9 なんでも知ってるリンさん
「では、ツカサさんはこれまで森の中で生活していたんですか?」
「まぁ、そうなるな」
めでたく少女リンと旅をすることになった俺たち二人は、教会跡地を離れて、リンが生まれ育ったという町まで移動することになっていた。
通る道は、人の足や馬車などで踏みしめられて固くなった道。
今まで森の中草の中歩いてきたので、久しぶりの感覚だ。
その道中、やはり話題になるのはお互いの過去の話。
「じゃあ、その前は? さすがに森の中でずっと生活していたわけではないですよね?」
言葉も流暢にしゃべれますし、とリンは不思議そうに言う。
それより過去の話、というと、俺が森の中を半ば彷徨っていた数週間よりも前の話のなるのだが、これは言ってもいいことなのだろうか。
恐らくだが、異世界からの人間という存在は認知されているのだろう。
ただ、それがリンにとってどういうイメージを与えているかによって、正直に言うべきかどうかを俺は決めかねている。
「そうだな...話は変わるけど、異世界の人間って知ってるか?」
「これはまた強引ですね。...知らないわけないですよ。この世界の人間全員が知ってると思います。『この世界を救う異世界の勇者』として」
「...なるほどな」
「ですが、それが成されたことは未だにありません。最初のころは希望の象徴でした。ですが、段々とみんなの関心は薄れていき、今では無駄に異世界の住人を死なせているのではないか、という話も出てきているところです」
これはまた意外な話だった。
確かに、フラウの話を聞いている限り、あまりこの世界の住人には期待されていなさそうだとは思っていたが、まさか同情されているとは。
世界が異なっていても、人間の暖かさは変わらないということだろうか。
「でも、それとツカサさんの過去と何が...」
リンが俺の過去に話を戻そうとした瞬間、道の脇から勢いよく何かが飛び出す。
それに一番早く反応したのはもちろん俺。
というより、これで俺より先にリンが反応していては、この先リンを守れるのか不安になる。
「こいつは...」
赤茶の体毛に、四つ足。
牙はするどく、口の端からよだれがたれている。
足に爪は見られないが、出したり隠したりできるのかもしれない。
そんな風に俺が謎の動物の正体を見ていると、リンが名前を呟く。
「ブラッドタイガーです」
なんと強そうな名前だろうか。
名前のインパクトだけで言えば、今の俺では太刀打ちできそうにもないぐらいのネームバリューだ。
ブラッドっていう部分がもう強そうだもんな。
「ですが、魔物としては最弱の部類になります」
「まじか」
更にリンから続いて聞いた情報に俺は驚く。
なんということだろう。ブラッドタイガー。名前に負けている。
しかし、それは俺にとっての感性なのだろう。
リンは当たり前のこととして、動じずに魔物を見据えている。
「...」
一方俺は、少し震えていた。
あの訓練をしていた場所でも魔物と称して戦ったのは謎の物体X。あまりにも弱すぎて、取り敢えず戦わせて自信をつけさせようという魂胆が見えみえだった。
そんなこともあり、このブラッドタイガーがほぼ、対魔物としては初戦ということになる。
「...やるようにしかならねぇか!」
そう言って俺は、剣を構えた。
「...弱い」
「だから言いましたよね。最弱の部類だって」
リンにそう言われ、俺は肩を落とす。
確かにそう言ってはいたが、戦うときの俺の「うぉぉぉぉ!!!!」という覚悟のある叫び声を返してほしい。
もしくはなかったことにしてほしい。
恥ずかしくてしょうがない。
ブラッドタイガーと戦った印象としては、まぁ、普通の動物とそう大差ない、という感じだ。
いうなればただの虎。なんのためにブラッドが付いているのか不思議だ。
「ちなみに、ブラッドの由来ってあるのか?」
「そうですね、タイガーという動物が魔物化したものをブラッドタイガーと呼びますが、私の勉強した限りでは、ブラッドタイガーが最初に出現した際に、私たち人類が戦う術を持っていなかったため死にまくり、その時ついた血と、恐怖心でいっぱいだった人間の様子から、ブラッドタイガーと名付けられたようですね」
「なるほど、でも、戦う力を身に着けた後は、雑魚扱いってことか?」
「そうなりますね。ですが、ブラッドタイガーの名前は知れ渡っているので、それこそ初めて見た人間と、今の時代の人間がブラッドタイガーの話をすれば認識に違いが出るでしょうけれど、今ではブラッドタイガー=最弱クラスという図式が成り立ってしまっているので、特に名前の訂正はしないようです」
「面倒だもんなぁ」
そんなリンの知識を聞きつつ、ブラッドタイガーの姿を改めてみる。
死因は俺の剣によってバッサリ腹を切り裂かれたため。
迂闊に飛び上がるとこうなるということを、俺も覚えておこう。
その際に内蔵やらなにやら飛び出しているが、切られた後に即死したので、特に散らばっている様子もない。
これなら後処理が楽だ。
早速皮と肉に分けて、味の方を見てみようと手を伸ばすと、ブラッドタイガーの遺体は光の粉となって消えていった。
「...え?」
「...もしかして、知らなかったんですか?」
「...この現象についての説明も求む」
知らないものはしょうがない。
俺は真剣な顔でリンを見つめると、リンはため息を一つ吐き出して口を開いた。
今のため息は『流暢に喋れても常識は知らないんだ』のため息だ。
「魔物は普通の動物や人間と違い、中に核と呼ばれるものが存在します。単純にツカサさんがやったように即死させるか、この核を破壊することで、魔物は活動を停止します。その際に、すぐに核と体を分けなければ、今のように光になって消えていきます」
「まじか...ってことは、喋っている間にそのタイムリミットが来ちまった、ってことなのか」
「そういうことです。でも、食べようとしていたのであればやめた方がいいですよ。血の味が濃くて食べられたものではないと有名です」
「...そういう意味では助かったのかな」
食べられなくて残念なような、結果的には良かったような。
微妙な気持ちになりながら、俺たち二人は歩みを再開した。




