第7話 何故か訓練を受けることになったようです
「勝手に決めてごめんなさいね。」
その時、加奈さんが襖を開けて入ってきた。襖の向こうで様子を窺っていたらしく、絶妙なタイミングだ。
「何故ですか?」
僕は振り返らずに前を向いたままで返す。加奈さんの表情を見れない。僕のことなど、本当はどうでもいいと思っているのだろうか。そんな表情をしていたらショックどころの問題じゃない。
「例に寄って、君の地球連邦軍への入隊の件でリサが女将さんを説得しようとしたんだが、『大切な跡継ぎにそんなことをして貰っては困る。』と仰られてね。」
那須議長に質問したと思われたのか。別のところから回答が返ってきた。
加奈さんに取って僕は息子なんだ。ガッカリした気持ちとホッとした気持ちがないまぜになっている。
「旅館の運営は人任せに出来るとリサさんが仰られてたので、つい売り言葉に買い言葉で君にリサさんの世話をさせることで旅館に必要な人材か見極めようということになってしまったの。」
それはリサに嵌められてはいますよ。常にリサが僕の傍に居ることでなんとか説得しようという魂胆なんだろう。
僕さえシッカリしていれば済む事なんだ。例えリサがどんな誘惑をしてこようとしても毅然と・・・できるかなあ。
「ちょっと待ってください。期限は決めてあるんですか?」
数週間ならまだしも何年も続けられたら・・・無理だ。復習の時間のヴァーチャルリアルティ時空間の中の出来事を思い浮かべる。接客をしながら何処まで耐えられるだろうか。
「貴方が高校3年生になるまでよ。高校3年生になったら、ミッチリと旅館業について学んで貰うつもりだったの。」
今が夏休み前だから、9ヶ月もあるじゃないか。そんな長期間誘惑に打ち勝つなんて無理・・・だけど、そんなことをこの女性たちの前で言うのは気が引ける。
「ちょっと待って、期限があるなんて聞いてないわ。それでは一方的にコッチが不利よ。そうだわ。夏休み中を使って、グァム州の地球連邦軍の基地で『ミルキーウェイ』について学んでほしい。もちろんタダじゃない。給料も出るし『センサーネット入力』装置が使えるようにもしてあげる。」
「行きたい!」
うわっ。しまった。思わず本音がポロリと零れてしまった。口を手で塞ぐが間に合わない。
「あゆむくん。本当にいいの?」
加奈さんが胡乱げな顔で尋ねてくる。
「あ、いえ。その・・・。」
僕は言いよどむ。真っ先に僕が裏切ってどうする。でも『センサーネット入力』装置は使いたい。
「仕方ないわね。苦しんでいたものね。傍で見ていてもツラいくらいに。・・・安全面さえシッカリして頂ければ異論は御座いません。」
「では教育期間中、簡易防弾スーツをお貸ししましょう。」
防弾スーツとは那須議長がテロ戦のときに使ったもので、僕が借りれるのは頭と内臓を保護できる簡易版だということだった。
☆
早速、僕の部屋から荷物が運び出される。ここでも『ゲート』を使用するらしく。目の前から机や箪笥やベッドなど、渚佑子さんの手によって全ての荷物が消えうせた。便利過ぎだよね。
最終確認のため、ガランとした僕の部屋で那須議長とリサと加奈さんで、僕がお世話をするのは午後10時までで、それから午前6時までの間、緊急の場合を除き、互いに行き来はしないことなどが話し合われた。
「この配置でいいかしら。」
『鳳凰の間』に戻ると僕の部屋の配置そのままに家具が並んでいた。渚佑子さんが並べてくれたらしい。小さな見た目とは違い、凄い力持ちらしい。
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、僕らはこの辺りで失礼するよ。」
那須議長と渚佑子さんは泊まっていかないらしい。
「お構いも出来ませんで申し訳ありませんでした。」
僕は正座したまま、頭を下げる。
加奈さんがお見送りに立っていった。
「お腹がすいたぁ。夕ご飯を一緒に食べよ。」
頭を上げるとタイミング良くリサが声をあげる。次は配膳をしなくてはならないらしい。
「今日と明日の朝は決まったものしか用意できませんが、明日からは如何致しますか? リクエストなどございますでしょうか。」
この旅館は宿泊料に朝夕の食事代も含まれている。ランク別に決まりきった食事を出しているが多少の融通は聞く。『鳳凰の間』のお客様で長期逗留となるならば、かなりのリクエストは受けられるはずだ。
「もしかして、ずっとその喋り方で通すつもり?」
「ええ、お客様ですから。」
何処かで線を引かないと簡単に崩れてしまいそうだ。
「学校では変えてくれるんだよね。」
「ご希望とあらば。」
「あーあ、失敗したかな。なんか頑なになっちゃったね。」
それはそうだ。そういう手段を使ったのだから、そこは我慢してもらうしかない。
艶めいた唇から零れ出す言葉を聞いているだけでも挫けそうになっている。こうやって常に引き締めていないとフラフラっと・・・。
ガッカリとしながらも微笑みかけるリサを置いて、内線電話から配膳の連絡をいれる。丁度、良い時間らしくすぐに持ってきてくれるそうだ。しかも僕の分まで用意されていた。加奈さんが手配していてくれたようだ。
部屋のチャイムが鳴り、僕は部屋の前までお膳を取りに行く。流石は最高級の部屋だ。料理長みずから手を振るった料理の数々が並んでいる。
急なことだったのだろう。高価な材料は少ないものの、手の込んだ料理ばかりだ。
「何かお飲みになりますか?」
「ウーロン茶がいいな。」
良かった。酒とか言われなくて2人とも未成年だ。部屋に備え付けられた冷蔵庫からウーロン茶の瓶とコップを取り出すと静かにリサの前に置く。
「注いでよ。」
「はい。」
コップを突き出したリサに微笑んでしまう。小さな子供みたいだ。
「何よ。」
「可愛いね。」
イカンイカン。思わず本音がポロリと零れてしまう。気を引き締めると誓ったばかりだというのに。でも顔を上げるとリサの顔が真っ赤になっていた。意外と純情らしい。