だるまさんが転んだをしていたらいつの間にか女子たちが参加していた件
友人たちと昼飯を食べていた時、昔やった遊びの話になった。
鬼ごっこ、かくれんぼなど、一番盛り上がったのがだるまさんが転んだの話だった。
ローカルルールによって微妙にやり方が違ったり、はじめの一歩が一歩じゃない問題、掛け声の緩急による駆け引き、止まった時に謎のポーズで鬼を笑わせる事だけに情熱を燃やす奴がいたり、学校の廊下でやると教室に入って鬼の視線を躱して近づいたりする奴がいたり。
そんな話をしていると「あるある!」「そんな奴いたわ!」と盛り上がってきて久し振りに放課後、やってみようという話になった。
放課後、人気が疎らになった俺たち二年の教室がある廊下にてだるまさんが転んだを開始する。
参加者は梅原、熊谷、吉田と俺こと野原冬治の女子が自分の席に座ると安心しちゃう系の帰宅部四人組だ。
ジャンケンで負けた俺が鬼になり廊下の一番端に移動する。
ルールはローカルルールも含めてその場のノリでふわっとしようという話になった。
はじめの一歩をする段階なのだが他の二人は良いとして梅原が明らかに一歩進む体勢じゃない……。
後方からクラウチングスタートの体勢で掛け声を待っている。
――コイツ! 最初からガチだな!!
「せーの!!」
「「「はじめの一歩!!」」」
掛け声と同時に梅原はスタートを切り、決めていたスタートラインを踏み切って高く高くジャンプした!!
……そして着地と同時に滑って、思い切り背中を打ち付けてのたうち回っている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ!!!!!」
あいつアホや……。
なんでイケると思ったんだ……生粋の帰宅部が走り幅跳びなんてできるわけないだろ!!
熊谷、吉田はというと梅原の姿を見てプークスクスと指差して笑っている。
助けようともしてないなんてひどい奴らだ……よし! 奇襲するか!!
俺は素早く壁に腕を起き、その腕で目隠しをしてスタンバイすると大きく声をあげて言った。
「だるまさんが転んだっ!!」
素早く振り向く。
熊谷は大口を開けて笑っている姿で止まっている、吉田は何故か鶴の構えをしていた。
梅原は先程までの、のたうち具合が嘘のように静止している。
ちっ!! 奇襲に失敗したか!!
くそっ……こうなったら正々堂々と勝負してやろうじゃないか!
「だ~る~ま~さ~んが転んだっ!」
熊谷は笑顔のままスマホで梅原を撮影している。 あいつは鬼か何かか?
吉田はブレザーを脱ぎだしてネクタイを緩めようとしている。 まるで家にいるみたいな動きを見せている。
梅原はさっきから微動だにしていない……あいつ死んでないだろうな?
「だ~る~ま~さ~んが転んだっ!」
熊谷は窓を開けてアンニュイな雰囲気を出して外を見つめていた。 いや、この短い間に何があった!?
吉田はズボンを脱ぎだしている。 お前! まだ、学校には人がいるんだぞ!!
梅原は倒れたまま上半身だけ教室に侵入していた。 おお! 生きとったんか!
「だ~る~ま~さ~んが転んだっ!」
振り向くと熊谷が梅原の脚を掴んで進めないようにして、吉田が扉を閉めていた。
梅原は倒れたまま扉に挟まれた状態になっている……何かの拷問かな?
つか、こいつらネタに走って全然進んでねぇ!!
まったくこいつらは……と呆れてやれやれと首を振っているとふと視界の中に何かが見えた。
そちらに視線を移すと、3馬鹿の少し後方に女子を発見した。
あれは……四条さんか?
四条瞳さんは俺たちと同じクラスの女子で、ノリがいい陽キャだけど俺によく絡んでくる。
以前、四条さんのグループが膝カックンでクラスの男子全員を倒すというゲームをやっていた時に、
俺だけ膝カックンを跳ね返した事からなんか標的になってしまった。
その日から度々何かしらの勝負を挑まれては勝ち、挑まれては勝ちを繰り返している。
そんな四条さんがこの場にいるってのは……あれ? もしかしてだるまさんが転んだに参加してる?
……いや、絶対そうだよ! 現に停止したまま動かないもん!!
嘘だろ、ここで勝負を挑んでくるか!?
考えていてもしょうがない、取り敢えず続けるか……。
「だ~る~ま~さ~んが転んだっ!」
――ふ、増えてる!?
ちょっとギャルっぽい女子が増えてるぞおい! 仁科さんと高嶺さんの四条グループじゃん!
