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第二話 四月三十日 立往生

(―――さむ、い)

うっすらと意識を取り戻した私がいたのは病院の処置室だった。

「あら、目が覚めたのね。ここ病院よ、分かる?」

白衣のナースがそう言って私の顔を覗き込む。

(いきて、る)

あれだけ破裂しそうに脈打っていた心臓も今はおとなしい。

ただ、全身がぐっしょりと濡れていて肌寒かった。

けれど、声を出そうにも口の中はカラカラで、唇はカサカサだった。

「先生、黒崎さん目を覚まされましたよ」

ナースの声に、隣の部屋から白衣の男性がやってきた。

「君、倒れたんだよ。記憶にあるかい?」

声が出せない私は、ただ一度首を縦に振った。

「血液検査もしたけれど、特に異常は見つからなかったよ。持病、あるかい?」

ゆっくりと首を横に振ると、医師は「そうか」と言った。

「これから検査を受けてもらうけど、おそらくはパニック障害だろうね」

「・・・・・・っ、ぁ」

「ああ、喉がカラカラで声が出ないのか。君、彼女に水を持ってきてあげて」

「ええ、はい、分かりました」

少しして手渡されたコップの水を私は勢いよく飲んだ。

スッと喉を通り越していく水の感覚が、心地よい。

ひと心地つけた私は、医師に向かって問うた。

「パニック障害ってなんですか・・・・・・」

「そうだな・・・・・・」

そう言って医師が告げた内容はこうだった。

パニック障害とは、突然起こる激しい動悸や発汗、頻脈、ふるえ、息苦しさ、胸部の不快感、めまいといった体の異常と共に、このままでは死んでしまうというような強い不安感に襲われる病気なのだと。

体をいくら調べても異常は見つからず、そして発作を何度も繰り返すのだという。

「これから心電図検査を受けてもらうけど、おそらく異常は出ないだろうね」

「心の病ってことですか?」

鬱病とか、そういう類のものなのだろうか。

「いや、心というよりも脳の病だね。僕は専門外だけど、パニック障害はストレスからくる脳の病だ」

「脳の、病・・・・・・」

「手術とかを必要とするものではないよ。薬を飲んで直すことになるだろう」

「そう、ですか」

ふと、頭の中に仕事のことが浮かんだ。

「あ、あの、仕事に戻れますかっ」

「検査が終われば、と言いたいところだけれど今日はもう休みなさい。上司の方は外で待っているよ」

私は急いでベッドから起き上がると、処置室の外へと出た。

「あ、アイリちゃん。大丈夫かい?」

「安達さん・・・・・・」

「急に倒れたから心臓発作でも起こしたのかと思ったよ」

「私も・・・・・・そう思いました」

安達さんは広い額を撫でながら、安心した、と言った。

「けれど、今日は休みなさい。まだ検査もあるみたいだしね。私は仕事に戻るけど、ここからなら君の家までそれほど無いし、歩いて帰れるだろう」

病院の名を聞けば、確かに私の住むマンションまで歩いて帰れる距離にある総合病院だった。

「はい、そうします。ご迷惑おかけしてしまって、すみませんでした」

ペコリと頭を下げると、ふらりと足元が揺れた。

「おっと、今夜は安静にして寝るんだよ」

「はい」




それから心電図検査を受けた私の結果は、異常無し。

その結果を受けて、精神科へと案内された私は、パニック障害の烙印を押されることになった。

ふらふらと病院から帰る道すがら、私は薬局により、処方箋の薬を貰う。

向精神薬という特別な薬を処方され、丁寧に説明を受ける。

主に夜服用する薬ばかりで、種類は五つを数えた。

「お大事にどうぞ~」

薬剤師にそう言われ外に出ると、薄曇りの空がそのまま落ちてきそうな気分だった。

パニック障害。

あの苦しみが今後何度も発作となってあらわれるという。

今思い出しても怖い。

ぐしゃぐしゃに濡れたままの服は、外の風にあたると余計に肌寒く、ぶるりと私は身体を震わす。

これが全部汗で濡れたのだから、どれほどの汗をかいたというのだろう。

胸の辺りをそっとさする。

大丈夫、今は。

のろのろとマンションに向けて歩き出した私はまだ知らなかったのだ。

パニック障害が、どれほど厄介な病気なのだということを。




翌朝、重ダルい身体を起こそうとして違和感を覚えた。

身体が、言うことを聞かないのだ。

飲んだ薬のせいかもしれない。

身体がダルくて仕方がなかった。

目覚ましは既に鳴り終わっており、時計の針は朝八時を示していた。

「駄目だ・・・・・・全然頭が働かない」

仕事に行かなければ。

分かっているのに、頭がそれを拒否している。

それでも気力で身体を奮い立たせ、何とか着替えて食事した。

メイクは何故か面倒に想えてしまい、マスクで顔を隠すことにした。

そうして玄関に立った時、私は戦慄することになる。

―――外に、出られないのだ。

「っ、どうして」

ドアノブまで手を伸ばすことは出来る。

なのに、そこから先が出来ないのだ。

文字通りの立往生。

ドアノブを握る手が震える。

そう、これは恐怖心だ。

外に出るのが、怖い。

もしあの発作がまた起こってしまったら?

今度こそ死んでしまうかもしれない。

周りの人に醜態をまた晒すことになるかもしれない。

私は震える身体を抱き締めて、ただただそこに立ち尽くすことしか出来なかった。

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