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斎藤一~幕末の京~

作者: R884

大正四年九月二十八日、大柄の禿頭の男が部屋で座禅を組みながらそっと目を閉じるとその生涯を終えた。

享年七十二歳、大往生と言えるだろう。


激動とも言える幕末を生き抜いたこの男、現在の名は藤田五郎と言う、だが新選組三番隊組長、斎藤一の名の方が世間の通りはいいのではないだろうか、幕末の人斬り集団として京の街で多くの倒幕の志士達に恐れられた、の新撰組の幹部の一人である。

紆余曲折を経て会津での戦いでは蝦夷に向かった土方と袂をわけ、新撰組隊長の座につき新選組の終焉を看取った。(会津藩お抱えとしての新選組としては最後の隊長と言える)

維新後の明治に入ってからは警部補となり薩摩との西南戦争に参加、その後は東京高等師範学校 (現在の筑波大学)の守衛長を勤め剣術の指南を行なっている、同時期には柔道で有名な嘉納治五郎もおり、今考えるとなかなか豪華な顔ぶれの学校だ。


晩年は同じ隊士であった永倉新八のような最後まで荒々しい人生と違い、家族と共に穏やかな日々を送ったが、時折息子にせがまれ昔語りをする事があった、無口でいつも難しい顔をしていた斎藤にしては珍しく楽しげに、今から話すのはそんな昔語りの一つだ。





慶応元年 (1865年)

五尺六寸 (約170cm)と当時の日本の成人男性としては大柄であった斎藤、太い眉にすっと通った鼻筋にキリッとした二重の瞳でなかなか整った顔をしていた。

そんな男が特徴的な浅葱色の段だら模様の着物を着て、堂々と往来を歩いていれば随分と目立つことは請け合いだろう。


「斎藤!!」


後ろから自分の名を呼ばれて振り返ってみれば、そこにはニコニコと笑みを浮かべた美少年?が小走りでこちらに向かって来た。


「沖田さん」


「よう斉藤、街の見廻りか、相変わらす真面目だなお前は、そんな肩肘張ってたんじゃ長生きできないぜ」


沖田総司、斎藤や永倉新八とともに新選組の剣術師範を務める男だ、斎藤よりも二つばかり年上だが童顔のせいか二十歳を超えた今でも少年のような男で、美男子であったことも有りすこぶる女にもてた。

古参の隊員の中では斎藤は若かったので沖田には随分と可愛がられていた、端から見ればどう見ても沖田の方が年下にしか見えなかったのだが。


「どうだい、この先の飯屋に可愛い娘が入ったらしいんだ、一杯付き合えよ」


「また女ですか、あまり帰りが遅いとまた土方さんに怒られますよ」


「固い事言うなって、見に行くだけだよ、怒られそうな時は俺の方で歳さんに口聞いてやるから」


「えっ、私が土方さんに怒られるんですか?」


「ほら行くぞ斎藤!!」


「わっ、ちょっと沖田さん、袖引っ張らないでくださいよ」



四条通りにある小さな飯屋の縄暖簾をくぐると、若い娘の元気な声が迎えてくれた。


「いらっしゃい!」


「飯と酒をたのむ」


「はいよ、ちょっと待ってくださいねお侍さん」


店の奥に引っ込む娘を目で追いかける沖田、ニヤニヤと笑みを浮かべる沖田に斉藤が呆れた表情を見せる。


「評判通りの可愛い娘じゃないか、今度からここ贔屓にするわ」


「沖田さんなら島原で女には困らないでしょうに、ちょっと節操ないですよ」


「それはそれ、これはこれだよ、斉藤だって若いんだから溜まってんじゃねえの」


「は~い、おまちどおさまです、何楽しそうに話してたんですかお侍さん」


「いやなに、あんたが凄く可愛いと話してたんだよ、なあ斉藤」


「あらやだ、そんな可愛いだなんても~う、口が上手いお侍さん」


沖田が店の娘を口説き始める、娘も頬を染めまんざらでもなさそうだ、斉藤はまた始まったと無視して山盛りの白飯を搔き込み始めた。


ポリっ


「おっ、このたくあん美味いな、土方さんが好きそうだ」


酒の追加を頼む頃には、沖田は娘と逢い引きの約束を取り付けたようで機嫌が良かった。

これは良い機会かと斉藤は沖田に話かける。


「そう言えば沖田さん、最近近藤さんと山南さんおかしくないですか、なんかこうぎすぎすしてる感じで」


「まあな、二人の間に何かあったんだろう、だがそんなの気にしてもしょうがない、俺達隊士は頭がどうなろうとやる事は変わらん、あんまり考え過ぎるな」


「そう言うものですか」


「そう言うものだよ」


沖田はそう言ってからから笑うと酒を煽った、その姿を見て斉藤はこの人はぶれない人だと内心思うのだった。






この時代の京の街は佐幕派も倒幕派も入り乱れ、常に街のどこかで殺し合いが行われており殺伐とした雰囲気が漂っていた、本来新選組はその治安が悪化した京都を警護するために会津藩の松平容保の庇護のもとに発足したのだが、その過激な行動で逆に京の街で人々に恐れられるようになるのは皮肉な話だった。


