01.「回顧」
大きく息を吸い両手を突き出すようにして、幼い少女は舌っ足らずな言葉を紡ぐ。
「かぜよ……っ!
ここに、ふきあれよ。
きりさき、くらい、ひきちぎれ。
わがてきのことごとくを!」
ごうっと風が吹いて草木が揺れる。
閉じられた家々の窓ガラスがガタガタと音を立て、巨大な生物でも通り過ぎたように暴風が吹き抜ける。
それだけで小さな生まれたての歪みは閉じていく。
景色が逆再生のように戻っていく。
それに気づくものはこの場にはいない。
「い、いかづちよ いかり、たけり、おとせ、そのてっつい……な、なんじがなんたるか、ここにしめせ!」
「みずよ、うなり、さけび、うがて!」
「ほのおよ、やけ!
もっともうつくしくつよいいのちのかがやきを、ここに!」
「だいちをてらすものよ、いのちをはぐくむものよ、わたしのいのりにみみをかたむけよ」
続く友の声は意味を成し、形をとることは無い。
それでも、とても、とても、幼い頃のこれは……。
私が思い出しうる最も幸せな頃の記憶。
あの頃、世界は、確かに美しかった。
人生は楽しく、生命は輝かしかった。
もう会うことはないであろう。
いや、出来ることならば死んでも出会いたくない。
その懐かしい思い出の姿を振り払うように少女は閉じていた目を開く。
いつの間にか退屈かつ、無意味な災害獣の対策に関する会議が終わっていたらしい。
煩わしい好奇の視線、身勝手な嫌悪、劣等感の嫉妬、純粋な憎悪、正義を疑わない憤怒、過剰な期待、勝手な失望、否定的な感情のフルコースのような空間が幾分か薄らいでいる。
「会議、終わりましたよ。
立ちながら寝るなんて、
いつ倒れるかとひやひやしましたよ」
やっと終わったのかと溜息をつきそうになった少女の顔を覗き込む、プレナイト色の瞳が悪戯っぽく笑う。
誰よりも少女の近くに立つ青年はその空間で少女に向けられていた悪感情は1つも持ち合わせていない。
「冗談よして。
眠っていないのに倒れるわけないじゃない。
そんなことより……仕事よ、雷鳴帝」
肩をすくめるかつての少女は、心底不快そうな表情で覗き込むその顔を睨む。
しかし、直ぐにため息をついて、感情の抜け落ちた表情で虚空を見上げる。
「そういうことにしておきます」
クスリと笑った雷鳴帝と呼ばれた青年は、少女の言葉に直ぐに出ましょう。と恭しく少女の手を取り
会議室から捌ける人々の波を泳ぐように少女を誘導する。
痛みを耐えるような、頼りなく揺れる瞳で繋がれた手を見つめるそんな少女の表情を、青年が見ることはないが
それでも、言葉の代わりに繋いだ手に小さく力を込めた。
縋っても、いいのだと言うように。
僅かに息を呑んだ少女が、その手を握り返すことは無い。
それでも小さく吐いた吐息の後は、歪み強ばった表情が僅かに緩んだ。