第6話 何故か一緒に住むことになったようです
「貴女が渚佑子さんですか?」
塾の前で待っていたのは小柄な日本人だった。いかり肩の筋肉ウーマンを想像して緊張していた僕は溜め息をつく。あの親子に騙されていたみたいだ。
「そうよ。服部あゆむくんね。貴方に『Y2』は渡さないからね。」
キッと睨んでくる。えっ。もしかしてビアンなのだろうか。
合ってても間違っていても、そんなことを聞いたら、セクシャルハラスメントだ。
同性愛者も独身貴族と同様に子孫を残す義務を放棄する代わりに重い税金を掛けられるが、差別されずに生きる権力を持っており、少しでもセクシャリティな言動を行えば刑事罰が待っている。
地球連邦設立加盟時に日本国でクーデター騒ぎがあり、クーデター勢力は壊滅したものの国内法では支障がありすぎるとして、地球連邦加盟の一時期のみ天皇制摂政政治が導入され、それまでの日本国憲法は破棄されており、その時に決められた真日本国憲法の中で新たに決められたことのひとつでこれにより、子供を育てる世帯と独身を謳歌する世帯に真の平等が訪れたと言われている。
今でも日本州の州内法には引き続き真日本国憲法の国内法部分がそのまま使われている。
「よろしくお願いします。」
とにかく下手に出ておいたほうが良さそうだ。
「よう。プリンセス・リサの次は、このちんまい姉ちゃんかよ。OLDTYPEの癖しやがって、ようもまあ次々と。」
ヤバイ。高校のお坊ちゃまグループだ。
これは地球連邦憲章にも書かれているのだが真日本国憲法でどういった学歴の人間にも就業機会を与えるため、どの企業に対しても一定割合高卒採用を義務付けた。
一部企業を除き、それまで大卒でないとどの企業も採用しなかったが、開発職などの希望が無ければ大半が高卒で就職するようになった。
親は企業の上層部で働く管理職でコネ入社が決まっているため、箔をつけるために大学に行くグループである。従って高校時代は青春を謳歌するタイプで彼らには大抵特定の彼女が居る。
さらにレベルの高いリサと僕が仲良くしているのが気に入らないらしい。
わざわざ通っている塾まで突き止めて終るのを待っていたみたいである。
「放っておいてくれないか。」
関わるのは馬鹿馬鹿しいので横を通り過ぎる。
「なんだとこのヤロー。ちょっと、気に入られたからって、調子こいているんじゃねえよ!」
ひとりの男に胸倉を掴まれた。この男、意外と力があるらしく身体が浮く。
「むう。誰が『ちんまい姉ちゃん。』よ。」
ガードする相手が殴られそうになっているってのに、怒るところソコかよ。
何処にそんな力があるのか。一瞬にして男が吹っ飛ぶと僕は放り出された。いい加減だな。
「その女性はリサのボディガードなんです。怪我をしても知りませんよ。」
事後だが一応警告する。残った同じグループの男たちは吹っ飛んだ男と渚佑子さんを見比べると慌てて逃げ出して行った。
「この後、何処かに寄るところがある? 出来れば『ゲート』を使いたいんだけど。」
何事も無かったかのように聞いてくる。このくらいのトラブルは日常茶飯事なのだろう。
流石は蓉芙コンツェルンのボディガード。2点間を瞬時に移動できる『ゲート』を持っているらしい。
アメリカ州、ロシア州、イギリス州、ドイツ州、オーストラリア州、南アフリカ州、インド州、日本州などといった主要な州には地球連邦の本部があるグアム州に繋がる『ゲート』が設置されている。
海に囲まれた日本州と言っても空港に設置してある『ゲート』を使えば州境は無いに等しい。
だけど、どうやって使うのだろう。『ゲート』は決められた時間しか使ってはいけないことになっているはず。
「あのどうやって「ほら、行くわよ。」わぁーーっ!」
渚佑子さんに手を引っ張られたと思ったら、もう旅館の玄関口だった。足元には『ゲート』らしきものも無い。
「何よ。『ゲート』を使ったことが無かったの?」
「いいえ。そんなことはありませんけど。どうやって使ったん「何ブツブツ言っているのよ。ここでいいわね。」」
質問を遮るように話して、僕を置いていく。まあいいけどね。
そのまま渚佑子さんは『織田旅館』と看板に書かれた玄関口を入っていく。ここに泊まる気らしい。結構、高いんだけど。蓉芙コンツェルン持ちだから大丈夫か。いらない心配だよな。