沖田と斉藤、二人で飯を食べ終え屯所に帰ろうとする道すがら、くちくなった腹をさすりながら沖田がふと斎藤の右腰に差している刀を見て首を捻る。


「あれ、そういえば今日は鬼神丸国重じゃないんだね、関孫六?」


「ああ、ちょっと刃毀れがひどかったので刀研師の源龍斎先生の所に預けてるんですよ」


「ふ~ん、まぁ、孫六の方がねばりがあるし実戦向きでいいんじゃねえか」


「私としてはあの二尺三寸一分 (約70cm)の長さが使いやすいんですけどね」


「ははは、斎藤は身体がでかいからな、今度歳さんの和泉守兼定でも使わせてもらえば」


「なっ、そんな恐れ多い事土方さんには言えませんよ」


そんな話をしている二人の前に一人の男が辻の影から現れる、貧しい身なりだがその眼光は異様に鋭い、歳の頃は二十五、六、永倉と同じ位か、大刀を腰に差し行く手を遮るように立つと俯きながらその口を開いた。


「新選組の沖田総司と斎藤一お見受けする、相違なかか」


男の口からは薩摩の訛り、二人に警戒心が涌き上がる。


「いかにも、新選組の沖田と斎藤だが」


男はニヤリと口元を釣り上げると一瞬で腰に差していた大刀を抜き放つ。


「天誅!!」


一閃、ゴウッと沖田と斎藤の間の空間がいきなり切り裂かれる、打ち下ろしの豪剣。


「くっ、薬丸自顕流、やはり薩摩か」


咄嗟に左右に分かれて剣をかわすが、その鋭い太刀筋に背中に冷や汗が流れる、かなりの手練れだ。

沖田も斉藤も刀の柄に手をかけ臨戦態勢をとって身構える、すると男は沖田の方を睨みつけると激高した。


「沖田、貴様儂んおなご、サトを抱いたじゃろ!! 許さん、絶対ゆっさんぞ!!」


「「はぁ?」」


「ちょ、ちょい待て、サト? 呉服屋のはさちだし、薬屋の女は雪で…」


思い当たる事があるのか、額に手を当てて考え込む沖田に斎藤が呆れた瞳で見つめる、どうやら沖田の女関係でのいざこざらしい。そんな事に自分を巻き込まないでもらいたい。


「沖田さん……私先に帰っていいですか」


「ちょっと待て斉藤、このまま俺を置いてく気か、冷たいぞ!!」


「だって私は関係なさそうじゃないですか、とんだとばっちりですよ」


「新選組ん幹部二人を斬って、恨みも晴らすっ一石二鳥や!!」


「ほら~この男、お前も斬るつもりだぞ、これで無関係じゃないだろ!!」


新選組でも三本の指に入る二人相手に怯むことなく言い切る胆力、薩摩の示現流といい確かにこの男只者ではない、一体何者なのか、興味が湧くままに斉藤は尋ねた。


「貴様、名は」


「中村半次郎」


「「なっ、人斬り半次郎か!!」」


男の名に驚愕する沖田と斉藤、薩摩の中村半次郎と言えば、倒幕派の西郷隆盛や大久保利通の懐刀、土佐の岡田以蔵や川上彦斎とならぶ幕末の人斬りとして恐れらている一人ではないか、そのような人物がなぜこのような馬鹿げた事を。


「うあ~、中村半次郎かぁ。斉藤、お前にまかす、俺、薬丸示現流とは相性が悪い」


「なんですかそれ、まぁ、相手が薩摩の人斬り半次郎とくれば私としても黙って見てるわけにもいきませんけど」


そう言うと斉藤は柄にかけた左手でスラリと孫六を抜くと、沖田を後ろに一歩前に出る。沖田は速さはあるが膂力が足りない、競り合いとなれば自分の方が相性が良いと判断した。


実はこの中村半次郎、倒幕の志士としてこの後斎藤とは因縁浅からぬ仲となるのだが、神ならぬ人の身として今この時にはわかろうはずもなかった。


後ろに下がった沖田を中村が睨みつける。


「逃ぐっとな、沖田!!」


どれほど頭に血が昇っているのか冷静な判断が出来ていない、後ろに下がる沖田を追うように中村が一足飛びで距離を詰めると刀を振り下ろす。


ガキャッ


だがその刃は沖田には届かない、斉藤の逆袈裟に振り上げた刀に阻まれる。




中村の強烈な打ち込みを孫六で受け止める斎藤、大柄な身体ゆえの膂力も斎藤の強みの一つだ、おそらく新撰組の中でも中村ほどの使い手が放つ薬丸自顕流の打ち込みを、このような形で受ける事が出来る者は土方歳三か永倉新八ぐらいだろう、もっとも沖田も受ける事はしないだけで戦えないわけではないが。


