二話
キャラの方向性が決まらないなり(焦り
今でも、目を閉じればあの紅蓮の炎を思い出す。
迫り来る魔物の軍勢、飛び散る鮮血、肉の焼け焦げる匂いと、気化した人油でベタつく肌。
もし、彼が来なければどうなっていたのか。
もし、己がその日の商品として陳列されていたらどうなっていたのか。
もし、親に捨てられていなかったら、どうなっていたのか。
もしを思ってもどうしようもないが、それでもイフの出来事を思うのは人の性か。
「アレン、お風呂使っていいよ」
瞼を開ければ、薄着の上から薄手のカーディガンを羽織った少女の姿がある。
答えながら、椅子の背に預けた身体を起こせば、筋肉が強張って少し起き上がるのに時間がかかった。
ニアが声を掛けてくる。
「ん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないね、マジできつい」
軽口を叩き、疲労から来る身体の強張りをほぐしながら風呂場へと向かう。
リーナの泊まっている場所は都市の西部に構えられた民間警護商会だった。
民間といっても、その根底にある組織は三大流派の一つ、『星衝流』の本部である為かなり規模の大きい商会だ。
『星衝流』はステラ・リリエンカールが創始した剣術流派で、その理念は《護る剣》とされている。実力のある著名者も多いため、警護における信頼という意味ではこれ以上の流派は無いだろう。
「・・・妙だな」
暫く歩いて、アレンは段々と人通りが少なくなり始めている事に気付いた。
先程までは多くの人が行き交っていたのに、既に清掃員の姿がちらほらと見えるだけだ。
どうやら、男用の風呂場に近づけば近づく程に人の姿が少なくなっていっているようだった。
疑問に思いながらも風呂の扉を開ける。
やはり、広い脱衣所にも誰も居ない。
使われているカゴが一つしかない辺り、入っているのも一人だけのようだ。
少し考えてから、考えても無駄だと判断、脱いだ服を籠に入れて風呂場の扉を開ける。
すると、風呂場にアレンとは別の声が響いた。
「誰だ?」
そこに居たのは一人の少年だった。
燃えるような赤毛を伸ばした、小柄な少年。
ただし、その肉体には歴戦を思わせる傷と無駄の無い、戦う為の筋肉が付いている。
(強いな、この少年)
「うちのものじゃ無いな。けど、その立ち姿から分かるぜ〜」
不敵な笑みを浮かべる彼は風呂から立ち上がり、ズンズンと近づいてくると、アレンの目の前でその足を止めた。
「強えだろ。あんた」
☆
勢い良く部屋のドアが開けられる。
「すいません!アレンさんはもうお風呂ですか!?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「ああ、まずいです!」
慌ただしくニア達の部屋に入ってきたのはこの部屋本来の主人、リーナだった。
読みかけの本に栞を入れて向き直る。
「どうしてそんなに慌ててるの?」
会話が成立するよう、リーナにゆっくり問いかける。
しかし、
「すいません、説明してる暇が無いんです!取り敢えずお風呂に行きましょう!」
「?・・・分かった、私も行くから、行きながら説明してくれる?」
「分かりました!急ぎましょう!」
部屋を出てから、流石に人も多い屋内で全速力を出す訳にもいかない為、小走りで風呂場に向かう。
「で、どうして?」
「男性用の風呂の使用には暗黙のルールがあって、三時から五時の間はただ一人の人物を除いて入浴は禁じられているんです!」
「ただ一人?」
「ええ、この商会の前身にあたる《星衝流》三代目当主の孫、シュテルン・A・リリエンカール師範代が風呂を使用する時、他の何人も入ってはいけないとされているんです!」
「何それ、随分と横暴だね」
「ですが、彼にはそれだけの実力があります。一度不満を垂れて入った者が居ましたが、二度と剣を握れなくなりました」
「ふーん」
「っ、何でそんなに余裕そうなんですか!?師範代は私よりも遥かに強い人です、今頃、アレンさんが酷い目に遭っているかもしれないんですよ!?」
「問題無いよ、アレンは・・・」
最後のニアの言葉はリーナには届かなかった。
それよりも先に風呂場の方から高笑いが聞こえてきた為だ。
青褪めたリーナが耐え切れずに、全速力で風呂場の扉へと向かう。そして、扉を開け放つと同時に頭を下げた。
「申し訳ありません!シュテルン師範代、この度のアレンさんの失礼は・・・」
「おう、別に良いよ。頭上げな」
「え?」
だが、そんなリーナに掛けられた声は意外な物だった。
気さくそうな、不機嫌からは程遠いその声に従って頭を上げても、想像していたような光景は無い、というか、完璧に予想外の光景がそこにはあった。
「男が女湯を覗くなら分かるけど、逆は珍しいね」
「私はリーナについてきただけ」
「あっそ」
大風呂で寛ぐ黒髪の少年とその隣のこれまた大きい風呂でビンから飲み物を飲む赤毛の少年、二人はこの広い浴槽の主人が如く振舞っていた。
「あの、アレンさん。大丈夫ですか?」
「何が?」
「いえ、その師範代から殴られたりとか・・・」
「問題ないよ。どっちかっていうと、見られている方が精神的にキツイかな」
「あ、すいません」
「ククッ、リーナ。その娘を連れて一旦出て行きな。しばらくしたら上がるからよ」
