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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

ミルキーウェイにドロップキック〜問題用務員、校内天の川事件〜

作者: 山下愁

「今日は七夕なんだな」


「タナボタ?」


「七夕だ」



 用務員室の壁に掲げられた暦表カレンダーを眺め、女装メイド少年のアズマ・ショウは聞いたことのない行事名を呟いた。

 本日も雪の結晶が随所に刺繍された可愛いメイド服である。艶やかな黒髪を三つ編みにし、さらにそれを輪っか状にするというなかなか複雑な髪型が特徴で、ピンと伸びた兎のつけ耳が揺れている。


 ちょうど魔導書を読んでいるところだった銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、



「どんな行事なんだ?」


「短冊と呼ばれるお札みたいな紙に願い事を書くと、願いが叶うと言われている」


「何それ超楽しい」



 お手軽に願いが叶うとは素晴らしい行事だ。『タンザク』とか知らないが、お札と言っていたのでそこそこ紙の大きさは小さそうである。


 早速やってみるか、とユフィーリアはそこら辺に散らばっていた紙を手に取る。裏側に『創設者会議のお知らせ』とかあったが、知らない。文字は認識しなければ文字ではない。

 雪の結晶が刻まれた煙管をツイと紙に滑らせれば、魔法によって紙が細切れとなっていく。お札程度の大きさだったらそこまで大きくなくていいだろうか。


 タンザクとやらを用意するユフィーリアだったが、肝心のショウは何故か窓の外に意識が向けられている。今日は雨が続いているが、何か外にあるだろうか。



「どうした、ショウ坊。窓の外なんかに注目して」


「いや、今日は七夕なんだが……」



 窓に張り付く水滴を眺めるショウは、



「雨だから天の川は見えないな……」



 なるほど、天の川が見たかったのか。


 星が川のように集合して見える天の川は、さぞ壮大だろう。ヴァラール魔法学院は星に関する魔法の授業も執り行われるので、空気が綺麗で星がよく見える場所にあるのだ。

 確かに毎年この時期に見られる現象だが、今年は生憎の雨である。天の川は見れず終いだ。魔法で天気を回復させることは可能だが、それは自然の成長の妨げになるということで法律で禁じられている。


 ユフィーリアはタンザクに『世界征服』の文字を書きながら、



「作ればいいだろ、天の川」


「え?」


「作るんだよ」



 赤い目を瞬かせるショウに、ユフィーリアはタンザクを差し出しながら言った。



「廊下って道があるだろ? あそこに水を流せばもう川じゃねえか」



 ☆



「――――で、君は一体何してるの?」


「え?」



 ユフィーリアは首を傾げた。


 何か間違ったことをしただろうか。

 ヴァラール魔法学院の廊下に魔法で大量の水を流し込んで川を作り、しかし教室の扉が開いたら室内に大量の水が流れ込んでしまうので魔法で固定化し、ついでに水へ沈めると光る『水中雪石アクア・スノウ』と呼ばれる魔石を大量に水の中へ放り入れて星々を演出するという粋な真似をしたが、まだ誰にも迷惑はかけていない気がする。


 どこかの実習室の扉を開いてこちらを睨んでくる学院長のグローリアは、



「廊下に水を流して何してるのさ、君って魔女は!!」


「天の川を作ってんだけど?」



 生徒が授業で使う箒をかっぱらい、それに跨って空中を自在に飛ぶユフィーリアは抱えたバケツいっぱいに詰め込まれた『水中雪石アクア・スノウ』を水浸しになった廊下に放り入れていく。

