エピローグ
「あれっ。マイヤーさん。皆さんは何処にいらっしゃるんですか?」
到着した先はチルトン・イン・ザ・ムーンのインペリアルスイートだった。
ソファーにはマイヤーさんが意識が無いリサを抱きかかえるように座っていた。
おそらくリサが『Y1』を起こして僕の救出に向かうようにお願いしたのだろう。
万能に近い能力を持つ『Y1』でも居場所が不明な僕の救出は無理だと思う。だから転移魔法陣が起動するまで待っているしか無かったはずだったのだが、何があったのだろう。
「那須はそこに転がっている。あの人と渚佑子は核融合炉に向った。いまごろ空間連結魔法を辿って核物質の回収をしているはずだ。」
心なしかマイヤーさんの声に怒りがこもっている。マイヤーさんが指さす方向を見てみると両足が灰になった状態の那須議長が本当に転がっていた。
「やあ、あゆむくん助かったんだね。良かったぁ。これで渚佑子さんに消滅させられずにすむ。できれば少し血を分けてくれないだろうか?」
またしても渚佑子さんを怒らせたらしい。いや多分『Y1』が怒っているのだろう。
「ハート公爵。この男・・・この化け物は何者なんだ。」
「陛下。那須新太郎地球連邦議長です。不老不死の吸血鬼でもあります。」
こんな姿を見られて隠しておけるはずもないので正直に話すことにする。
「わしらはこんな化け物相手に戦っていたというのか。地球人は何者なんだ。」
こんな性格の悪い吸血鬼と一緒にされてもなあ。だが目の前には吸血鬼とエルフという伝説上の種族が2人も揃っているのだ。
「陛下落ち着いて。皆さんもソファーに座ってください。まだ役者揃っていません。全て揃ってから、説明させてください。」
☆
「陛下。良くご無事で!」
その数時間後、皆でルームサービスの食事をしているところへ宇宙服姿の『Y1』と渚佑子さん、そして何故か狸公爵・・・いやクラブ公爵が現われた。
クラブ公爵の説明によると目の前から僕たちが居なくなった後、多くの死者が出たものの科学技術庁第1技術解析部がある部屋から地下原子炉まで凍結され、原子炉の核物質の分裂が止まったそうである。
その後、『Y1』と渚佑子さんたちが現われてクラブ公爵を含めた生存者が建物の外に運び出されたそうだ。
「いやはや。わしたちの自業自得というほか無いのに良くぞ国民たちを救ってくれた。アンドロメダ銀河帝国を代表して礼を言わせて貰う。本当にありがとう。」
那須議長が仕掛けた悪巧みも洗いざらい説明したが皇帝陛下が全面的に非を認めて頭を下げた。誰かさんとは違い往生際は良いらしい。
「あのう褒美を催促してもよろしいでしょうか陛下。」
「あゆむ殿。それでも陛下と言ってくれるか。嬉しいぞ。」
「はい。チイちゃんのお父さんですから。」
「よろしい。何でも褒美を取らす。といっても人質の身の上では悔しいが何もできないがな。」
「いいえ。陛下にはアンドロメダ銀河帝国に戻って頂きます。もちろん僕はプリンセス・チーの婿となるハート公爵。陛下の臣下のままです。但し、この地球・・・いや太陽系を名目上の公爵領としたいのです。」
「ちょっと待った。あゆむくん、地球連邦を売るつもりか。」
「那須。お前は黙っとれ。」
『Y1』が口を挟もうとする那須議長を牽制する。余程怒っているらしい。
「いいえ。あくまでこの太陽系が僕の物になっただけで統治形態は何でも良いと聞いています。ですから、地球連邦は銀河連邦に加盟したまま統治者を永遠に那須議長に委託します。」
「もしかして、僕は死ぬことも許されないのか。そんなぁ。」
那須議長は床に転がったまま、顔を手で覆い隠す。まあ僕からのささやかな復讐だ。
「なるほど。面白い。アンドロメダ銀河帝国も銀河連邦もここ数千年間技術の進歩は無かったが地球連邦が銀河連邦加盟わずか300年で独自の進化を遂げたので、それを取り込もうとしただけで銀河連邦と本気で喧嘩するつもりは無かったのだ。」
