2 飛ばされた先で
「ようこそって、どういう意味ですか...?」
「どうやら言葉は通じているようですね、よかった」
謎の女性に歓迎された俺たちだが、さすがに『ありがとうございます』なんて言えるほど状況を理解しているわけではない。
どういう意味なのかと問いかけた女子生徒は素晴らしい精神をしている。
俺はといえば、未だに状況を理解できずに、固まっているだけなのだから。
「あなたたちは地球からこの、異世界といわれる場所まで転移しました。この世界は今危機に瀕しています。魔王の存在です」
「魔王...」
女性の言った単語をそのまま繰り返す。
魔王。何か、とてつもなく嫌な予感がしている。
いや、ここまで来て、もう嫌な予感なんて言っている場合ではないだろう。
これは絶対に『その流れだ』。
「俺たちにその魔王を倒してほしい...ってことなのか?」
「その通りです。呑み込みが早くて助かります」
武も同じようなことを思いついたのだろう。
俺が言おうとしたことと同じことを言い、女性に頷き返されていた。
肯定された武は座り込んでうなだれた。
まぁ、そうしたい気持ちはわからないでもない。
まだ実感できていない。これが現実だということを。
「転移して皆様お疲れでしょう。寝床を用意しております。当分はそこで寝泊まりしてもらいますので、よろしくお願いします」
女性は最後に『ついてきてください。案内します』とだけ言い、俺たちに背を向けて歩き出した。
その後ろ姿を見て最初に動き出したのは、同じクラスの女子生徒だった。
たしか名前は二階堂奏。それ以上のことは何も知らない。
「...女が行ってるのに、男が行かないわけにはな」
俺はそういって自分を奮い立たせ、女性の背中を追いかけ始める。
それをきっかけに、続々と生徒が後をついていく。
この続く道が、地獄の始まりとも知らずに。
「結局のところ、俺たちは異世界物の人物になっちまった、ってことでいいんだろうか」
「まぁ、それが一番近いだろうな」
女性について歩くこと五分ほどだろうか。未だに目的地に到着していないのか、歩き続けているうちに俺と武は落ち着きを取り戻していた。
とはいえ、状況を理解できているわけではない。
俺と武がよく読んでいた小説の世界観とまぁよく似てはいるが、全く同じというわけでもないのだろう。
それに、そうだとするならば、誰が主人公なのだろうか。
しかも、今回転移したのは四百人ほど。この人数を転移させるほどの技術を持っていることに驚きだが、この人数の中から主人公が選ばれるのだとしたら、自分が選ばれるとは思えない。
「...しかも、俺たちが初めて、ってわけでもなさそうだしな」
武が頭の後ろで手を組んでそういう。
それも気になる。
これが異世界にとっての初めての転移なのであれば、ここまで落ち着いた誘導ができるだろうか。
しかも、この大人数だ。明らかに何度もしてきて、ある程度技術が確立しているであろうことは間違いないだろう。
そう考えたら憂鬱だ。
俺は、何も努力をしてこなかったやつが突然力を得るみたいなストーリーが嫌いだ。
だからこそ何かしてきた俺が選ばれることはないのだろうし、選ばれたくもないとも思う。
「...せめて、死にたくはないなぁ」
「だなぁ...」
自分たちが選ばれる可能性はない。
そう信じてやまず、俺たちは天井のない広場に来た。
「さて、これからのことを説明したのち、それぞれが宿泊する場所に案内します。なので、聞き漏らさないよう。一度しかいいません」
俺たちの前を歩いていた女性はそうぶっきらぼうにそういった。
この女性の様子を見ている限り、何度もしてきたのだろう。
見た目は、現代で言えば絶世の美女。
人類史で最も美しい女性の五本指には入るぐらいの外見をしているくせに、ここまで堅い雰囲気を出されると、それも否定したくなる。
まぁ、地球の人類史の女性すべてを見てきたのかと言われたら、そんなことはないのだが。
「まずはこの場所。ここで皆様は日々訓練に励んでもらいます」
訓練、というのは、魔王を倒すための訓練なのだろう。
もちろんやる気は出ない。
「もちろん、魔物とも実戦で経験を積んでもらいます。まぁ、その際、死んでしまう方も出るかもしれませんが、大丈夫です、遺体は地球に戻されます」
「...それ以外に戻る手段は」
「まだ質問は許してませんが、いいでしょう、特別にお答えします。魔王を倒すのみです」
「...なるほど」
つい説明の途中に質問を挟んでしまったが、それも仕方ないだろう。
死んだら地球には戻れる。それ以外に戻る方法は魔王を倒すだけ。
それは遠回しに今すぐ地球に戻りたいなら死ねと言われたのと同じだ。
それに、この女性は地球とも口にした。
あの校長と長い間繋がりがあるとみて間違いないだろう。
結局、それ以外のことで重要なことは何もなかった。
食事の時間や、朝訓練を開始する時間、終了する時間。
これを一年続けて初めて、魔王を倒すメンバーを決めるのだという。
『数で攻めればいいんじゃ...?』と質問した生徒もいたが、過去にその判断をしたとき、魔王の周りにも大量の魔物がいたのだそう。
どのような原理が働いているのかは不明だが、一人当たり五匹の魔物がいるとみてよさそうな数がおり、練度の低いものが次々に死んでいき、命からがら逃げてきたものから情報を聞くだけで、その代は終わったのだそう。
「それで、俺とお前が同室か」
「まぁ、よくわからん女子と同じ部屋になるよりかはマシだろ」
そして、俺たちに言い渡された部屋は二人部屋で、武と同じ部屋だった。
確かに武と同じ部屋なのはいろいろな面で助かるだろうが、まさか、あの女性にそのような気遣いができるとは思わなかった。
さらに驚きなのが、俺たちの名前を全員分覚えていたこと。
自己紹介も特にしていないのに、事前に名簿を渡されていたとしても、四百人分覚えているのは驚きだ。
「明日からどうなることやらって感じだな」
「そうだなぁ...」
魔王すら倒すほどの実力をつけなければならないのだ。厳しい訓練なのだろう。
頑張らずにチートを得て俺強するのは好きじゃないが、俺はできるだけ楽したい性格なので、誰かが魔王を倒してくれるのであればそれを待ちたい。
「今日はもう休もう。体が疲れている気はしないけど」
「精神面、ってやつだな」
そういい、俺たちはそれぞれの用意されたベッドに横になる。
少し、心を落ち着ける時間が必要だ。
頭も休ませたい。
横になってうとうとしていると、コンコンと扉をたたく音が鳴り響く。
『すみません、少しお話できますか?』
「「....」」
俺たち二人はそろって目を合わせ、嫌そうな顔をした。
お前が出ろよ、いやだよお前が出ろよ、とお互いに行っていそうな雰囲気だ。
いや待てよ、寝ているふりをしていればいいのではないだろうか。
『起きているのはわかっています。早く出てこないと実力行使に出ますよ』
そう言われてしまっては出ないわけにはいかない。
ため息を吐き出しながら、俺は恐らく木製であろう扉を引いた。