 放り入れる前まではただの石だったのが、水に沈んだ瞬間に煌々と白い光を放ち始めた。なかなか幻想的な光景である。


 着々と天の川造形作業を進めるユフィーリアは、



「何か今日って『タンザク』ってお札に願いを書くと叶う日なんだってよ」


「それとこの廊下を水浸しにすることは何が関わってくるの?」


「ショウ坊が天の川を見たいって言ったから」



 ユフィーリアはキョトンとした表情で言う。


 最愛の嫁であるショウが「天の川が見たい」と言ったのだ。星の数ほど存在する魔法を自在に操る天才魔女のユフィーリアなら、彼の為に天の川を作ることも可能である。

 そんな訳でヴァラール魔法学院の廊下は本日限り天の川である。尊い犠牲だ。


 グローリアは深々とため息を吐くと、



「今すぐ止めないと減給するよ」


「え、じゃあタンザクに『減給されませんように』って書かなきゃダメかな」


「そういう問題じゃないんだよ馬鹿!!」


「暴言だ勝訴」


「何に勝ったの!?」



 ユフィーリアとグローリアが毎度恒例の漫才を繰り広げていると、どこからかバチャバチャと水を掻き分ける音がした。


 見れば、お手製天の川を物凄い勢いで誰かが泳いでいった。水着など身につけておらず、全裸で廊下に作られた天の川を綺麗なクロールで泳いでいる。

 何か毬栗いがぐりを思わせる赤茶色の短髪と琥珀色の双眸が見えたような気がしたが、あれは用務員のハルア・アナスタシスではないのか?



「おい、ハル。何で天の川を泳いでんだよ!!」


「ユーリ、天の川楽しいね!!」


「よかったな。――いやそうじゃねえ!!」



 せっかく嫁の為に天の川を作ったのに、何故か全力でクロールしながら泳いでる馬鹿はいないだろう。いや天の川を作るのも馬鹿みたいだが。



「でもショウちゃんも泳いでるよ!?」


「マジで?」


「冥砲ルナ・フェルノで流されてるよ!!」



 ほら、とハルアが指で示した先には、歪んだ白い三日月が川に浮かんだ状態でゆっくりと流されてきた。


 その白い三日月――冥砲ルナ・フェルノに乗っているのは、ショウと南瓜頭の娼婦ことアイゼルネである。2人揃って呑気に紅茶を啜りながら、ユフィーリアお手製の天の川でパチャパチャと水遊びに興じている。

 何だか楽しそうである。楽しそうなのでよしとしよう。



「ハルちゃぁん、待ってよぉ。俺ちゃん、あんまり早く泳げないんだけどぉ」


「あ、追いかけてきた!!」



 冥砲ルナ・フェルノに乗ったショウとアイゼルネのさらに向こうで、何故か平泳ぎをしながらこちらにやってくる筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムまでいた。

 彼はまだ全裸ではないが、それでもパンツ1枚である。モラルだけは守ったようだ。全裸で川を泳ぐハルアの真似をしないだけ、彼の精神は大人だった。


 ハルアは清々しいほどの笑顔で「じゃあね、ユーリ!!」と告げ、



「オレね、エドと勝負してるから!!」


「向こうはちゃんと承諾してくれたか?」


「何かね、凄え嫌そうな顔をしてたよ!!」


「承諾してねえじゃねえか!!」



 ユフィーリアの話を聞くことはなく、ハルアは再びクロールをしながら泳ぎ去ってしまった。廊下に作られたお手製天の川に興奮気味である。彼の暴走機関車具合がいつもの3割増だった。


 ようやく距離を詰めることが出来たのに、物凄い速度で泳ぎ去ってしまったハルアに「もうやだぁ」とエドワードは嘆く。

 そこまで深く作ったつもりはないので、エドワードが泳ぐのを止めて立ち上がれば膝下程度の深さはある。なるほど、この深さでは背の高いエドワードだと泳ぎにくいのだろうか。



