表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝顔師  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/28

二十七

 長い一日が終わり、朝が来る。

 昨日は心身共に疲れ果てていたくせに、気が昂ってなかなか寝つけなかった。


 いつも寝起きしていた座敷は水浸しで、仕方なく東吾は別の部屋を使った。その部屋は清江に貸している部屋の隣であり、襖で仕切った隣に清江がいると思うと落ち着かなかった。

 しかし、そう感じることが以前の自分とは明らかに違っており、どこか嬉しくもある。


 そうして、眠ったのかよくわからないような具合であったけれど、朝と共に床から抜ける。

 カタカタ、カタ、といつもの物音がした。控えめな音が台所から聞こえてくる。あの音は、清江が立てる音だ。


 ここにいる。いてくれる。

 それに安堵しながら、東吾は蚊帳の中で伸びをした。


 身支度を整えてから悲惨な庭を眺めていると切なくもあったが、清江がいてくれるのだから我慢できる。幸い、保管してあった種までは盗られていない。また来年、一から始めるしかないが、それもいいかと思うことにした。


 ――ただし、結論だけ言うなら、東吾の朝顔たちは東吾のもとへ戻ってきたのである。それも、手土産をつけて。


「東吾様、とんだ災難でございやしたね」


 奉公人と共に大八車を押してやってきたのは、〈吉八〉の吉造である。東吾が目を瞬かせていると、吉造は玄関先で苦笑した。


「これで全部かどうかはわかりやせんが、これは東吾様の朝顔でござんしょう。この札の文字からしてそうじゃねぇかと」

「な、何故、吉造殿がこれを――」


 東吾の驚きに、吉造は印半纏の奉公人たちと顔を見合わせて笑った。


「いえ、この朝顔泥棒ですが、物の値打ちもわからねぇような輩で、とにかくとっとと売っぱらっちまいたかったんでしょう。この朝顔をあろうことか成田屋さんへ売りに行ったらしいんですよ」


 成田屋。

 成田屋といえば、成田屋留次郎。変化朝顔の第一人者である植木屋だ。東吾も変化朝顔を手掛ける以上、勝手に憧れる雲の上の匠である。


 庄兵衛が捕まり、大量の朝顔だけを抱えた天狗党の者たちはこれを売り払って金に換えて去ろうとしたらしかった。

 東吾があんぐりと口を開けていると、吉造は笑いを交えながら言うのだった。


「成田屋さんが、売りに来た連中がこの見事な朝顔を育てたはずがねぇと見抜いて、弟子を番屋へ走らせて盗人を捕まえてくだすったそうです。そうしたら、東吾様の朝顔が昨晩盗まれたってぇんで、こりゃあ間違いねぇなと。花合わせにも出さず、名を売らなかった東吾様ですが、成田屋さんは東吾様の朝顔を見て、是非とも東吾様にお会いしたいと仰っているそうで」

「成田屋殿が?」


 会いたくないのかと問われるのならば、会いたい。会って、話してみたい。ただ、あまりに格の違う相手なだけに、東吾は気持ちの昂ぶりを感じるくせに怖気づいてもいた。己などが会って話すなど、恥をさらすだけなのではないかと。

 そんな東吾の心中を、吉造は読み取っていたようだ。


「東吾様のお人柄はこの朝顔たちが語っていたんじゃあござんせんか。きっと、いい出会いになると思えて仕方がねぇや。ほら、朝顔だって交配を繰り返して新しいもんを生むわけですから。東吾様と成田屋さんの出会いもまた、新しい朝顔を生み出すきっかけになるかもしれやせんぜ」

「そうだといいな」


 東吾は、眩しいものを見るかのようにして吉造の笑顔を眺めた。そう言ってくれる吉造のためにも、この出会いから何かを生み出したいと思えた。


「時に、この朝顔たちと共に紙切れがなかっただろうか?」


 思えば、東吾はその内容を知らない。天狗党に関わることであるという、その一点しか知らないのだ。

 吉造は首を傾げた。それも仕方のないことである。


「何かの覚書でしょうか? 特に何も聞いちゃおりやせんが」

「そうだな、すまん」


 どこかで落としたか、再び天狗党の手に渡ったのか、そこはもうわからない。しかし、紛失して誰の目にも触れずに読めなくなってしまえばいいとだけ願った。


 それから、吉八の皆と一緒に朝顔の鉢を庭に並べ直した。一部の朝顔の葉が千切れていたり、土が偏っていたり、乱暴な扱いを受けた部分もあるが、枯れるほどではないのでほっとした。戻った朝顔はすべてではないものの、それでも嬉しい。

 吉造たちが帰ると、庭先の東吾に清江がおずおずと近づいてきた。


「昨日は色々とありすぎて忘れていましたが、朝顔の鉢の間に挟んであるのを拾いました。誰が置いたのでしょう?」


 清江が懐から出した、油紙に包まったそれこそが、風雅が隠した文書ではないのか。東吾はあんぐりと口を開け、それから文書ごと清江の手を握った。


「ああ、兄上だ。これが天狗の落とし物かっ」


 いつになく感情的な東吾に、清江の方が目を白黒させた。

 東吾はその文書を開こうかと迷ったが、兄がこれを取りに来るのを待つことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