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街角Acter's  作者: 海花
開幕
6/111

05.「地上最強の英雄」

ちょっと長いです。

微グロ注意。

「そう……」


穴を塞ぎ新しい被害を食い止めた春告は階下に向かって歩きながら既に侵入してしまった化け物の掃討を行うべく渦巻く風を爪のように纏い無慈悲なまでのその力を揮う。

数頭の犬のパーツをしっちゃかめっちゃかに交ぜたようなあちらこちらに牙があり、爪があり瞳がある前衛的芸術作品が過ぎて誰もついていけない美術作品のような お世辞にも趣味がいいとは言えない獣をすれ違いざまに引き裂き、燃え盛る翼で焼き殺した春告が自身の周囲で緩やかに渦巻いた風に獰猛は笑みを浮かべる。

そして響いた周囲のガラスすら振動させる咆哮とそれに応える咆哮が共鳴する。


「先導して」


大きく翼を広げ震わせた春告が廊下を吹き抜ける風を追って弾丸もかくやという勢いで飛び出す。

途中で廊下に立ちはだかった災害獣も居たには居たが適当に風の爪で薙ぎ払い、一直線に目的地まで文字通りの1陣の風となって駆け抜ける。

廊下の対面に総毛を逆立てる他の災害獣よりも一際大きく狼に似た獣が血肉とどこで被ったのか白い粉にまみれたまだら模様の恐らく黒かったであろう体毛を揺らして、

足をもつれさせ死肉の山に顔面から突っ込んだ一人の男に今まさに襲いかからんと顎を大きく開く。

寸前、奇跡的に転んだ男が床を転がり再び起き上がり駆け出す。

その顔がはっきり視認できた春告は思いっきり顔を顰めた。


「わざと教えなかったわね、【颶嵐】」


不機嫌そうな、どこか責めるような声音で八つ当たりのように床を蹴った春告が更に速度をあげて向かってくる男とそれを追う獣との距離を詰める。


「邪魔、どいて」


再び足をもつれさせて転びそうになった男の腕を掴みどうにか踏みとどまろうとした足を払って廊下の端に投げ飛ばす。

春告が訓練で散々バカにされたしバカにした技だったが思ったより派手に飛んでいった相手にちょっと申し訳ないなという表情を浮かべたもののすぐにこれを好機とばかりに飛び込み襲い掛かってきた獣と相対する。


「 裂け、巻け、引きちぎれ」


獣の懐に飛び込むように肉薄した春告が振り上げた風の爪が巨大な獣の鼻先を下から上に切り上げ、巻き起こった暴風により生み出された鎌鼬がその瞳を引き裂き、鎌鼬を生んだ暴風は弾丸となり春告にその爪が触れる寸前に乱暴に廊下の反対側の床へ災害獣を叩きつける。

きゃんっ、と犬のような悲鳴をあげた災害獣がそれでももがくようにして身を起こし怒りに燃える瞳で春告と背後に庇う男を睨み据える。


「さぁ、踊りましょう?」


自分が負けるはずがないのだと勝利を確信した英雄を演じる春告がその表情に笑みを乗せる。

唸り声を上げた風が床を蹴った春告に続き同じく床を蹴った獣の爪と一瞬拮抗する。

常人であれば少女のそれでしかない春告の体など易々と引き裂かれて廊下に転がる肉片に加わるだけだろうが

春告は自身の3倍はありそうな獣を右手に装甲のように纏っている風の爪で弾き飛ばす。

廊下を転がった獣を春告が追い暴風を纏い高く跳躍した勢いのままかかと落としを繰り出す。 寸前に跳ねて飛び退いた獣がいたはずの廊下がたわんでクモの巣状のヒビが入る。


「あら、意外と俊敏なのね」


ヒビの入った廊下を蹴った春告がさらに追撃を食らわそうと再び跳躍し、大きく振り回した足で地面に着地した獣の脇腹に鋭い一撃がめり込ませ、そのまま派手に周囲のものを巻き込んで壁に叩きつけられる。


「焼け」


ひらりと手を翻し、女王の勅令のような威厳を持って指し示した先へ

春告の背を彩る炎の翼から放たれた炎の弾丸が壁に叩きつけられうめき声を上げる獣に突き刺さる。

ジュッと毛皮の焼ける音とアンモニアに似た生き物が焼ける匂いが辺りに広がる。


「痛くはしないから」


炎の翼が一際強く煌めき暴風を纏った春告が蹴った床にはひびが入り、部屋を仕切っていた磨りガラスのパーテーションは細かく粉砕されて舞う火の粉に照らされて妖精の粉のように輝き、春告を彩る。