四条さんの友人まで参戦すんなよ! なんで全員良い笑顔なんだよ怖えよ!
おい! いつの間にか立ち上がった梅原にパンイチになった吉田とネクタイを酔っぱらいのように頭に巻いた熊谷!
見ざる聞かざる言わざるの3猿のポーズしてるお前ら! 気づいてないようだけど後ろに女子がいるぞ!!
特に吉田! お前は服を着ろ!!
声を掛けたいけどだるまさんが転んだをしてる手前、後ろを見ろとも言えん……続けて気づかせるしかないか!
「だ~る~ま~さ~んが」
おれがゆっくり掛け声を言い始めると後方から『うおっ!』『な、なんで!』『いや! 見ないで!!』という声が聞こえた。
……全然進んでないあいつらはどうやら追い越されて、女子が参戦していることに気づいたようだ。
「転んだっ!」
ゆっくりと振り向く。
梅原と熊谷は端っこによって固まっていた、吉田の姿は見えない。
でも廊下に散乱した制服が回収されて、カチャカチャとベルトを締める音が教室から聞こえる為、教室にエスケープして服を着ているんだろう。
そんな3人の姿を仁科さんと高嶺さんはスマホで動画撮影している。 やめてあげて……。
四条さんはそちらには目もくれずこっちに近づいてきている。
完全にロックオンされている……も、もうちょいふざけてもいいのよ?
その満面の笑みは怖いからやめて……。
「だ~る~ま~さ~んが転んだっ!」
吉田が姿を現し、他の二人と合流を果たしていた。
男子3人は未だ驚いているのか端っこで固まっている。
仁科さん、高嶺さんは3人に飽きたのかこちらに向かって近づいてきた。
……何故か、仁科さんはブラウスの捲ってお腹を見せ、高嶺さんは胸元に手をかけて引っ張り見えそうで見えないところを攻めている。
後方にいる3人には見えてはいない、前にいる四条さんにも見えていない。
俺だけが見えている……。いや、どういう状況なの!?
み、見ていいのかな……やばい、はじめての事で頭が追いついていかない……。
動揺している俺の様子を不思議に思ったのか四条さんの表情から笑みが消え、怪訝な表情に変わった。
後方で何かあったとはわかったみたいだけど……視線を彷徨わせながらもチラチラ見ちゃってたからね……。
……何も見なかった事にして続けよう。
「だ~る~」
『んな!? ちょ、ちょっと愛! 恵! 何やってるの!?』
掛け声を言い始めた途端に背後から四条さんの驚きの声が聞こえた。
できるだけゆっくり言って様子を見よう。
『いやあ、瞳がご執心な彼をちょっとからかって見ようかと』
ご執心? ああ、勝負のやつか。
『あたしは違うよ? 瞳の背中を押そうとしてるだけだから』
背中を押すってだるまさんが転んだでは反則じゃないの?
『……そんなんじゃないし』
『いらないんなら、ウチがもらっちゃおうかな~?』
『ダメッ! ……ダメだし』
『じゃあ、もっとアピールしなきゃね』
何を貰う気なの? お命?
それにアピールってなにをってこれ以上伸ばせないわ。
「だ!」と言い終えると意を決して振り向く。
!?
――――振り向いた視線の先にはスカートをパンツが見えそうになるギリギリまでたくし上げている四条さんがいた。
顔を背けて耳まで真っ赤にさせながら見えそうになる限界ギリギリまでスカートをたくし上げている四条さん。
活動的で日焼けをしている彼女だけどたくし上げたスカートの中は日に焼けておらず……その境がはっきり言ってエロい……。
その後ろで先程よりも大胆になっている仁科さんと高嶺さんも目に映り頭がクラクラしてきた。
こ、これどうするの……? だ、だるまさんが転んだやってたよな俺ら?
な、なんでこんな……ん? 俺ら?
そうだ、こんな時は友達だよ! 我が友よ俺を助けて! 謎状況を止めて!
助けを求めて視線を移せば遥か後方で固まっている梅原たちの姿が。
さっきから微動だにしていない!
動けよ! お前ら!! いつまでそこにおんねん!!
お前らが来てくれないと女子の凶行が止まらないだろ!
「も、もうダメ!」
そんな言葉が聞こえ四条さんを見ると、羞恥に耐えられなくなったのか、たくし上げたスカートを下げていた。
「四条さん、アウト」
動いたから反射的にアウトコールしたけど大丈夫だよな?
