夜に探し続ける
次の日、ぼくは再び『夜に探すしか』を更新した。
————夜、鹿は大きな洞窟を見つけた。水晶やらエメラルドやら角張った岩壁の至る所に宝石が埋め込まれ、その宝石の一つ一つが月明かりを反射して瞬いている。そこに居ると思わず時が経つのを忘れてしまいそうになるほど綺麗な洞窟だ。
そうだ。ここなら死ぬにはぴったりだ。
そう思い奥に進もうとした鹿の目の前に一羽のコウモリが現れた。
そのコウモリ曰く、鹿にはここで死ぬ権利がないらしい。
「どうして?」
シカが聞くとコウモリは呆れたように教えてくれた。
この宝石の一つ一つはこの森で誰よりも強かった動物たちの命の結晶らしい。
狼や猪、果てはツキノワグマなど牙を持ち強く生きた者達が死期を悟りこの洞窟の奥で最期の瞬間を迎えた時、不思議なことに岩壁に一つ燃えるように綺麗な宝石が産まれるのだという。
コウモリはキンキンと甲高い声で言う。
「お前みたいな弱い鹿が死んだところで、それこそてめぇの糞みてぇな小さくて黒いクズ石しか出来やしないだろうが! いいか? 俺は綺麗な宝石を生み出せる強い方しかこの奥には案内しねぇって決めてんのさ」
耳障りなコウモリの嘲笑を背に鹿は洞窟を後にした。
「宝石は綺麗でもあんな欲に汚い奴のいるところでなんか死にたくないや」
鹿はそう呟き、また森を彷徨い歩き始めた。
もし自分があの洞窟で死んでいたらどんな宝石が出来たのだろう。そんな不安は夜の帳に隠しながら鹿は孤独に歩き続けた————
高見さんはコメントを送ってくれていた。
『コウモリめ~(# ゜Д゜) 嫌な奴!! こんな優しい鹿くんの宝石は絶対に誰よりも綺麗だよ!! コメント主:ターシャ』
また次の日も更新した。
————夜、鹿は森の中で見慣れないボロボロの石で出来た建造物を見つける。
それは何十年も前に人間が毒ガス兵器を開発していた研究所であり、目の前に現れたウサギは嘗てここで実験に使われ死んだ幽霊だった。
「オクニの為に一緒に死のう!? ねぇ! 死のう? 死のう? キャハハハハハハハ!!」
そう言って呪い殺そうとしてくるウサギから命からがら逃げ延びた鹿だったが、そもそも自分は死ぬつもりであったことを思い出し自分の臆病さに嫌気が差した鹿は再び死に場所を求めて森を歩き始めた————
という話にした。
文章の練習のつもりで少しホラーテイストにしてみたのが思いのほか怖かったのだろうか高見さんからのコメントは『おぉ……江藤くんってこういうのも書くんだね(゜Д゜;) 何だかびっくり……』とやや引いた印象のものだった。
そこで翌日の更新分は少し趣向を変え
——夜、鹿は見ているだけで思わず涙が零れてしまうほど綺麗な花畑を見つけた。
ここで死のうと花畑に飛び込むがクシャミと涙が止まらなくなり死ぬどころではなくなってしまった。
クシュン! クシュン!
鹿は花粉症だったのだ。
花粉がまだ体に纏わりついているのだろうか、それとも悔しいからなのだろうか鹿は涙を流しながら夜の森を再び歩き始めた——
とややコメディテイストに変えたところ、その日はコメントが無かった。
つまらなかったかな?
ほんの少しの胸のざわめきを抱えながら僕は眠ったが結局それは杞憂に終わった。
翌朝、高見さんはわざわざ教室で感想を教えてくれたのだ。
「江藤君! 昨日のあれ、最高だったよ! 私も花粉症だから読んでるだけでムズムズしちゃった」
クラス中の視線がぼくと高見さんに集まった。
憐れむように笑っている人もいる。まぁクラスのシカトされている奴同士が傷を嘗め合うように話していれば可笑しく思う人もいるのかもしれない。
高見さんはそんな周りの人たちのことなんてまるで気にしていないようだった。
……以前のぼくだったら顔を真っ赤にして俯いていただろう。最低だけどひょっとしたら目立ちたくないから高見さんに話しかけないで欲しいと内心願っていたかもしれない。
だけど、ぼくは変わった。
「なっ、いやっ、ありがとう」
やや挙動不審な感じは否めない。それでもぼくは笑った。目の前の高見さんの千分の一程度の魅力しかないけど精一杯に笑ってみせた。
「こちらこそ、いつも面白い小説ありがとう!」
見込みが甘かった。返す刀で送られた高見さんの笑顔はぼくの何億倍も素敵だった。
何だか甘酸っぱい感傷が胸に満ちていく中、ふと気付いた。
教室の後ろの方から川原がじっとぼくを見つめている。細く剃ってある眉を吊り上げながら嘲るように奴もまたニヤニヤと笑っていた。