「むうっ」


絶対の自信を持つ薬丸自顕流の打ち込みを受けられた中村が思わず唸る、ここにきてようやく沖田と斎藤と言う手練二人を相手にする不利を理解する、女を寝取られた私怨で衝動的にここまで来てしまったが、武人としての本能が頭の中で警鐘をかき鳴らす。


斎藤はと言えば顔には出ていないが内心肝を冷やしていた、咄嗟に逆袈裟でかろうじて止められたが痺れる左手がこの男の腕前を示していた。


「強い、隊士の中でもこの男に勝てそうな者は五人とおるまい、今斬っておかねば後々面倒な事になりそうだな」


ギャリリっと刃を鳴らすと二人は弾かれるように距離を取った、中村は蜻蛉に斎藤は正眼に構える。


「見事じゃ、あてん太刀を実戦で止めたんなわいが初めてだ」


「こんなしょうもない事で斬られたんじゃ副長に大目玉くらっちゃいますからね」


「うっ、たしかにあてもこいがばれたや大久保に何言わるっか…」


何を想像したのか中村がぶるりと身を震わせる、この男大久保が少し苦手だったのだ。


「まぁ、よか。今は目ん前のこいつだ」


違いに柄を握る手に力がこもる、先に動いたのは中村であった、キエエッっと裂帛の掛け声とともに飛び込みながらの強烈な打ち込み、対する斉藤は後の先、正眼から突きを放つ、最短距離を行く切っ先は中村の右耳を掠め血しぶきが舞う。だがその程度では怯むことなく打ち下ろされる中村の刃、斎藤は咄嗟に前に出る事で身体を捻ってそれを躱した。


刃が互いの目の前を掠めて交差し、くるりと二人の立ち位置が入れ替わる。

中村の耳はぱっくりと切れており、流れた血が襟にポタリポタリと垂れている、斉藤はと言えば掠めたのか右袖がだらりと垂れ下がっていた。


「やっな、強かじゃらせんか、血をだして、少しは冷静になれたわ、今日ん所はここまでじゃな」


中村が獰猛な笑みを浮かべながらも刀を鞘に納める、この男とはこんな出会い頭の斬り合いなどではなく、おのが信念を打つけ合うにふさわしい場で決着をつけたいと思った。


「引くのか? こっちとしても斬り合う理由が理由だけに引いてくれるならこちらは異存はないが」


「そうだぞ、女の取り合いなんかで無駄に命を散らすなよ」


「沖田さん……」


せっかく、落とし所が見つかったというのに沖田が無駄な口を挟んで来る、沖田としてはどの女か記憶に無いが寝取ったかもしれない罪悪感からの言葉だった、結果相手の心情を逆撫でしてはいるが。


「せからしか!!次に合うときは戦場や、首ば洗ってまっちょれ」


そう言い残すと中村は肩を怒らせながら、闇の中に走り去って行く。

張りつめた空気が霧散すると斉藤が安堵の息を吐き出した、今になって恐怖が襲ってくる、それほどまでに紙一重の勝負だった。

あのまま行けば確実にどちらかが命を落としただろう、斉藤は沖田に抗議の目を向けた。


「沖田さん、あんまり危ない人の女に手を出すのは控えてくださいね」


「おう、努力はしよう!!」


「お願いだから努力だけじゃなく結果で示してくださいよ」


斉藤は沖田の無邪気な微笑みに今度こそため息をつくのだった。

屯所に戻ったら鬼のように怖い土方にどやされると思うと、増々憂鬱な気持ちになった。





そののち、中村半次郎とは戊辰戦争を経て会津戦争では会津藩が降伏したときの新政府側の代表として再会する、その後勃発した西南戦争で西郷隆盛に付いた中村と新政府軍に参加した斉藤、中村はその戦闘の最中に額に銃弾を受け戦死した。




さらにその三十八年後、自宅の縁側で息子を横に「中村半次郎は実に熱い男であった」と懐かしげに笑みを浮かべて語る斎藤。

斎藤の話を聞いていた息子勉だが、剣戟の話には胸踊ったが、最終的な感想は「沖田さんって女癖悪いなぁ」の一言であった。


お読み頂きありがとうございました。感想などございましたらお気軽に是非。

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[一言] 美少年で女癖の悪い沖田総司はたちが悪いとおもいます
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