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6 努力

「一人部屋?」


「あぁ、なんでかわからないけど、そうなるらしい」


フラウの四百人組手の数日後。

流石に毎日毎日訓練するわけにもいかないので、数少ない休養の日を与えられたその日の午前中。

武が唐突にそう言い、数少ない荷物をまとめ始めた。


『なんでかわからない』わけでもないだろう。

武にもわかっているはずだ。

勇者になるのは武で、従者は女がなる。


恐らくその男女比構成は、子供を作りやすいからなのだろう。

お互い強い者で子を成せば、強い子が生まれる可能性が高い。

馬の交配みたいなものだろうか。


「...いや、よそう」


流石に気持ち悪いことを考えていた。


ともかく、俺はこれ以上努力するのはほぼ無駄だということになった。

自分の身を最低限守れる実力をつけたら、外に出よう。

あいつが『勇者』に選ばれた時が、俺の出立の合図だ。


「じゃあな。まぁ、すぐに会うんだけどよ」


「...そうだな」


一人部屋になった意味を理解しているのかしていないのか、変わらない武が少しうらやましく思いながら、部屋を出ていくのを俺は一人で静かに眺めていた。






あの日から、武と会うことは格段に減った。

聞くところによると、彼は一人部屋でフラウではなく、魔法のエキスパートと呼ばれる人物に魔法を教わっているのだそう。

確かに、あの日から上限を知らないかのように強くなっていく彼が魔法を覚えたらさらに強くなるのだろう。

俺たちは魔法を覚えるなどと言う場所までたどり着いていない。


「...もしかしたら、数人選ばれて魔法を教えられているのかもしれないな」


そう思いながら、剣を振り続けている毎日だった。


「少し、お話できますか?」


「...え?」


今日までは。







「話って?」


「まぁまぁ。まずはこちらをどうぞ」


フラウに連れてこられた部屋で座らされ、机に上にコーヒーらしきものを置かれる。

はて、俺は何の話をされるのだろうか。


とりあえず、出されたものは飲まないと失礼だろう。

今この場で薬を入れられたりすることも、まぁせいぜいあって睡眠剤だろう。

ここで俺を殺す理由もない。


「...それで?」


「まずは、あなたのお友達である武さんの話をしましょうか」


「...あいつの話は別にいいよ。たまに会うときに聞いてる」


武の話がフラウの口から出てきて、俺の中での複雑な気持ちが顔を出す。

それも一瞬でなくなるが、やはり気持ちの整理をつけたといっても出てくるものだ。仕方がない。


そんな俺の内心を見透かしているのだろうか、フラウは薄く笑う。


「...」


そういえば、と思うが。

フラウは最初に比べてよく笑うようになったと思う。

それこそ最初はこちらに対して挑発しているかのような笑みだったが、ここ最近は普通の笑みと言うか。


語彙力が無いのだが、そんな感じだ。


「まぁ、別にいいのであればいいですけれど」


「そんなことより、話ってなんだ? まさか、あいつの話をしたいがために呼んだんじゃないだろう」


「まぁ、あの人の近況報告はついでみたいなものです。本題はこれから」


フラウはそういうと、俺の正面の椅子に座り、真面目な顔をして俺の見る。

そういう感じであるのであれば、俺も緩い態度で聞いているわけにもいかないだろう。


飲んでいるコーヒーカップを机の上に置き、座り直してフラウの目を見る。


「これ以上努力するのは辛くありませんか?」


「...は?」


そんなフラウの口から出てきた言葉は、思わず聞き返してしまうほどには、俺にとっては衝撃だった。









「実らないのに努力するのは、無駄じゃありませんか?」


「あなたの洞察力を買って、国の重要なポストに将来つけるであろう流れは作りました。そこであなたの能力を生かしてください」


「元の世界に戻るには魔王を倒さなければなりませんし、あなたの力ではそれは不可能です」


「しかし、あなたの能力は貴重です。その力、私の元で生かす気はありませんか?」


言葉が、流れていく。


耳に一言一句逃さず入ってくる。


だけど、俺の脳が、理解を拒む。


フラウの声が透き通る声なのを今ほど恨んだことはない。

俺の耳にすんなりと入ってくる声が恨めしい。


「...つまり、俺に戦うことをやめろってことか?」


「つまりはそういうことです。優れた能力を持つ人を最も活用できるようにするのは当たり前のことですよね?」


「...確かにな」


本当は、今にも暴れてやりたい。

今日までの日々は無駄だったのだろうか。


確かに、割と早い段階で気づいてはいた。

俺の努力は実らないことも。それでも、諦めきれなかった俺がいたんだろう。

今日まで剣を振り続けていたのは。


「確かに、あなたは剣の腕は上達しています。ですが、魔王を倒す旅には同行できない」


「...別に、同行するつもりは最初からなかったさ」


その後、俺は数分間ずっと、フラウに戦うことをやめろと言われ続け、それを拒否し続けた。








「...わかりました。そこまで言うのであれば、私から言うことはありません。近日中に勇者のパーティを選出します。その瞬間から自由行動です。それまでは、この場所でどう過ごしてもらっても構いません」


「...わかった」


これで話は終わりだという雰囲気をフラウが出し始めたので、俺はコーヒーの残りを一気に呷り、扉に手をかける。


そのまま一気に部屋を出てしまおうお思ったが、何を思ったか、俺は振り返ってフラウに感謝の言葉を伝えていた。


「ありがとう。俺の意思を汲んでくれて」


「...いえ、私としても、相手の意思を無視するのは嫌いですから」


扉を開け、部屋を出ていく。

さて、これからどうしたものか。

とはいえ、努力することを俺はやめはしない。

死にたくない。死ねば元の世界に帰れるとは聞いてはいたが、元の世界で蘇生されて戻るわけではないのだろう。

恐らく、それに慣れているあの校長が、あの体育館に戻された死体を手慣れた様子で処理する姿が容易に想像できる。


「...君を死なせたくなかったんだけど」


そう呟いた誰かの声は、誰の耳にも入ることはなかった。

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