僕はそのまま勝手口のほうに回りこむ。
「あっ。お帰りなさい。食事の前に『鳳凰の間』に行ってきてほしいの。先様のご要望なのよ。」
加奈さんが申し訳無さそうに言ってくる。これくらい、どうってことないのになあ。
こういったことは珍しく無い。僕の何が良いのかわからないけど、気に入って下さってご指名してくださる方が居るのだ。大したこともしていないのに何度もお礼を言ってくださったり、チップをはずんでくださるのだ。
「はーい。」
僕が返事を返すと加奈さんはホッとした顔を見せる。
「後で私も伺うわ。」
余程、重要なお客様らしい。気を引き締めていかなくてはいけないみたいだ。
☆
『鳳凰の間』は本館近くの別棟になっており、玄関口に直結した廊下で通じている。周囲を塀で囲んでおり、完全に隔絶された空間になっている。
「失礼します。」
部屋の扉は開いていたので、主客側の襖の前で正座をして手をついてから声を掛ける。
『鳳凰の間』は付き添いの方も隣の部屋に泊められるようになっているが今回は使用されてないということだった。
この部屋は旅館の一番高くプライベートな庭と共に露天風呂がついている。更に内風呂も付いており、隣にマッサージルームまで完備されている。
マッサージルームは大浴場にも付いており、専門のスタッフを外部から呼ぶこともできるし、簡単なマッサージくらいなら従業員もできるようになっている。もちろん僕も研修を受けているが流石に指名されたことは無い。
『どうぞ。』というお客様の言葉を聞いてからゆっくりと襖をひき開ける。
そのあと再び頭を下げて、挨拶をするところなのだけど止まってしまった。
目の前には那須議長とリサ、そして渚佑子さんが居たからだ。
「失礼いたしました。服部あゆむです。お呼びとお聞きしまして参りました。」
3秒で自分を取り戻して、頭を下げた自分を誉めてやりたい。
何故、このことを予想しておかなかったんだ。加奈さんも言ってくれればいいのに。頭を下げながら、頬に冷たい汗が滴り落ちているのを感じる。
「まあ、入って入って。」
那須議長が気安く声を掛けてくださる。でもその先にいるのは鋭い視線の渚佑子さんだった。
「はい。失礼します。」
部屋の中に滑り込み、襖をゆっくりと音を立てないように閉めて、お客様の方を向いて正座し直す。
研修内容を思い出しながら、ゆっくりと流れるように手順を進めていく。今までで一番緊張している。
「この旅館はいいところだね。なにしろ従業員の教育が行き届いている。以前、総帥が泊まったことがあってね。良く聞いてはいたんだ。」
その話は聞いたことがある。地球連邦に日本州が加盟した頃にこの旅館が建ったらしく、この建物は修繕につぐ修繕を繰り返し300年以上の歴史を持っているのだという。初代の女将さんの頃に蓉芙コンツェルンの前身である蓉芙財閥の当主が良く通っていたそうだ。
『織田旅館』は初代の名字だそうで、夫婦別姓でも同姓でも平等に選べる今となっては加奈さんの曾祖母様とは思えない。まあ僕に取っては全くの他人なんだけど。
「はい。ありがとうございます。」
「リサが君の学校に通うにあたって、ここに逗留することに決めたんだ。ここなら警備体制も万全だし、なにしろ君と一緒に通うなら、これ以上無い物件だ。」
この近くには日本州千葉県警察本部があり、選挙で選ばれる本部長以下首脳部の利用こそ無いものの課長クラスは旅館を良くご利用頂いているようだ。
これも真日本国憲法で変えられたことのひとつでキャリア官僚制度が廃止され、当時の事務方のトップクラスも選挙で選ばれた議員が着任することになっている。
それはクーデターを引き起こしたのが防衛庁と警察庁のキャリア官僚だったかららしい。
「そうですね。」
マニュアル通りに相づちを打っているがヒヤヒヤものだ。お客様なのだ。了承するしか無い。嫌だなんて言うわけにはいかない。
「そこで君に隣の部屋に来て貰ってリサの世話をしてほしいんだ。リサはお嬢様育ちでね。メイドを連れてくるわけにもいかなくて。もちろん、女将さんの了承は頂いている。」
頭が真っ白になる。何を言っているんだろう。幾ら旅館内だとはいえ、若い男女がひとつ屋根の下で暮らせと言うのだろうか。