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数列少女

 それは不思議な感覚だった。


 意識はある。はっきりある。別にぼやけるということもなく——。

 目を開けていれば、半透明のポッドのフタ越しにマシンの明滅する光が見えている。目を閉じると、瞼の裏で何か不思議な光彩が渦を巻いているような感覚だ。

 身体の感覚としては、入れ替わるというより何かが浸潤してくるという感じの方が近い。細胞の1つ1つに浸み込んでくるのを感じるが、その何かは決して不快なものではなかった。

 むしろ、暖かく、好ましい何か、として自分の存在をほとんど無防備に開いて受け入れられるような何かだ。


 いつの間にか、うとうとしてしまったらしい。

 ピッ、という変換終了を告げるマシンの音で私は目を覚ました。


 ポッドのフタが開く。

 少しの間、身体が気体になってポッド全体に広がっているような感覚だったが、すぐにそれは収斂して生身の肉体になった。

 サイズが小さい。

 私は上体を起こして、自分の手足を見た。それは10代の少女のそれになっていた。





 サラは生体認証サインを終えて、椅子に座ったまま明滅する変換ポッドを眺めて長官の遺伝子変換終了を待った。

 驚いたことに、変換開始からわずか30分弱でポッドのフタが開いた。そして・・・

 中から出てきたのはフォー・クセス長官とは全くの別人だった。性別すら、男性ではない。


 13〜14歳の少女。

 紅い髪。黄金の瞳。


 『イツミ』だ。


 少女は少し戸惑った表情をしている。


 子どもの頃、怪しげな都市伝説として配信雑誌で見たことはある。・・・が。

 たしかそれらのイラストはやたら強そうな鋭い目つきをしていたが、今目の前にいる『イツミ』はそんなではない。

 髪と瞳の色こそ地のものとすれば特異ではあるが、その辺にいそうな、ごく普通の、どちらかといえば素直そうな目のくりっとした「かわいい少女」だ。

 この状況でなく、街中で会ったら、ただ「あ、変わったカラーコンタクトしてるな」くらいで通り過ぎてしまいそうだ。


「長官・・・・・ですよね?」

「もちろん、そうだよ。」

 少女は可愛らしい微笑を見せてサラを見た。声は鈴が転がるような女の子の声だが、口調は紛れもなくフォー・クセス長官のそれだった。

「私自身が戸惑っているよ。」





 頭の中に、もの凄い量の情報がなだれ込んでくる。

 銀河中の出来事を透視しているような、銀河中の人間の頭の中をスキャンしているような・・・膨大な情報——。

 それらを『イツミ』の脳は、なんなく処理して分類し続けている。テレパス、スキャン、透視・・・。


 これが『イツミ』のESPスペックか!

 とんでもないスペックだな——。


 ただ、私の意識がついていけない。ついていけない意識にとっては、それらの情報はただの雑音と変わりなかった。

 おそらくテレパシーと同じように、対象を絞り込めば有意な情報を引き出せるのだろうが、ちょっと慣れるまでは厳しい。

 私は、ヘッドセットの音量を絞るようにしてその情報の流入を絞った。


 なるほど。これは戦歴のあるエスパーでなければ、ましてやNESPでは、とうてい使いこなせないだろう。軍の長官と副長官がエスパーでなければならない本当の理由は、これだったのか——。


 サラが呆然としながら、私が間違いなくデイヴィ・ド・フォー・クセス連邦軍長官であるのか確かめたそうに質問したので、私はことさらいつもの口調で、そうだと答えた。

 無理もない。私自身が、自分の身体が10代の少女になってしまったことに戸惑っているのだ。

 とりあえず、いつまでも裸でいるのもなんだから、私はワードローブからお気に入りのスーツを手に取って着た。


 ちょっと待て。


 お気に入り——だと?


 私は、このシステムを自分で使うのは初めてだ。——なのに、なぜ「お気に入りのスーツ」が存在する?


 ああ、そうか。遺伝情報は「好み」をある程度限定させる。それが、こういう形で私の意識に働きかけたのか。

 私はスーツを着終わると、サラに「ニュートラルボディ」のことなどを再確認した。

「長官! 必ず戻ってきてくださいよ! 副長官就任1ヶ月で、いきなり長官なんて、わたし絶対できませんからね!」

 さすがにサラも不安な顔を隠さずに、懇願するように私に言った。

「私だって、せっかく出世したのに1ヶ月で溶ける気はないよ。大丈夫だ。タイマーを持っていく。」

 そう言って、自分の軍服のポケットから薄型のタイマーを取り出し、軽くサラに見せてから『イツミ』のスーツのポケットに入れた。


 そこで私は、ハタと気がついた。この姿で今のままの喋り方では、外に出た時に絶対怪しまれる。

「半分の36時間に設定しておくわ。それを過ぎたら、どんな状況だったとしても必ず一度帰ってくるわね。」

 サラが「ぷっ」と吹き出した。

「え? どこか喋り方おかしいかしら?」


 サラは、もはや上官と部下という立場をすっかり忘れて、腹を抱えて笑い出した。


「あ・・・あなたね。一応、あたし、あなたの上官なんですからね。」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 サラは姿勢を正し、懸命に真面目な顔を作ろうとしているが、目がおもいっきり笑っている。

 そのまましばらく無言で懸命に笑いをこらえていたが、やがて目をぎゅっと閉じ、ふううぅ、と大きく息を吐くと、やっと口を開いた。

「ちょ・・・長官! それ・・・、10代の少女じゃなくて・・・、おネエの口調になってます。」


 私は苦虫を噛み潰したような表情(って、『イツミ』の顔ではどんな表情になってるんだろう?)で、元の口調に戻し、率直にサラに聞いてみた。

「どんなふうに話せば、違和感ないと思うね?」

「わたしの普段の話し方を真似すれば、10代の少女でも通用すると思いますよ。」

 そうアドヴァイスするサラの目は、まだ笑いをこらえている。





 楽しい! とサラは思った。

 『イツミ』を目の当たりに見られたこともそうだが、普段全く抜かりのない感じの長官の、10代の少女の話し方がわからなくて戸惑う様子が・・・・


 めっちゃ、カワイイ!! p(>_<)q

 いや、『イツミ』の姿はかわいいけど、そういう意味じゃなくってね ♪


 しかし、『イツミ』の長官は、すぐに「サラの話し方」の真似をマスターし始めたようだった。

「こんな感じで、いい?」

「あ、え・・・、はい。」

 サラは驚いた。目の前に『イツミ』の姿になったサラが、もう一人いるような錯覚を覚えたのだ。

「ちょ・・・、長官、器用ですね・・・。」

「そうなんだ ♪  昔から、器用貧乏ってよく言われたの。」

 そう言って笑って見せたその姿は、もうすっかり『イツミ』だ。サラは、ちょっと目眩がした。

 これ、中身・・・フォー・クセス長官だよね?


「じゃ、あと頼んだからね。」

 それだけ言うと、『イツミ』は、ふっ、と消えた。


「凄い・・・。」

 サラが驚いたのはもちろん長官のモノマネなんかではなく、『イツミ』のそのスペックだ。

 この厳重にESPシールドされた軍施設から、そんなものまるで何もないかのようにテレポートしてゆく。


 なるほど、これは「超機密」なはずだ。こんなものが、そこらの産科でボコボコ誕生したら連邦崩壊するわ——。


 そんなことを考えながら、サラは独り転送ポッドの方に足を運ぶ。

 長官が「出張」している間、サラは長官室で長官代理を務めなければならないのだ。



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