なんにせよスカートを戻してくれてほっとした……ちょっとだけ残念に思ってしまった事は内緒にしよう。
アウトになったことでこちらに向かってくる彼女はいつものように負けて悔しがってる様子はなく俯いたままだ。
まあ、アウトになっても俺がタッチされたら後から挽回できるしな。
ん? 四条さんが振り向いて仁科さん達を見つめてから小さく頷いている。 アイコンタクト?
何にせよ俺の横にでも控えてもらってつづけ――!!
違和感を感じ下を向くと自分の腕の下を通りお腹の前でしっかりと結ばれた腕が見えた。
そして徐々に、徐々に柔らかな感触が背中に伝わってくる。
な、なんで俺は後ろから抱きしめてるの!?
「ちょちょ、ちょっと四条さん? あのなんで俺は抱きしめられてるんですか!?」
「……そういうルールだから?」
そんなルールはない。
「いや、でも」
「私たちのローカルルールだから」
ロ、ローカルルール……ほ、本当に?
混乱する俺をよそに彼女は耳元で囁いてくる
「ほら……続き、しよ?」
……意識飛びそう……ああっ!? やめてください! 続きの催促でギュッギュッしないで!
感触が! 感触がああぁぁぁっ!
「んんっ! ……続けます……だるまさんが転んだ」
変な声が出そうになったのを無理やり抑えなるべく平坦な声で掛け声を言って振り向く。
何故か此方に向けてスマホを掲げている高嶺さんがいた……あれ? ど、動画撮ってる?
「ああっと!」
わざとらしい声を上げて仁科さんが一歩踏み出す。
なんかすごくわざとらしいがアウトを取らざる負えない……なんか怖い。
「アウトになっちゃった~」
ニヤニヤしながらこっちに向かってくる仁科さんに少し怯えつつ後方にいる友人たちに目を向け……いないだとっ!?
さっきまで梅原たちが居た場所には誰もいなかった、視線を彷徨わせて3人を探すが一切見当たらない。
あ、あいつら逃げやがった!! 後で怖いお兄さんたちが出てきて高額請求されるんじゃないかというこの状況に俺一人置いて!
マジかよ……あいつらマジかよ……!!
忽然と姿を消した友人たちに呆然としているとアウトになった仁科さんが横までやってきた。
目が合うと悪戯っ子がするような笑顔を浮かべ、するりと俺と壁の間に体を滑り込ませると勢いよく俺の腕ごと抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと愛!」
「ウチらのローカルルールでしょ? 瞳」
抗議の声をあげる四条さんに、ニッコリ笑顔でそう返す仁科さん、それをスマホで撮影している高嶺さんに女子二人にサンドイッチにされている俺……
もうこれ俺の知ってるだるまさんが転んだではない!!
俺が昔やっていたやつはもっと健全で子供ながらに駆け引きがたのしかったやつでこんな女の子に前後から抱きしめ……やばい……
意識しないように頑張ってたのについ意識してしまった。
伝わる感触が心臓を全力でぶん殴ってくる、段々と顔に熱が帯びて赤くなって行くのが分かった。
「ああ~野原顔真っ赤になってる~かわいい~」
そう言いながらうりうりと体を押し付けてくる仁科さん。
「ちょっとっ! わたしも見たい!!」
背後から何とか見ようと頑張る四条さん。
「野原っち、こっち向いて」
自分は動けないから俺を振り向かそうとする高嶺さん。
ここは天国のような地獄ですか?
あ、駄目だ。 このままじゃマイサンが反応してしまう!
この状況を終わらせるにはだるまさんが転んだを速攻で終わらせるしかない!
壁と俺との間に仁科さんがいる上に、腕ごと巻き込まれて抱き着かれてるから目を閉じるだけの不格好な状態になるけどやらないよりマシだ。
俺は静かに目を閉じ、呼吸を整えて掛け声を発しようとした。
そうしようとして急に顔に影がかかったような感じがして目を開けてみると眼前に仁科さんの顔が!
近い近い近いっ!!
「な!? な、なにを!?」
「急に眼を閉じたからキスしたいのかと思って」
「なにキスしようとしてるの!?」
悪びれる様子もなくそう告げる仁科さんに、その言葉を聞いて再び抗議する四条さん
「キッス! キッス!」
高嶺さん! あんたは黙ってろ!
「わたしが前に行く!」
心の中でツッコんでいると四条さんが背中から離れた、がすぐに前に来て仁科さんをグイグイと押しのけて代わりに抱きしめてきた。
ニヤニヤ顔で後ろに回り背中を抱きしめてくる仁科さん。
うん、まったく状況が変わってないぞ!
もう、無視して続ける!!