左腕に纏う風がガラスの粉末を巻き込んでキラキラと輝く鋭い爪をもつ異形の腕を形成する。 その爪を振りかざした春告の喉元を狙って跳ね起きた獣が嫌らしく唾液を撒き散らしながらその牙を立て、一矢報いんと襲い掛かる。


「――ッっの」


間一髪、体を捻って避けた春告の遅れて靡いて食いちぎられた長い髪が数本、獣の口から垂れ下がる。


「雷鳴帝に文句言われるじゃない」


髪を背に払った春告が溜息をつく。

それからその口角をゆっくりと吊り上げる。

腹を空かせた肉食獣が獲物を見つけたような獰猛な笑みは見るものを本能的に怯えさせるような凄みがある。


「私、君のこと嫌いだわ」


炎の翼を靡かせて呟いた春告の姿が消える。 否、人の目では捉えることが出来ない速度で床を蹴り獣の懐へ飛び込んだのだ。


「おやすみなさい」


静かな、けれど確かな弔いの声が響いて、獣の喉から腹にかけてばっくりと大きく引き裂かれ次いで中身をぶちまける前に廊下の奥へ容赦なく叩きつけられる。

その所業を成した春告は青緑と炎色の残像を残して消える。

刹那、廊下に吹き抜ける熱風が呆然と光景を眺めていた青年の全身に叩きつけられ、反射的に身を伏せた青年ごと焼き払わんばかりの勢いで吹き荒れる。


「翠炎帝たる我が名を地獄の墓場で讃えなさい」


カツリ、とヒールを鳴らした春告が焼け焦げ灰となり永遠に沈黙した獣に呟き青緑の豊かな髪を揺らして青年を振り返る。


「立てる?」


コツコツとヒールでヒビだらけのいつ崩れてもおかしくない廊下を歩み、身を伏せたまま祈る青年に嘘のように穏やかな声音をかけながら春告が手を差し伸べる。


「……っ」


「 ……自衛隊に引き渡すまでは守ってあげる。

この手を汚らわしいと思うのなら自力で立ちなさい」


びくりと身を引いた恐怖に引き攣った顔の青年に深い諦めきったため息をついた春告が一歩後方へ身を引き腕を組んで青年を見下ろす。


「…お前は……」


「翠炎帝。 人は私の事をそう呼ぶ」


壁伝いにどうにかもがくように時間をかけて立ち上がった青年が絞り出すように声を出せば春告はそのまま青緑の髪と長いロングジャケットの裾を広げて身を翻し歩き出す。


「すいえん、てい…?」


「最も優れた能力を持ち世界に愛された異能者に与えられた帝の称号。

私は一級災害獣相手でも絶対に負けない。

地上最強の呼び名を賜ってるわ。」


「……なんだそれ」


きょとんとした顔の青年に春告が足を止めて半身だけ振り返りふふん。と居丈高に告げるとふっと青年が吹き出す。


「笑えるならもう大丈夫。

貴方、運が良かったわね、私が間に合ったんだもの」


笑った青年の顔に春告が満足気な表情を浮かべて今度こそ歩き出す。


「……雷鳴帝に伝達してくれる? 生存者1名を保護したって」


青年の何度も躓く足音に歩調を合わせながらまとわりつく風に囁けば了承した。とばかりに春告の周りをぐるりと回った風が一目散に廊下を吹き抜けてゆく。

そして、再度響く地鳴りのような獣の咆哮。


「一級レベルの災害獣が二匹も三匹もいるなんてまさに世紀末って感じね」


その咆哮に春告がほんの少しだけ困ったように肩を竦めた。 その背に青年が思い出したように震える声で呻くような声を零す。


「怖い? 大丈夫、私がいる限りあなたに死神は訪れない。

地上最強の英雄だもの、負けたりしな……っ」


「俺の恋人が、まだ、生きてるんだ……! こんな事態で怯えてて……頼む……! 俺の恋人も」


振り返った春告の肩を両手で掴み遥かに大きな体躯で縋るように言葉を紡ぐ。


「…………、最後に見たのは?」


その姿に一瞬何とも言えない表情を浮かべた春告が目を伏せ小さくため息をついたあとしっかりしなさい。と青年を鼓舞するようにその両頬を挟み真っ直ぐに力強い瞳で射抜くように青年と目を合わせる。


「よ、4階の…4階の一番奥の女子トイレだ」


「いい子ね。 この翠炎帝に任せなさい。」


振り絞るその声に安心させるように笑顔を浮かべ母が子にするように優しくその頭を撫でる。

わしゃわしゃと撫でる春告に安心したのかや、やめろよ。と青年が少しだけ恥ずかしそうに笑う。

ほんの少しだけ、生臭さも忘れる穏やかな風が廊下に吹いた。


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