02.「カーテンコール」
高い、高層ビルが樹林のように立ち並ぶオフィス街と、歓楽街が入り交じった横浜の街を見下ろすビルの屋上、強い風が吹くその場所。
普段ならば人が立入ることの出来ない高層階の屋上に立つ人影が2つ。
その2人の視線の先には煙が昇る別のビルがある。
地上にいる人々の喧騒、悲鳴、サイレンの音もそこではどこか遠くに聞こえる。
「春告、視えた?」
「私を誰だと思ってるの?
あとは飛び込むだけよ。」
ビルの上の2人組が声を交わす。
少し控えるように真っ直ぐ立つ、黄色味の強い金髪をひとつに結わえ執事服を身に纏う青年。
その新芽のような軽やかな緑の瞳が楽しそうに細められる。
そんな青年の少し前、ビルの縁ギリギリに立っている春告と呼ばれた少女は、長い青緑の髪を風に遊ばせながら肩越しに青年を振り返る。
そして溜息とともに深緑の瞳が呆れたように半目になる。
「さすが、翠炎帝!
やっるぅー」
ヒュー、と口笛を吹いた青年が軽い口調で告げれば、春告の瞳は益々不愉快そうに歪められる。
「バカにしてるの?
場合によっては災害獣より先にあなたを始末するけど?」
唸るように低い声に、このボクが?まさか!とおどけた声音と所作で返事した青年。
春告のその表情すら愛おしいと言うように柔らかく細められている。
その表情に春告の瞳が剣呑な輝きを帯びる。
「ごめんごめん。
じゃあ、準備はいい?」
「あら、誰に聞いているのかしら、雷鳴帝?
もちろん、父さん達が来る前に蹴散らすわ。
翠炎帝に敗北なんて言葉はないもの」
ははっと軽く笑い、春告の怒りを流してから、雷鳴帝と呼ばれた青年は後方から隣へ並び立つ。
ため息をついて頭を一振し、気持ちを切り替えたらしい翠炎帝と名乗った春告が胸に手を当てる。
そのまま得意気に、あるいは誇らしげに青年を見上げてにこりと笑んだ。
「無い胸を張られてもなぁ…」
「セクハラとして姐さんに訴えるわよ、雷寿。」
苦笑するのは、先程雷鳴帝と呼ばれていた執事のような出で立ちの青年、雷寿。
雷寿が苦笑すれば、むっとした表情の春告がジトっとした瞳で睨みつけながら、唸るような声を出す。
「それは、社会的にも物理的にも殺されるから、遠慮願いたいかな。
…歪みの詳細の特定はできた?」
「当然、翠炎帝を舐めないでちょうだい。
既に歪みの最大孔も特定済み。
後は最短距離を走って孔を塞いで掃討戦よ。」
そんな春告に雷寿が苦笑しつつ、そっと確認すると
風をまとわせる春告がふんっと鼻で笑って応える。
そのエメラルド色の瞳が、太陽の輝きを受けてキラキラと輝く。
「それじゃあ」
「えぇ、英雄を演じに行きましょう」
春告の背から紅蓮の炎が、お伽噺に登場する不死鳥を連想させる翼となる。
その翼が華奢な背を覆い、青緑の髪に新たな彩りを加えて大きく広がる。
キラキラと輝く、生命そのものの美しさを凝縮したような春告に、雷寿が眩しそうに目を細める。
「それじゃあ、いってきます」
「行ってらっしゃい、あとでね」
にこりと笑った春告がビルの淵から身を投げる。
常人であれば自殺行為でしかないが、重力に従い落ちる春告は、空を掴むように手を伸ばす。
途端に吹いた風を炎の翼で受け、空高くへ舞い上がる。
「さて、ボクも負けていられないね」
春告を見上げた雷寿が穏やかに微笑むと、白雷を纏う自らの脇に侍る四つ足の獣の背へ。
ひらりと軽やかに飛び乗ると、雷の如き速さでその場から立ち去る。
誰もいなくなったビルを不吉な生ぬるい風が吹き抜けた。