食事
ヒーローとヒロインがそろいました。
通された部屋は雑誌とかテレビの特番とかで見たような部屋だった。どうみても一介の高校生が使っていい部屋ではない。
案内をしてくれた騎士たちにお礼を言うと驚かれた。この国では感謝の言葉を簡単に口にするのは失礼なのだろうか。
何がなんだかわからず、ためらいながらもソファーに座る。思ったよりもふかふかで高級な家具であることがわかる。
「―――なんでこんなことに」
思わずつぶやくと、扉がノックされる。返事をするとメイドさんが入ってきて、お茶の準備を始めた。
「もうすぐガーネット様がいらっしゃいます。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
お茶とお菓子を出すと一礼し部屋を後にするメイドさんたち。一度も視線が合わなかった。
出されたお茶。正直飲んでいいのかわからない。喉は渇いているが、こんな状況でモノを口にしようとは思えなかった。
背もたれにもたれかかって、天井を見上げる。天井にも絵が書かれていて、美術館のようだ。贅を凝らした部屋は、他もそうなのだろうか。きっとオレが一生稼げない額の税金が使われているんだろう。
トオルの瞼はゆっくりと落ちていく。
肩から力が抜けて、紅茶のいい香りがして、やわらかいソファーに座って、まるでさっきのことが芝居のようだ。現実逃避といわれたらそうかもしれないが、信じろって言うもの無理な話だ。
トオルの瞼は完全に落ちた。
コンコンとノックの音がして、ドアが開かれた。
中に居る人物から返事がないのが心配だったのか、少し乱暴な開け方であった。
「―――トオル殿?」
ガーネットが部屋を見渡せば、目的の少年はクッションを枕にしてソファーで眠っていた。
テーブルを見れば、手のつけられていないのがわかる。当然だろう。
こうやって眠れていることに、安堵の息をつく。自分なら警戒して、眠ることもできない。
軽く指を振り毛布をだして彼にかける。男性と二人っきりというのはまずいが、彼のことを考えれば呼ぶ気は起きなかった。
彼と話をしなくてはいけない。我々の事情に巻き込まれ、彼の日常は壊れてしまった。これからを考えれば、できうる限りフォローをして、彼の心身を守るために動かなくては。
ガーネットは、軽く指を振り本を一冊出す。トオルが目覚めるまで、ここでゆっくり待つことにした。
トオルはゆっくり瞼をあけた。いつの間にか寝ていたみたいだ。
暖かな花のにおいがした。いつの間にか駆けられていた毛布。香りはこれからしているようだ。
「目が覚めたか」
聴いた事のある声。慌ててそちらをみれば、夢のような綺麗なヒトがいた。ガーネットと名乗った人だ。
彼女は読んでいた本をぱたりと閉じて、後ろに投げる動作をすると本は跡形もなく消えた。
「そろそろ夕食の時間だ。ご一緒にどうだい」
ちょうど腹の音が鳴った。恥ずかしくて赤面するが、彼女は笑わず、「すぐ支度をさせる」とメイドを呼んだ。
「あ、すいません。寝てしまって」
「かまわない。疲れていたのは当然だ。少しは疲れが取れたか?」
「あ、はい」
「落ち着いたか?」
「はい」
「硬くならないでくれ。私も気を抜いているだろう。これから私は君の担当。言い換えれば君は私の保護下にはいる。出来うるかぎり力になることを約束しよう。面倒ごとが多いと思うが今は肩の力を抜いて楽にしてくれ」
女性なのに男のような言葉遣いだが、妙に似合っていた。すごくかっこいい。
メイドたちが食事を持ってくると、ガーネットは彼女たちを下がらせた。そして食事のふたを開けると手をかざす。
「お決まりとはいえ不快だな」
そういうと、手をすっと払いのけた。すると食事が消える。
「すまない。あれはゴミだ。一応用意させないとうるさいので用意させたが、口に入れるものではない」
そういって、一枚の布をだすと紅茶の置かれていたテーブルにかけた。
「これなら安全を保障しよう」
そういって指を鳴らずと、そこには今できたばかりのようなホカホカの料理があらわれる。
「な、すごい。さっきから、モノが消えたり、出たりしてましたけど、これって魔法なんですか?」
「あぁ、スキル、個人の持つ能力によってできることは変わってくるが、そうだな大雑把に言えば魔法になるだろうか。後、敬語でなくて言いぞ」
