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第8話 騙されたけど良かったみたいです

「ねえ。背中流してよ。」


 ほら来た。早速、誘惑が始まるようだ。


「ダメです。」


「だってマッサージも受けられるんでしょ。背中くらい流してくれても。」


 リサは何か勘違いしているようだ。マッサージと三助とは違うんだけどな。マッサージ台の上なら身体を洗う類のメニューもあるが内緒にしておこう。


「専門のスタッフを呼びましょうか?」


「んもう。もういい!」


 そう言ってリサが風呂場のほうに入っていったので、僕は従者の部屋に戻る。


 なにしろ露天風呂は庭にあり、ライトアップもされていて部屋から丸見えなのだ。


「チッ。」


 またしてもリサの舌打ちが聞こえる。どうやら露天風呂から誘惑しようと考えていたらしい。


 そしてリサの鼻歌が庭の方向から聞こえてきた。これはある意味苦行だ。覗こうと思えば簡単に覗ける。必死に理性の紐に縋りつく。


 しばらくすると心が落ち着いてきたので、机に向かい勉強をすることにする。


 今日一日で随分と変わってしまった。加奈さんの気持ちも聞けた。結婚どころか僕をこの旅館の跡継ぎにしたいらしい。どんな形でも彼女のためになるのならそれでいいか。


 加奈さんはあまり旅館の女将をやりたくないらしい。どうやら先代の女将さんと何かがあり、無理矢理跡を継がされたのだと他の従業員から聞いたことがある。


 今年の夏休みはグァム州で『ミルキーウェイ』の勉強だ。『センサーネット入力』装置を使い、『ミルキーウェイ』を操る自分を想像する。男の子なら誰でも1度はあこがれる。アニメの世界でしか見れなかったものが自分の手で動かせるのだ。


 そのときだった。突然、悲鳴が聞こえた。


 僕は慌てて隣の部屋に飛び込むと露天風呂から水飛沫が上がっている。


 一瞬、躊躇したが構わず露天風呂に直行した。


「やっと来たわね。」


 や・ら・れ・た。


 まんまと騙されたらしい。僕はその場にへたり込む。


 下から見上げたリサの裸体は神々しかった。組んだ腕から溢れんばかりの大きな胸に、キュッとクビれたウエストに、物凄く高い位置にあるお尻。


「勘弁してくれよ。何処も怪我は無いんだね。良かった。」


 そのどれもが、どうでも良かった。僕は彼女の身体を隅々まで見て怪我の跡が無いことに安堵した。


「何よ。もっと違うことを言うんじゃないの?」


 叱られる覚悟だったらしい。


「リサ。こんな誘惑の仕方は止めてくれ。命が縮むかと思ったじゃないか。」


「本気で心配してくれたの? 私、嫌われていないのね。」


 そう言ってリサが立ち上がった僕に飛びついてくる。全く何を考えているんだか。


「嫌ってなんかいないよ。」


 嫌いなら完璧に拒絶する。決してリサに近付かないに違いない。嫌いだったら、どんなにか楽に違いない。


     ☆


「何、もうそういう関係になったの? 意外と手が早いのね。あゆむくん。」


 リサを抱き締めたまま部屋に戻るとそこには加奈さんが居た。


「あっ・・その・・・。」


 言い訳ができる体勢じゃない。もう終わりなのか。


「冗談よ。露天風呂の声は響くから、気をつけてね。リサさんも程々にね。」


 全て聞かれていたらしい。何を気をつけろと。


「ごめんなさい。」


 リサが加奈さんからバスタオルが渡されたので慌てて後ろを向く。全部見たけど礼儀のうちだよね。


「流石は私とあの人の子供だわ。ここまで男前だとは思わなかったわよ。」


 だが後ろから聞こえてきた加奈さんの言葉に驚く。


「えっ。どういうこと?」


 僕は振り返り加奈さんに詰め寄る。


「あれっ。知らなかったの? 貴方を産んでくれたお母さんは不妊症で私が卵子を提供したのよ。」


 加奈さんは僕の父親の大学の生徒だったらしい。僕を産んでくれた母は何かの障害で排卵できない身体だったそうで、子供を諦めていたそうだ。


「それを聞きつけた私が卵子の提供を申し出たというわけよ。母親・・・先代の女将には怒られたけど、将来旅館を継いで婿を取ることで了承して貰ったわ。」


「どうして、加奈さん・・・お母さんは、どうしてそんなことを・・・。」


「うん。好きだったのよね。横恋慕していたのよ。最低でしょ。貴方を引き取らないなんて選択肢は初めから無かったの。あの人が申し出てくれなくてもね。」


 父と母の姿を思い浮かべる。あの母と血が繋がって無かったなんて想像できない。愛情をヒトカケラも疑ったことなんて無かった。


「そんなこと知らなかった。」


 加奈さんが僕と結婚する将来は初めから無かったんだ。良かった言わなくて。


「あれっ。じゃあ、君が慕っていてくれたのって何だったの?」


 うわっ。バレている。恥ずかしい。


「・・・・。あのう・・・うちの親戚が・・・。」


「ああ、あの噂ね。調べたら引き取りたいと仰られた君の遠い親戚の1人は事業に失敗していたらしいの。だから初めから会わせなかったわ。でも貴方も会ったもう1人の方は純粋に好意で引き取りたいと仰られたみたいだけど渡すわけが無いでしょ。DNA鑑定と卵子提供の書類をお見せして引き下がって貰ったわ。」


 僕の勘違いだったみたい。あの人には悪いことをしてしまった。


「そうだったんですか。」


「お腹を痛めて産んだわけじゃないから、今まで通り、加奈って呼んでくれると嬉しいわ。そんな訳だからリサさん。誘惑しても無駄よ。例え関係を持って妊娠したとしても、そんなこと大したことじゃないの。私からあゆむくんを奪うことなんか出来ないわ。」


 何か飛んでもないことを聞いた気がする。僕がリサと関係を持つ。しかも妊娠とか言っている。


 確かに血の繋がった母親なら僕が妊娠させた責任を取って地球連邦軍に入ろうとしたら、何が何でも引き止めるに違いない。


「でも私は諦めません。」


 ジッと聞いていたリサが再び真剣な表情になる。


「お嫁さんになりたいだけならいいけど。その場合、旅館の女将になって貰うからね。」


 蓉芙コンツェルンの副総帥を旅館の女将にする。そんなことができるのだろうか。イヤできないだろう。天の月を地上に引き摺り落として縛り付けるような行為だ。


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