それでも1週間ほどの間は、微かな風の音にも怯えて、ろくすっぽ眠ることもできなかった。


 やっと落ち着いた今、どのネットワークからも切り離されたタブレットに、頭の中にある数式を男は打ち込んでいた。

 この記憶がある限り、何度でもG弾は作ることができる。あの怪物が、あのとき斃れていたのなら、今度こそ成功するだろう。


 その時だった。男の背中に、何本もの凶々しい刄の切先が突きつけられたような悪寒が走ったのは——。

 男は、ばっくりと口を開けた地獄の底を覗き込むような思いで、その悪寒の先を透視した。


 そこに、少女の姿があった。


(だれだと思う?)

 そのテレパシーをぶつけられて、男はあやうく昏倒しかけた。

 椅子から転がり落ちて床にへたり込んだ男の前に、紅い髪の少女がテレポートしてきた。その瞳が黄金きん色に光っている。





 殺そうか——。

 私はシーク前長官の仇を目の前にして一瞬そう思ったが、私の中の何かがそれを止めた。

 そうだな——。 と私は、その何かに同意する。捕らえて、連邦法に従って裁きを受けさせよう。

 ただ、私の思惑はその「何か」とは違い、簡単な死よりも、こいつに生き地獄を味わせてやりたいという、どちらかと言えば嗜虐的な思念が混ざっている。

 今は、目の前の死に怯えているこいつも、やがて「あの時、ひと思いに殺された方がよかった」と思うようになるだろう。

 こいつの行き先は、間違いなくあのアズラード刑務所になるだろうから——。


 私の表情にはたぶん今、残忍な微笑が浮かんでいるに違いない。





 テイィ・ゲルはテレポートしようとしたが、ESPが発動しない。身体も動かない。何もかも、あらゆる力が封じられているようだった。

 少女は、まだ幼さが残るその顔に、奇妙な微笑を浮かべて、すっと右手を上げる。

 そこにエスパー拘束リングが現れた。それをテレキネシスを使って、手を触れることもなく男の両手、両足、首にはめてゆく。

 テイィ・ゲルは蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつ出来ず、脂汗だけを流して少女の為すがままになりながら、今、自分の目の前で起こっていることが信じられなかった。


 ESP中和物質で出来ているエスパー拘束リングを、テレポートさせたり、テレキネシスで動かしたりなどできるはずがない。科学的にあり得ない。

 こいつは何か、別の波動を使っているのか? それとも、化け物級にポテンシャルが違うのか?


「おばかさん。」

 そう言うと、少女は拘束された男の額を指先で、ぽん、と弾いた。

 その瞬間、男の脳内から『イツミ』の名とG弾に関する全ての記憶が消えた。正確には、それらの記憶に関わるタンパク質が、全て分解されてしまった。

「はい、機密保持完了 ♪ 」


 数瞬のち、テイィ・ゲルは呆けたような顔で、焦点の定まらない目を紅い髪の少女に向けた。

「おまえは・・・誰だ?・・・」



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