「あ、うん。ありがとう。オレはじめてみた。料理とか出せるとかすっごいな。それにおいしそう」
「遠慮しないで食べてくれ。なんなら、私が食べてから食べるか?」
「……いいよ。なんか、そんなすごいヒトがオレに毒持ったりしないと思うから。せっかくだし温かいうちに食べたいし」
「そうか、では、召し上がれ」
「うん。いただきます」
手を合わせて、料理に手を伸ばした。
ローストビーフに似た料理。香草で焼いたチキンみたいなの。サラダ。タラに似た魚のグリル焼きみたいなの。やわらかいパン。ウーロン茶に似たお茶。フルーツ。どれもどこか食べたことがあるような味で、気づけば完食していた。
ガーネットも食べていたが、ほとんどはオレの胃に入った気がする。
食後の暖かいお茶に一息つく。こんなにおいしい料理はひさびさだ。オレはどうしてここに居るのかも忘れて、まったりしてしなっていた。
「食欲もあるようで安心した」
同じようにお茶を飲んでいたガーネットは、優雅なしぐさでカップを机においた。
はっとするが、もうガーネットに対して警戒する気が起きなかった。彼女が何を考えているのかわからないが、本能的に大丈夫な気がしてしまうのだ。これってなんていうのだろうか。胃袋をつかまれた? なんか違う気がする。トオルも空になったカップを机におく。
「さて、なぜ君がよばれたのか話をしよう。気になるだろう?」
こくんと頷くと「少し長くなる」といわれたが、かまわない。できることなら早く帰りたい。
「昔からこの世界は、神々の加護によって成り立っているところがある。神事に関しては聖教国という国が担っていてね。君たちを召喚したときにいた全身真っ白な衣装を着たモノたちがそうだ」
あぁ、そういえばいたな。何かを記録したり話したりしていて、直接話すことはなかった。
「今回の召喚はあの場にいたアリステルが事の発端だ。彼女が夢で女神のお告げを受けたと騒いだ。聖教国に確認を取ればお告げは事実だった。女神のお告げというのは国家的な事案でね。仕方なく儀式を行うことになったんだ。そして君たちがこの国に召喚された」
「勇者っていってたけど」
「そう。勇者だ。本来、勇者を召喚するのは世界規模の問題が起こったときだけだ。それを国を救わせるなんぞ実にふざけた話だ。自国の話だというのに、国民でもないどころか世界も違う人物に救いを請うなんて、情けないにもほどがある。陛下も今回のことは実に不愉快だと笑っていたよ」
きっと目は笑っていなかったんだろうな。彼女の様子からそう思った。
「実際問題、天災や魔物の活発化は確認されているが、国家的危機というわけではない。天災は毎年起こる程度のものだった。魔物に関しても魔王たちもそこまで愚かではないしな。繁殖期ではないかといわれている。去年魔王が一人消えたばかりで向こうも色々と大変だろうしな。陛下も目は光らせてはいるぞ」
「え、魔王って一人じゃなくて?」
「現在、正式に魔王と認定されているのは六人。魔王に匹敵するものはもっとだ」
「勇者は魔王を倒すために居るんじゃないのか?」
「まさか。さっきもいったが勇者はそれこそ国や種族を問わず解決できない世界的危機が起こったときに召喚される最後の砦。世界をかけた問題に直面しない限りよばれることはない。今回の召喚はなぜ必要だったのか。連日連夜会議が行われている」
結構大事だったんだ。あのアリスなんとかの様子から、もっとゲーム的展開だと思ってた。
「オレたちはどうなるんだ?」
ゲーム的な展開なら魔王を倒して終わりだけど、そうでないならどうすれば帰れるというのだろう。
「君たちは大切な客人としてわが国で保護させてもらう。女神の考えがわからない以上、国としても動きようがない。できるなら安全に帰郷させたいが、駄女神が意地でも阻害してくるだろう。すまない」
「ダメガミ。まぁいいや。それって帰ろうと思えば帰れるってこと?」
「あぁ、君たちを帰すことはできる。だが、横槍が入った場合、確実にあるべき場所に戻れる保証がない。一度話をつけよとしたが逃げられてしまってな。今は神界にこもって声だけしか送ってこない。去年一度神を神界から引きずりだしてから、向こうも警戒している。引きずり出すには時間がかかる」
