手のひら創造
手のひらで創造する能力に目覚めてしまった。
…いや、目覚めたというよりも、持っていることに、気が付いたといった方が正しいかもしれない。
左手の手のひらを上に向けていろいろと考えると、創造したものが現れるのである。
・・・これが、まったくもって、役に立たない。
恐ろしく精度が高いのである。
恐ろしく精度が低いのである。
そもそも、気が付いたのが遅すぎた。
創造力が豊かな幼年期、少年期、青年期であればまだよかったのかもしれない。
創造力が枯渇し、現実の世知辛さを知ってしまった中年期では、遅すぎたのだ。
元々現実主義で、夢見がちなことを言わない性格なのも幸いした。
ラノベが好きでよく見ていたが、常に粗探しをして突っ込むことに喜びを感じていたのも幸いした。
現実離れしたこの能力に、まるで共感できていないとでもいえばいいのだろうか。
頭のどこかで、こんなことがあるはずがないと思っているのが、左手の手のひらにバレているのだ。
頭のどこかで、ご都合主義の愚かさを馬鹿にしているのが、左手の手のひらにバレているのだ。
なにを創造しても、バッタもんのようなものしか出てこない。
この能力に気が付いたのは、ご都合主義満載のラノベを読んでいた時だった。
手のひらを上に向けて精霊の事を考えると、望んだ精霊が出現するという描写。
手のひらを上に向けて魔法の事を考えると、望んだ効果をもたらす魔法が発動するという描写。
手のひらを上に向けて物質の事を考えると、望んだものがあふれだすという描写。
…バカくせえな。
…手の平って安直だな、平凡すぎる、地味すぎる、簡単すぎる。
…普通は杖を持って難しい呪文を唱えてなんぼ。
こんな。
手のひらを。
上に向けて。
思うだけで。
ふわっと、精霊を思ったのだ。
ふわっと、拙い描写を、頭の中でなぞったのだ。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、血の精霊。
額からだらだらと血を流す妖精は、青ざめた顔をして一滴の血を手の平の上に残して、消えた。
なにが起きたのか、わからなかった。
血の付いた手のひらをティッシュで拭いて、俺はページをめくった。
ふわっと、精霊を思った。
ふわっと、拙い描写を頭の中でなぞった。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、地の精霊。
小石をいっぱい付けた妖精は、顔がどこにあるのか見つけることができないうちに、砂粒を手の平の上に残して、消えた。
なにが起きたのか、わからなかった。
砂の付いた手のひらをゴミ箱の上で払って、俺はページをめくった。
ふわっと、精霊を思った。
ふわっと、拙い描写を頭の中でなぞった。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、知の精霊。
眼鏡をかけた妖精は、くいっと眼鏡を上にあげて、心ない言葉を手の平の上に残して、消えた。
「ばーか!」
拙い物語から出てきた、つまらない精霊たち。
つまらないものを創造したところで、何の実りもないと気づいた。
この能力は、恐ろしく精度が高いと気が付いた。
俺は感動作を買ってきて、それを見ながら創造してみることにした。
ラノベではない、本格派の調理人の自伝だ。
類稀なる表現力で描写されている料理を、ぜひ食べてみたいと思ったのだ。
芳醇な…恍惚とさせる香りをまとった、世界に一つしかない、逸品。
素晴らしい物語の、上品で馨しい描写を頭の中でなぞった。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、明らかにおかしなにおいを放つ生ごみ。
とても食べる気になれず、ゴミ箱に投げ捨てたが、強烈なにおいは手の平の上に残った。
なにが起きたのか、わからなかった。
舌のとろけるような濃厚で甘いクリーム、心地よい酸味が口の中で踊る、逸品。
素晴らしい物語の、上品で馨しい描写を頭の中でなぞった。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、明らかにおかしな動きをする、クリーム。
とても食べる気になれず、ティッシュで拭きとったが、しびれるような感覚が手の平の上に残った。
なにが起きたのか、わからなかった。
滴るようなジューシーな肉汁があふれだす、豊かなコクとまろやかなうま味の光る、逸品。
素晴らしい物語の、上品で馨しい描写を頭の中でなぞった。
突如光り輝く左手の手の平。
現れたのは、血の滴る、光り輝く、何か。
とても食べる気になれず、ゴミ箱に投げ捨てたが、強烈な眩しさが瞼に残った。
なにが起きたのか、わからなかった。
この能力は、恐ろしく精度が低い事と気がついた。
どれだけ創造しても、まるで反映されないではないか。
つまらない能力だ。
つまらない、能力だ。
つまらない、能力、だ。
…つまらない、能力、か?
俺は、気が付いて、しまった。
俺は、芳醇な香りというものを知らないから創造できないのだ。
俺は、恍惚としたことが無いから創造できないのだ。
俺は、舌がとろけたことが無いから創造できないのだ。
俺は、心地よい酸味を知らないから、創造できないのだ。
俺は、滴るようなジューシーな肉汁を知らないから、創造できないのだ。
俺は、豊かなコクもまろやかなうま味も知らないから、創造できないのだ。
よく知るものならば、創造できると思った。
いつも食べている、380円のラーメンを思い浮かべた。
手のひらサイズのラーメンが現れる。
つるりとすすってみたが。
ぼんやりとした味しか、しない。
もう少しちゃんと思い浮かべてみる。
手のひらサイズのラーメンが現れる。
つるりとすすってみたが。
ぼんやりとした味しかしないが、温かかった。
もう少ししっかりと思い浮かべてみる。
手のひらサイズのラーメンが現れる。
つるりとすすってみたが。
ぼんやりとした味しかしなくて、温かくて、コーンがトッピングされていた。
何度、創造してみても。
なにを、創造してみても。
ぼんやりとしか、創造できないことに気が付いた。
食べ物は味がぼんやりしている。
生き物は形がぼんやりしている。
物質はどこかおかしな部分がある。
魔法はエフェクトにしかならない。
歌はおかしな音程で再生される。
俺には、創造力がなさ過ぎたのだ。
せっかくの能力が、まるで役に立たない。
せっかくの能力が、まるで意味を持たない。
せっかくの能力が、まるで使えない。
このままつまらない能力のままで終わらせてなるものかと、俺はあがくことにした。
創造力を、得ようと思ったのだ。
創造力を、得たいと思ったのだ。
何も創造したことのない俺ならば、学べば、努力すれば、創造する力が付くと思った。
少なくとも、今まで俺の中になかった創造力というものが、生まれるはずだと思ったのだ。
常識にとらわれている俺は、なかなか創造力が育っていかない。
突拍子もない行動ができない俺は、なかなか創造力が育っていかない。
平凡が一番であると信じている俺は、なかなか創造力が育っていかない。
誰かの成功の足跡を踏むことに慣れている俺は、なかなか創造力が育っていかない。
俺は、創造力がない事に気が付いた。
俺には、創造する力がない事に気が付いた。
俺は、誰かの創造を取り入れる事しかできないことに気が付いた。
創造力のない俺だからこそ、この能力をもらえたのだと、気が付いた。
創造力が豊かな者ならば、おそらくこの能力で、世界を手に入れることができるはずだ。
おそらく、この世界を作った神は、自分の世界を誰かに渡すつもりは毛頭ないのだ。
おそらく、この世界は、自分ではない、創造力豊かな誰かのものなのだ。
俺はこのまま、つまらない能力の持ち主として、平凡な毎日を過ごしてゆくのだな。
そんなことをぼんやりと思いながら。
俺は今日も、手の平を上に向けている。
俺は今日も、手の平を上に向けている。