6 自分の実力
「踏み込みが甘いですよ」
「くっ!」
ガァンと、鉄と木が打ち合っているような音ではないような音をしながら、俺は何とかフラウの振り下ろした木剣を防ぐ。
踏み込みが甘いと言っても、その先に踏み込もうとしたら、体が危険だと感じて足が止まるのだ。
それに加えて俺の足もいつでも限界ギリギリ。
いつ力が抜けてがくんとこけるかわからない状況だ。
そうなるともう終わり。
「...ハァー...」
「さぁ、いつでもどうぞ」
「...それじゃあ、お言葉に甘えて」
フラウの余裕たっぷりと言う顔に、俺は苦笑しながら一歩を踏み出す。
一歩、また一歩と踏み込むたびに、俺の脳が感じ取る。
『この先は危険だ』と。
要するに、いつでも俺の側まで来て木剣を振りぬけるということなのだろう。
俺はいまウサギで熊に立ち向かっているようなものだ。
「だあぁ!!」
「ふっ」
俺の、常に全力の横なぎ。
それはフラウの細い腕が手にしている木剣で簡単に防がれる。
この一手は予測済み。おそらく俺がこの先何をしようが防がれる。
それでも、何もしないという選択肢はない。
「はぁ!」
体を一回転させ、逆方向からの横なぎ。
今度はそれを、フラウはしゃがんで避ける。
「さぁ、反撃ですよ」
「っ!」
何にもぶつからなかった俺の剣を、そのままの勢いに任せてもう一回転し、フラウがしゃがんで立ち上がるのと同時に繰り出してきた突きをはじく。
「おや」
「っらぁ!」
更にもう一回転。今のフラウは体が伸び切っているはず。
と思ったのだが。
「考えは良し。しかし、ここは魔法と言うものがあるのですよ」
「んなっ!?」
確実に当たるであろうと思っていたのだが、既にそこにフラウの姿はなく、数m離れた場所にフラウは立っていた。
何が起きたのか、俺の目にはフラウが瞬間移動したようにしか見えなかった。
「この世界では、確かに男の人の方が身体能力は高いです。しかし、女の人の方が魔法にあ祝福されているようでして」
「...なるほど、だから、勇者の従者は全員女性なわけだ」
「はい。かくいう私も勇者の従者その一に数えられているので、万が一、億が一にも負けることはあり得ませんが」
「...」
仮に俺がその剣に選ばれたとして、俺がフラウを負かせたらと一瞬想像するが、すぐにあり得ないと首を振る。
そして、手に持っている剣を落とさないように、しっかり握りなおす。
「まだ勝負はついてない、だろ?」
「えぇ。少しでもあなたが強くなり、この剣に選ばれる可能性が増えるのであれば、いくらでも協力しましょう」
その後、俺はしっかりと剣を弾き飛ばされて負けた。
「はぁー...やっぱ無理だ」
負けた人たちの集団の元へととぼとぼ歩いてきた俺は、空いている場所に座り込む。
それまでの視線が痛いのなんの。
別に勝てると思って挑んだわけじゃない。
それでも、もう少し善戦できないかと思っていた自分もいるのだ。
「...まぁ、勝てなくてもいいか」
武がフラウにどれだけやれるのか。
あの自信を裏付けしているほどの実力が彼にはあるのだろう。
「よっし、行くぜ!」
「...えぇ。いつでもどうぞ」
その言葉を皮切りに始まる戦いを、俺は自分には関係ない戦いを眺めていた。
「でやぁ!」
「ふむ」
武が、己の身長よりもあるだろう大剣を縦に振り下ろす。
その大きさからは想像できないほどの速さで迫る大剣を、フラウはその木剣で受けることなく、避ける。
「さすがに魔法で身体能力を強化しているとはいえ、それを受けてはひとたまりもありませんね」
「だったら、受けざるを得ない状況にしてやるぜ!」
フラウのその言葉を聞き、武はさらに大剣を振り回していく。
そのスピードは初手の速さを既に超えており、フラウをどんどん後退していく。
俺の目から見て、武が押しているように見えるのだが、違うのだろう。
流石にフラウが負けるなんてこと、まさかないだろう。
と、思っていたのだが。
「...まじか?」
俺の目から見ても明らかに、フラウが押され始めている。
武が嬉々として大剣を振り回すのに対して、リーチの差がつらいのか、避けるか受け流すかの二択。
先程までの余裕そうな顔はどこへやら、少し真剣な顔で戦っているように見える。
「...まぁ、そうだよなぁ」
予想通り、というべきなのだろう。
今回の勇者は、武が選ばれる。
それはもう確定したようなものだ。
このまま武がフラウを倒してしまうのかと思った瞬間、俺の時にも見せた瞬間移動のような動きで武の懐まで入り込み、首に木剣を当てていた。
そうして、この日の訓練は終了した。