プライドと伝統 杜氏と蔵人
巨大大陸の北部の山の地下には、極北の大地にかけて
闇人族の酒蔵群が広がっている。
酒蔵は一塊にあるのではなく、
一定間隔の仕切られた部屋の中にあり、
間に居住スペースを設けて
酒蔵同士が隣接しないように分けられている。
「それぞれの蔵で作る酒も作り方も
こだわりも違う。
そこを仕切る杜氏と担い手となる蔵人の
秘伝もあれば、作る酒にかけるプライドも
あるものだ。
我らも先人から譲り受けた麹、酵母を
今に伝え、次代に引き継ぐ使命がある。
酒造りとは我らの人生であり、
先人の遺産でもある。
セブン殿には蔵人として加わって頂こう。
我ら巨人族の作る酒はシヴァ神様への
生酒と熟成させる酒の2種類だ。
使う麹も酵母も工程も道具も異なる。
しっかり覚えて頂きたい。
本来であれば我らの艦内で出来るのであるが、
気候が温暖な海に止まっており、
低温に保つことが出来なくなり、
酒造りに適した場所を探しておったところ、
シヴァ神様からここのことをお聞きし、
お借りすることとなった次第なのだ。
闇人族の方々、これよりしばらくお借りする。
では、精米から始めさせて頂く。
皆、精米はじめ。」
頭からすっぽりとかぶる専用の服に身を包み、
巨人族に混じって電脳兵のセブンはレクチャーを受けていた通り、
50%の精米加工を始めるのであった。
ほぼ一粒一粒を丁寧に仕上げる人海戦術の作業だ。
文明の進んでいた彼らの作業らしくないが、
逆に伝統と受け継いだ誇りを感じながら、
セブンは一心にコメを磨いていた。
「なるほど、心を込めた精米作業から違いを感じる。
我々は手を抜き過ぎているように思えてしまうな。」
闇人族の杜氏が作業を見守りながらそうこぼした。
「それは違うな、先先代の時代にはやっておったと聞く。
我らは自ら作り出した道具に誇りを持って、
出来あがるものに自信を持ってここまで進んできたのだ。
何も手を抜いてはおらぬよ。」
「これは先代の。
確かに先代の言われる通りですな。
我々は我々の作り方に誇りを持てば良いですな。
さて、見物はここまで。
我々も仕込みにかかろう。」
闇人族の杜氏と蔵人、先代杜氏がその場から離れて行った。
ホルス神の兵士達の作るのは古代ビールだ。
巨人族が以外にも日本酒を作るのだが、
彼らはやはりビールだそうだ。
ビールは糖化と発酵をきっちりと分けて進めていく。
その糖化する麹も発酵する酵母も持ってきていたそうだ。
セブンの年代判定では1万年以上前のものと出ていた。
かつ、地球外とも。
この結果にはメフィストとルシファーの目が光り、
是非賞味させて頂きたいと、加工工程から見学する気満々で
彼らの用意していた専用の服に着替えて立ち会っている。
途中で使う機器も地球外からの技術が使われており、
闇人族の加工技術者達が原理が分からぬと苦い顔をしながらも
熱い眼差しを向けて作業を見守っている。
「セブンよ、発酵する酵母の声をよく聞くのだ。
その声が全てだ。聞き漏らすなよ。」
加工が進んだある日の朝、巨人族の杜氏から
そんな言葉をかけられたセブンは、発酵樽の横の足場から
聴覚センサーをマックス感度にして聞き入っていた。
15m以上の高さがある樽を覗き込めるような
巨人族用の足場があり、さらにそこからセブン用の
足場を継ぎ足してもらっていた。
(なんかプツプツと小さな音がしている。
酵母達が発酵させてくれている音か。
確かに彼らも生きているんだって感じられるな。
大事にしている訳だ。
指導は厳しいけど物凄くやり甲斐あるな。
街に戻っても続けようかな。
いや、続けなきゃいけないって気がしてるよ。
よし、俺も杜氏を目指して頑張るかな。)
真剣に取り組むセブンに、真剣に厳しく指導する
巨人族の杜氏はセブンの中に職人魂を感じ、
この酒造の後、麹と酵母を分けてやろうと思い始めていた。
シヴァ神から念話で頼まれた時は面倒な事だと思っていたが、
セブンの真剣さと、何より精米したコメをつける時に
作り出してくれた神水の清らかさに感じるものがあり、
指導の仕方をより厳しく本気で行うようになっていた。
セブンはこの周りの酒蔵全てに神水を作って分けていた。
どの酒蔵の杜氏もこの水を一口味見した後、
誰もが目に強い光を宿し、最高の酒造りに挑み始めていた。
ホルス神の兵士達はじっくりと発酵を始めており、
温度の変化に気を配り、昼夜を問わず蔵人が張り付いていた。
「見るほどに不思議な発酵のさせ方だな。
上面と下面を分け隔ててそれぞれの温度を変えて
発酵をさせるなど、見たことがないものだ。」
「発酵方法もだが、あの道具が全てのキーとなっている。
これは出来上がりが楽しみだ。
この私でもどのような味になるのか見当がつかんとは。
ここに来れた事が僥倖と貴殿には感謝する。」
「ほぉ、メフィストからそんな言葉を貰えるとはな。
何、前に東の方の町で会った闇人族の娘の親御さんが
ここの蔵人でな。
ちょっとしたことをしただけだが、何かあれば協力すると
言われていたのを思い出しただけだ。
礼ならあの蔵人の親父さんに言ってくれ。
俺は何もしていないさ。」
ルシファーが奴隷として連れ去られそうになっていた小さな娘を
助けた縁でメフィストの眷属となっていたホルス神の戦士達は
蔵人として雇ってもらえる話に繋がっていたのだ。
幸運な事に、ホルス神の兵士の中にお供え用のビールを作っていた
杜氏と蔵人が混じっており、酒造りをさせていただけるなら
秘伝のお供え用のビールを作らせて欲しいと言ってきた。
専用の麹や酵母、道具も先代から受け継いだものが
亜空間袋の中にあるという幸運もセットだった。
ちなみに、亜空間袋はルシファーとメフィストにも
ひとつずつ分けてもらっており、両者ともその原理が全く分からず
日夜調査しているのは秘密だ。
彼らが作る空間魔法ではなく本当に亜空間に繋がっているらしい。
「さて、今夜の作業見学はこれくらいで部屋に戻るとしよう。
(あの構造を解き明かさねば、寝れんのでな。)」
「うむ、私もそうさせて頂こう。
(亜空間との接続構造が分かれば後は容易いのだが、
未知の世界の技術は必ずやこの世界にも新たな刺激を
もたらすであろう。術式を多重展開して解析せねば。)」
いそいそと借り受けている小さな部屋に戻る二人の目は
見学している時よりも力を帯びているのだった。




