獅子身中の虫
王都の北西部の干上がりかけた湖の畔。
ローブを深く被った一団が水魔法を行使し続けていた。
「あー、全然ダメダメだな。
こんなんじゃ何時になったら
ゆったりと湯につかれるか見当もつかないや。
ねぇ、困っちゃうよね?君達もさぁ。」
背丈は170くらいで痩せ気味の冷たい目をした男が
両隣でうなだれている娘たちに声をかけた。
娘たちの目には光はなく絶望の影でふさがれている様だった。
「ふん、漠斗のぬるま湯に浸かる趣味はまったく理解できん。
それより酒よ、酒を注いでくれ。
酒だけあれば水などどうでもよいわ。」
180cmの背丈で130kgはありそうな樽のような
ハゲ頭が茹蛸の様な赤ら顔で、横の娘に催促している。
その横では虚空を見つめる娘の体を黙々と弄ぶ男がいた。
この男の名は、楼蘭 鮮牙、漠斗の双子の兄である。
ふと、顔をあげてハゲ頭の方に目を向けた。
「そうだ、バスク、お前の雷魔法で雷雲起こして
大雨振らせないの?
体べとべとして気持ち悪いんだけどさぁ。」
「無茶を言うな、出来るならやっておるわ。
いや、もっと酒があれば出来るやもしれんな。
ほれ、娘もっと酒を。」
ポーションを飲みながら魔法を使い続ける一団を尻目に
好き勝手している勇者達を細い冷たい緑の目で見つめる男がいた。
(実力主義のこの国で、魔法力で魔法団の団長の座に上り詰めて
あの魔道具を使ってうまく事が進むと思っていたが、
宰相どもめ、異界召喚でこんな勇者など呼び寄せやがって。
お陰で計画が遅れている、どうにかして始末しないとな。
先はこいつらを嗾けて魔王のいる魔族の国に挑ませたが、
あっさり追い出しやがったからな。
面倒な魔法を使いやがる。もう一手打たねば。)
腹に一物あるこの男、アランはこの大陸では
見かけない金髪、褐色の肌、緑色の瞳の組み合わせの
178cm80kgの偉丈夫だ。
おもむろに視界の隅で鮮牙が立ち上がった。
「そうだ、ちょっと水貰ってシャワー浴びるか。
いいよなアラン団長さんよぉ。」
「どうぞ、お気に召すままに。」
口元だけに笑みを浮かべてアランが返すと、
鮮牙は手の平を少し斜めにしてまっすぐ前に伸ばした。
すると、少し先の地面が盛り上がってゆき、
鋭い金属の輝きを放つ直立型のシャワーヘッドに
錬成された。
(厄介なあの兄弟の土魔法と錬金術、作り出す見たこともない武器には
対抗する手立てが浮かばん。
バスク・ハーンの雷魔法も防ぎきれん。
私の 反射 は直進性のある単独攻撃魔法には効果を発揮するが、
無差別的な広範囲魔法には無効だったとはな。)
アランは、飲んでいた器を取り上げて深酒をとがめた時に
激高したバスクに全身やけどを負うような雷撃を浴びせられていた。
ジャバジャバと貴重な水を浪費する勇者を
冷たい笑みを浮かべて見つめるアランであった。
王城から湖を見下ろすテラスに二人の壮年の男がいた。
「アランの独断専行の抑えになればと、
異界召喚を行ったが、毒を持って毒を制する愚策であったか。」
後悔の念をこぼすのは、長い銀髪にマリンブルーの瞳の人族国王、
ルードス・ルドベキアその人であった。
「公正であれというルドベキアの家訓に泥を塗ってしまったな。」
「陛下、それは違いますぞ。あのような勇者しか召喚出来なかったのは
私の力不足ゆえの事。陛下に心労おかけする失態面目ございません。」
そういって、膝をつき燃えるような赤い髪の頭を下げるのは、
この国の宰相、ルーフェンス・バンドール。
力任せに物事を推し進めるアランに、力添えするという名目で
異界召喚を行ったまでは良かったが、不遜の輩3名を引き込んでしまい、
王都内で暴虐の限りを尽くすわ、アラン共々魔族の国に勝手に侵攻するわと
胃に穴が開きそうな後悔の日々を重ねていた。
特に国王同士で懇意にしていた獣人族の国に第二騎士団が進行してしまった時には
吐血するほど心を痛めていた。
その時、衛兵から神官が目通りを願い出ておりますと声がかかった。
テラスから室内に戻り、席に腰掛けると、衛兵に向けて頷いた。
静々と一人の神官らしき出で立ちの妙齢の女性が前に進み出て
膝をつき頭を垂れた。
「レン、面をあげよ。今日はどのような要件か?
お小言であれば間に合っておるぞ。」
髪と同じ黒い瞳の中に少し優しさをにじませながら、涼やかな声が響いた。
「先程、女神ノルン様から神託がございましたの。」
「ほう、珍しい。運命を司る女神様が何と?」
「この世界の命運を握るものが降臨したと。
この世界でいう人ではない存在だとの事でございますわ。」
「何と、人ではないと申されたのか?
では、どのようなものなのだ?
そなたと同郷のものではないという事か?」
「時が来れば必ずわかりますとだけお教えいただいておりますわ。」
「そうであるか。
しかし今は、いや今だからこそであるか。
うむ、大儀であったな。」
「では、これにて失礼いたしますわ。」
一礼の後に扉の向こうに静々と消えていった。
ルーフェンスと目を合わせ複雑な思いにふける国王であった。
その頃、王都の街中では平原で大雨が降るのを見たという噂が
蜘蛛の子を散らすように広まり始めていた。