「エド、大丈夫か? モラルは守った?」


「守ったよぉ。ハルちゃんの頭が興奮状態なだけだよぉ」


「水場を前にすると興奮するよな、ハルは」



 そういえば、中庭にある噴水にも興奮していたような気がする。根が素直なので水場など特別な遊び場所には興奮してしまう性格なのだ。



「俺ちゃん、もう用務員室に戻ってもいいよねぇ」


「おう、いいぞ」


「ありがとぉ」


「ハルには『遊泳禁止だ馬鹿野郎、黙って流されてろ』って言っとくから」


「はいよぉ」



 エドワードはどこか疲れた様子で「ようやく帰れるよぉ」と呟いていた。興奮状態の未成年組のお遊びに付き合ってやるとは、本当にいい奴である。今日の晩飯は彼の為に肉多めのカレーにしてやろう。

 ざぶざぶと水を蹴飛ばしながら用務員室に帰っていくエドワード。遠くの方で「あれ!? エドいねえ!!」とハルアの叫び声も聞こえてきた。あの調子だとすぐに戻ってきそうである。


 さて、天の川製造作業の再開である。『水中雪石アクア・スノウ』をばら撒こうと箒を発進させるユフィーリアだが、



「勝手なことをするなって言ってんでしょうが!!!!」



 グローリアの絶叫と共に、何故か彼の靴底が見えた。


 ドロップキックである。

 魔法で身体能力を強化した怒れる学院長が、箒で空を飛ぶユフィーリアめがけてドロップキックを放ったのだ。彼の革靴の底がユフィーリアの顔面へ綺麗に吸い込まれて、箒から墜落させる。


 真っ逆さまにお手製天の川へ落ちるユフィーリア。どぼんと水に沈むと、大量の飛沫が飛び散る。だが溺れるほど深くはないので、すぐに起き上がった。



「何すんだ、グローリア!!」


「廊下を水浸しにした君が悪いでしょ!!」



 お手製天の川へ落ちる寸前で浮遊魔法を使用して空中に踏み留まるグローリアは、



「今すぐ元に戻さないと減給だからね!!」


「うるせえお前も道連れだァ!!」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ユフィーリアは「〈魔力看破ブレイク〉!!」と叫ぶ。


 硝子が砕け散るような音がして、浮遊魔法を強制的に解除されたグローリアが真っ逆さまにお手製天の川へ落ちる。どぼん、と背中から天の川に落ちて水飛沫が散った。

 発動中の魔法に使われる魔力を逆流させて中和し、魔法を強制的に解除する技術『魔力看破』は魔法の知識が豊富でなければ使用できない高等技術である。学院長であるグローリアはもちろんのこと、魔法の天才と名高いユフィーリアも使えるのだ。


 頭の先から爪先までずぶ濡れになったグローリアは、濡れた黒髪を掻き上げるとユフィーリアに掴みかかる。



「何すんのユフィーリア!!」


「はっはァ!! いい面になったじゃねえか!!」


「君って魔女は!!」


「お堅い頭は冷えたか、腐れ外道の学院長!!」


「誰が腐れ学院長なんだよ!!」


「お前だよ!!!!」



 廊下に作られた天の川の中心で展開されるユフィーリアとグローリアによる殴り合いの喧嘩はユフィーリアの圧勝で終わり、最終的に騒ぎを聞きつけた副学院長のスカイが止めに来るまでアルゼンチンバックブリーカーで継続的に学院長を苦しめるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】七夕のお願いは『減給されませんように減給されませんように減給されませんように』。

【エドワード】七夕のお願いは『ハルちゃんがちょっとでと大人しくなってくれますように』。

【ハルア】七夕のお願いは『身長3メイルください!!!!』

【アイゼルネ】七夕のお願いは『言い寄ってきた野郎どもの【自主規制】が取れますように』。

【ショウ】七夕のお願いは『ユフィーリアと、用務員のみんなと父さんとずっと一緒にいれますように』。


【グローリア】七夕のお願いは『問題児の問題行動が落ち着いてくれますように』。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! タイトルの「ミルキーウェイにドロップキック」という強烈過ぎるタイトルに、最初から大笑いしました。インパクトが…
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