「だ~る~ま~さ~んが転ん゛っ!!」
な、なんか口に柔らかいの当たったんですけど……!!
驚いて目を開けると顔が真っ赤な四条さんの顔が目に映った。
「し、しちゃった……えっとあの……目を閉じたからキスしたいのかと思って……」
「え、あ……そ、そうですか……」
キ、キスされたんだよな? こ、これどう反応すれば……?
「ほらほら~、どうだったの~?」
「……や、柔らかかったです」
「何味?、何味?」
「いや、何味って……って仁科さんに高嶺さん!やめてくれますか!?」
もう何が何だかわからない状況で揶揄わないでくださいよ! 特に高嶺さんは横まで移動して動画撮るのやめて! タッチしてよ!!
恥ずかしくなったのか顔が見えないようにしてる四条さんに比べて俺は馬鹿面丸出しなんだよ! その動画どうするつもり!?
色々とありすぎて混乱している俺の視界の端に人の気配がした。 も、もしやあいつら戻って来てくれたのか!
えっ?
……う、うん。戻ってくれたのは嬉しい。だから梅原、血走った目でバットを掲げるのはやめてください。
熊谷、その馬鹿でかい三角定規と分度器を持って何する気だ! 吉田! どこからホッケーマスク持ってきたんだよ! 怖いよ!!
あいつら微妙に前進してるけどアウトコールしたらダッシュでこっちに来て俺が殺されてしまう!!
「タッチ」
嘘だろおい! 高嶺さんなんてタイミングでタッチしてくれてんだよ!!
あいつら猛ダッシュで近づいてくるやん! 鬼にタッチしたら離れるんだぞ普通!!
「ストップ!!!!」
り、律儀に止まるんだなお前ら……
女子三人は微動だにしないし逃げられねえ!!
「……捕まっちゃったね」
俺の胸に顔を埋めてそう言う四条さん……捕まってるのは俺の方だと思うんです。
「……最初はね? 冗談半分だったんだ。膝カックンが失敗したからって難癖つけて適当に勝負でも挑んで遊んでみようって」
顔を見せないまま四条さんはポツリと語りだす。
それと同時に何かを察したように仁科さんが背中から離れていった。
「冬治くん、戸惑いながらもきちんと相手になってくれて……手加減せずに本気で勝ちに来るんだもん。負けたのが悔しくて、ムキになって毎日色んな勝負を挑んでいくうちに、キミの事が気になりはじめて……さっき、愛と恵に言われて自分の気持ちを自覚したんだ……」
そう言って彼女は少し体を離しこちらを見上げた。
四条さんと目と目が合う。
自分の気持ちってそれって――
「今回もわたしの負けだね。……次の勝負内容はわたしが決めてもいい?」
「う、うん。良いですけど」
そう返事をした途端、覚悟を決めたような表情をした四条さんは俺の首に手を回し自分に俺を引き寄せる。
おでことおでこがくっついた状態で彼女は言った。
「次はわたしか冬治くん、どっちが先に相手をメロメロにして告白させるかで勝負、ね?」
「え、はい……えっ?」
「期限はどっちかが告白して付き合うまで……他の人はダメだよ? わたし限定ね?」
「は、はい」
返事に満足したのか四条さんはゆっくりと俺から離れてた……軽くキスをして。
「じゃあ、今日はもう帰るね! 明日から覚悟してね!」
「瞳ってば照れちゃって~それじゃ、ウチらも帰るか。今日は可愛かったよ野原」
「楽しかったありがと、じゃあね野原っち!」
駆け足で去っていく四条さんの後を、2人はひらひらと手を振りながらついていった。
去っていく女子三人組を見ながら俺はキスされた唇に触れ、近いうちにはじめて四条さんとの勝負に負けるだろう予感がした。
ぼうっと呆けていると突然肩を捕まれた。
「なあ、野原ぁ……俺たちも勝負しようぜぇ……! 鬼ごっこだ……お前が鬼だぞ」
振り向くと何かキマッちゃってる目をした梅原にそう言われた……追う振りをして逃げるしかない。
「あ、ああ、わかった。じゃあ、逃げ」
「いや、お前が逃げろ……退治してやるよぉ! 極悪非道の鬼をよぉ!!」
「な、なんでだよ梅原!! 鬼は追う方だろ! 吉田、お前も何か言って!」
「オマエコロス」
「…………熊谷、あの」
「お前の墓穴を測ってやろう」
「…………」ダッ!!!!!
「「「待てゴラァァァ!!」」」
捕まったら血だるまになる鬼ごっこ……開始!!