赤毛の少年は、指の間に挟めたビンでリーナを指してウィンクすると、口の端をニヤリと吊り上げた。
「さて、改めて自己紹介をさせて貰うぜ〜。俺はシュテルン・アーサー・リリエンカールだ。アーサーと呼んでくれ」
道場に備えられた上の間にて、巨大な玉座に寝そべった少年はそう口にしてから、退屈そうに欠伸をする。
すると、道場内にいた道場生らからの視線がより一層強くなった。
「嫌われてる?」
ニアが尋ねると、
「俺も嫌いだからな。好かれてたら逆に気持ち悪いだろ」
アーサーはさも当然といった具合に笑う。
道場の師範代がそれはどうなのかとアレンは、思ったが経営が回ってる以上問題は無いのだろう。
「もう、師範代も少しは歩み寄る姿勢を見せて下さい」
「ハハ、無理だな〜。弱い奴らとは付き合いたくねえんだ」
傍に立つリーナは諦めたようにため息を吐いて、額に手をやる。
「なんだ、疲れてんのか?風呂入ってくれば?」
「誰のせいだと思ってるんですか、それにまだ業務が残ってますので」
「そか、頑張れよ」
「言われなくとも。では、お二人も、部屋は好きに使ってくれて構いませんので」
「ああ、感謝するよ」
そう言ってリーナが立ち去る。
それを見送ってから、アーサーは二人に向き直った。
「さて、リーナも居なくなったし本題に入ろうか。アレン、探し物をしてるんだろ?それは何だ?」
「・・・ニア」
「分かった」
アレンがニアに目配せする。
すると、彼女は羽織っていた外套の下から一本の巻物を取り出した。
「スクロールか、良いもんを持ってるな」
巻物、スクロールと呼ばれるそれは、魔力を通しやすい素材で作られた紙に魔法陣を描くことで作られる。
魔法の知識が無くとも、魔力さえあれば誰でも使えるそれは、魔法大国、《ガルティーナ》でしか作られていない、超高級品として知られる。
「悪いが、道場の連中からここを隠して貰えないか?あまり、見せびらかしたいものじゃ無い」
「オッケーだ。天幕を降ろせ」
その一言で脇に控えていた女性二人が上の間の天井に備えられた天幕を掛ける。
完璧に外から隠されたのを確認してから、ニアが巻物を広げてそれに記された魔法を発動させる。
それは召喚術だ。
どれほど離れた位置にあっても、二対の魔法陣の上に置かれた物を相互転換できる高等術式。
そして、輝きが収まった時、そこには巨大な箱が置かれていた。
横幅10メートル、縦幅2メートル程の漆黒の巨大なケースだ。五重のロックを掛けられた巨大なそれを開ける。
「これは、武器か?」
見ただけで、それ一つで家が何軒も買えるであろう事が伺えるそれの中に入っていたのは四本の武器。
長剣、戦斧、戦鎚、弓。
しかし、それらはどれも錆びていたり、破損したりしており、とてもその真価を発揮出来るとは思えない。
「まあ、そうだな。今、俺達はこれに似たような大剣を探しているんだ。印としては、この紋様が武器の何処かに刻まれている筈なんだが」
長剣の持ち手に刻まれた、錆び付いて分かりづらいそれを指差す。
それは、周りを7つの武器で囲まれた太陽のようなデザインをしており、かなり特徴的だ。
「・・・悪いが知らねえな。だが、錆び付いた武器って事なら妙な報告があった」
「報告?」
「ああ、うちの連中が護衛の仕事中に見つけたらしいんだが、近くの砂漠の道中に遺跡があったらしくてよ、その遺跡に踏み込んでみたら、錆び付いた武器が何本も転がっていたらしいんだ」
「詳しく聞いても?」
「ああ、つっても、そんなに話す事は無いんだけどな。見つけた後だが、その内の何本かをその場に居合わせた鍛治師が研ぎ直そうとしてみたら、どれもこれも研ぎ石が駄目になるばかりで、武器の錆が落ちる様子は無かったらしいんだよ。んで、興味深いって事でその内の一本だけを護衛中の商隊が持ち帰ろうとしたらしいんだが、遺跡からそれを持ち出した瞬間、ボロボロになって崩れ落ちたから、結局無理だった、これが話の全部だ。どうだ?」
「・・・遺跡の場所を教えて貰ってもいいか?確認してみたい」
「オーケーだ。じゃあ、交換条件成立だな」
「ああ」
アレンとアーサーが二人して握手を交わす。
「交換?」
「あ、そうか。言ってなかったな。交換条件ってのは・・・」
「最近困っている依頼があってな、うちの連中じゃ無理だってんで、お前らに頼みたいって話だ」
アーサーが言葉を引き継ぐ。
それを聞いて、ニアは心底から呆れたような視線をアレンに送った。
「信じられない。パートナーの私に相談も無しに」
「いや、それはすいませんといいますかね」
「・・・別に良い、貴方に振り回されるのは慣れてるし」
「ありがとう!」
「暑苦しい、離れて」
アレンがニアに抱き着く。
口でこそ否定しているものの、ニアの方も拒絶する訳でもなく、なされるままだ。
「二人は番いなのか?恋人にしては距離が近過ぎる気がするが」
その様子を見て、アーサーが尋ねる。
アレンに尋ねたつもりだったのだが、意外にも首を振ったのはニアだ。
「私達は姉弟、血は繋がってないけど同じ親に育てられた」
「成る程、家族のそれというわけか。納得したよ・・・アレン、少し時間はあるか?」
「?、あるけど」
「なら、付き合え。たまには同格の奴と鍛錬をしたいと思っていたんだ」