「神様ってそんな扱いでいいの?」
雑だ。女神様ってもっとこう敬われているイメージがあったが、彼女の肩でため息をつく姿をみるとたいしたことのない存在に感じる。
「おや、今一番被害を受けているというのに優しいな。私なら、駄女神のご自慢の髪を刈って見世物にでもするが」
「酷い」
平和な時代でゆとりとかいわれているオレにはとても残酷に感じるが、これがここでは普通なのだろうか。
「君の身の安全を約束したいが、残念なことに不安要素があるために少し難しいところがある。――だが」
ガーネットは立ち上がると、トオルの前にかがむ。
トオルは思わず背筋を伸ばし彼女を見つめた。
「約束しよう。必ず君を守り、元の世界に返す。君はただ生きることをあきらめないでくれ」
そっと手を取られ、手の甲に口付けられる。
手の甲に熱を感じたが、それ以上に顔が熱くて目が回った。それで、オレの意識は真っ暗に。
あぁ、なんでこんなにかっこいいんだろう。
目の前に用意された料理は、フランス料理のようだ。本に載っているような優美な料理だが、ハルトは食欲がわかなかった。
同じテーブルに座ったアリステルがずっと話していてうるさい。何より冷め切った料理は食べる気が起きない。食事は温かいというものだと思っていたことに気づいた。帰れたら家政婦にお礼を言おう。
「どうなさいましたの。召し上がって。私付きの料理人が腕によりをふるいましたのよ」
雑誌に載っていたのなら可愛いと思えたのに、動くとこうもうざったいとは。
「ありがとうございます。おいしいですよ」
ぺらぺら話すわりに肝心なことはほとんどわからない。自分が勇者として呼ばれたのは、この女が女神のお告げを受けたから。自分は勇者として国を救う運命にある。魔王がいて魔物もいる。だからといって必要以上に魔物に手を出すと問題になる。帰るには女神の導きが必要。――では導かれるには?
まったくもってわからない。女神の意思とか、お考えとかいってごまかし、何も話さない。口を噤むように言われている可能性もあるが、この様子だとわかっていない可能性のほうが高い。
あのガーネットとかいう女についていければよかった。
「アリステル様。あの場にいた女性、確かガーネット様という方はどのような方なのですか」
騒がしい雰囲気が一気に凍った。
饒舌だったアリステルは、顔に影を落とし何も言わない。
傍にいたメイドたちが顔を青ざめさせているが、話すことを禁じられているのかおろおろするだけだ。
「……なぜ?」
ぽつりとこぼされた言葉は氷の結晶のようだった。
ハルトは内心あせりながらも、笑顔で続ける。
「あの場にいたのですから、あの方も役職に就かれているのかと思いました」
「いいえ。あの人は陛下に取り入って、あの場にいただけのでしゃばりですわ。一応、ブリトン国五大貴族の一つハプスブルク家の姫ではありますが、陛下との血の繋がりは遠くてよ」
ハプスブルクとは耳なじみのある名前だ。ブリトンもイギリスを連想させて覚えやすい。だが、聴いても居ないのに血の話をするとはさすが貴族といえばいいのか。彼女が固執しているだけなのか。血の恐怖は歴史が証明しているため、濃いから良いとは思えなかった。
「とても綺麗な姫君でしたね。まるで絵から飛び出してきたような、本当に美しい人。ご親戚ですか?」
わざと地雷を踏むような質問をしたのは、とにかくこの女を食事が終わるまで黙らせるか、席を立ちたかったからだ。
アリステルは手に握っていた銀食器に思わず力を込めてしまった。
ここまできてあの女の話なんて、なんでこうなるのか。やはり召喚前に追い出しておくべきだった。
皆が容姿の美しさを賞賛し、興味を持つ。自分のことなんて忘れて。どこまでも忌々しい女。
でも今回は違う。女神は私を選んだ。あの女ではなく自分を。この勇者は自分が導き国を救う。そうすれば、あの女なんて彫像のようなものだ。今だけ、今だけ耐えれば。
アリステルは苦々しい思いを押し殺して、微笑んだ。
「えぇ、親戚です。同じ歳ですのよ。――さぁ、召し上がって。明日からハルトには、勇者として鍛錬してもらわなくては」
ハルトは本能的にこれ以上はまずいと判断し手を動かした。
訂正あればご指摘お願いいたします。