5 たった一人に対して
「うわぁ!?」
「きゃぁ!」
「次!」
「...地獄だ」
俺たちがこの異世界に飛んできて早一か月。
あの女性の名前はフラウと言うらしく、フラウに最初指示されていた、とにかく体力づくりと、自分流の武器の扱い方を研究するみたいな時間はようやく終わりをつげ、今はフラウによる四百人組手だ。
とはいえ、一斉に行くのでは怪我をする可能性があるとのことで、五人ずつ出てやるということにしている。
もちろん、この場合怪我をするというのは俺たちなのだが。
ちなみに、俺たちが使っているのは、切れ味が悪いとは言え切れないこともない武器。
フラウが使っているのは木剣だ。
せいぜい俺たちがする怪我といえば打撲程度。
ひたすらに手加減されているのが伝わるのだが、特にイラついたりはしない。
「あいつマジ腹立つ...」
「余裕ですよーって感じがなおさら。ぶっ殺してあの剣奪ってやる」
「...」
後ろの殺気立っている女子を除いて、だが。
さて、俺はもう組手を終えているのかどうかだが、俺たち男性は最後にされた。
何でも、俺たちの常識に合わせた結果らしい。
『男性は女性よりも力が強い』と言うのと、『レディーファースト』というのが合わさった結果のようだ。
変な合わせ方をしたものだ。
既に終えているものと、まだ組手を終えていないものとは別の場所に座らされている。
流石にごちゃ混ぜになっては、最初にやったやつがもう一度やる可能性もあるからだ。
フラウはそれでも余裕だとは言うが、時間の都合というものがあるのだろう。
「次!」
そうこうしているうちに、また五人、フラウの木剣によってなぎ倒されていく。
俺はそれを見て、もう一度思う。
「地獄だ」
「さぁ、後はあなたたちだけのようですね」
「...みたいだな」
唯一の男性五名。その数になるまでの女性全員倒したフラウだが、汗一つかいている様子はない。
なるほど、確かに余裕そうだ。
あの殺気立っていた女性二人も、果敢に立ち向かっていったものの、簡単に受け流され続けてついには戦闘意思をなくしてしまった。
「少しは楽しませてくださいね」
そういうフラウが木剣の先をこちらに向ける。
『いつでもどうぞ』ということなのだろう。
そんなフラウを見て、俺は横の男四人を見る。
仲がいい武はともかく、他三人は離したこともない。
見たことはある程度なので、連携のれの字もないだろう。
しかし、あの三人はよく一緒にいるのを見かけているので、ここは先に行ってもらおうか。
「すまないが、先にお願いできないか? 一緒に行ったところで、俺たち二人は君たち三人と話したこともないのだし」
「あ、あぁ、それもそうだよな...」
俺の言葉を聞いて、三人のうちの一人が素直にうなずく。
状況が状況なのは理解しているが、少しでもフラウの体力を減らしておきたいと俺が考えているとは思わないのだろうか。
少し人を素直に信じすぎだと俺は思う。
とはいえ、先に行ってくれるのだから、ここは静かに少し後ろにいよう。
三人がフラウに果敢に立ち向かっていくのを見て、俺は武に目を向ける。
武が自信満々に大剣を振り回しているのを見て、俺はどうしたものかと考える。
武の武器のリーチを考えると、俺が巻き添えをもらう可能性が高い。
「...あいつらにあんなことを言った手前だけど、俺と武も分けないか?」
「...いいけど、お前は大丈夫なのか?」
同じ素人のはずなのに、心配されるほど俺から何かが出ているのだろうか。
それとも、俺を下に見るほどには自分に自信があるのだろうか。
そのどちらでもいいが、俺はとにかく、今のまま武と合わせたくない。
「あぁ、頼む」
「...わかった。お互い頑張ろうな」
武はどういう気持ちでフラウに挑むのだろうか。
俺は、未だにどういう気持ちで武器を握ればいいのかわからないままだ。
「さて、次はあなたたち二人?」
「いや、一人だ」
三人が目を回すまで相手をさせられた後、結局俺が先に相手をすることになった。
きっと、あの剣には俺は選ばれない。
選ばれる要素が無い。
であれば、武に花を持たせられるよう、俺がここで少しでもフラウを削る。
ラノベの主人公の周りにいるモブ。それで十分だ。なんの役割もないよりはマシ。
ほら、あるだろう? ラノベの主人公が異世界先で指南してくれている人をわずか数週間で倒す、みたいなの。
普通ならあり得ないけれど、何かに選ばれるっていうことはそういうことなのだろうと、こうして体感して俺はそう実感した。
そして、その役目は俺じゃない。
「でも、俺も死にたくないからな」
ここで、少しでも技術を吸収出来たら、なんて、俺の小さな欲望も混ぜてもいいだろうか。