大戦など2度もやれば十分なのは銀河連邦側も解っていることだろう。
「さらに公爵としてのアンドロメダ銀河帝国内で交易する権利を利用して、転移魔法陣を使い銀河連邦とアンドロメダ銀河帝国間で物資を輸出入を行いたいと思っておりますのでお力添えを願います。」
元々、銀河連邦と地球連邦間では宇宙エレベーターを売り稼いできた実績がある。独自の進化を遂げた技術を小出しにしつつ貿易で儲けることができれば3者とも利益があるに違いない。
「わかった。ハート公爵の言うとおりにすると誓おう。良いなダイヤ公爵、クラブ公爵。」
「「御意。」」
ロバートさんとアンタッソさんが跪き答える。
「銀河連邦側は那須議長にお任せしますね。地球連邦で僕は1市民ですので・・・。」
「なっ・・・丸投げなの。何で丸投げなの?」
それまで静かに聞いていた・・・聞かされていた那須議長が驚きの表情を隠せないでいる。どうせこの人のことだから銀河連邦側の交渉で苦労すればいいとほそく笑んでいたのだろう。
「僕は誰かさんみたいに人を丸め込んだり、人を嵌めたりするのが苦手なんです。でもそうですか? 結末を見ずに消滅のほうが良かったでしょうか。渚佑子さん・・・「わかった。わかったから。」」
300年以上掛けて見てきた映画の最終シーンだけ見れずに退場させられるのは嫌なんだろう。簡単に了解を得られた。
「『Y1』・・・リサのことなんですが僕のことを忘れて貰ったほう「それはダメだ。止めてくれ。」」
リサに蘇生魔法を使い僕のことを忘れて貰うのが一番良いと思ったのだが、本人が嫌がるのでは仕方が無い。
「あゆむくんダメ。半分ずつにするという約束を破ったのは私なんだから。今度こそ約束を守りたいの。ねえ父上良いでしょう?」
しかもチイちゃんまで止める始末。リサのことが心に引っ掛かっていたらしい。
「チー。そなたがそれで良いなら何も言わぬ。服部あゆむ殿はリサ・ローランド・那須殿の婿で、ハート公爵はチーの婿だ。」
僕は私生活でも1人2役を演じなくてはならないらしい。両方正妻で両方側室だなんて混乱しないようにしないといけないよな。
☆
「『Y1』すみません。何も聞かずにこれまで守ってきたものを奪ってしまって。」
皇帝一家と2公爵と共にアンドロメダ銀河帝国に戻った僕は正式にハート公爵に襲爵した。プリンセス・チーとの結婚式も盛大に行なわれる予定になっている。
ハート公爵の公邸は月基地とは別の地球から見えない月面に置かれることになった。しばらくはチルトン・イン・ザ・ムーンのインペリアルスイートを独占使用することになっており、当分の間、アンドロメダ銀河帝国と往復することになりそうだ。
「前も言ったと思うが俺は既に死んだ人間だ。地球の未来は未来の人間の物なんだ。遠慮せずに奪っていけば良いんだよ。」
それでも少し寂しそうに笑ったのが印象的だった。
「もうすぐお別れですね。」
そろそろ僕が拉致されてから1ヶ月が経とうとしていた。
「それが・・・もう1ヶ月あるのだよ。リサが強引に俺を起こす代償として差し出したらしいんだが、どうしてなんだろうな。」
これが例の鈍感さなんだな。そこは何故と思ったら追求しようよ。
「ちょっと待ってください。そんなこと聞いてないですよ。ちゃんと思い出してください。リサが何を思い何のために余分に差し出したのか。渚佑子さんは一体何をやっているんだ。」
奥手にも程があるだろう。これでは何のためにリサが時間を差し出したのかわからないじゃないか。
「渚佑子は関係無いだろう。我々はお互いの記憶を出来る限り読まないことにしているんだ。魂が同じでも別人格なんだからな。」
その割には僕とのエッチのシーンは克明に覚えていたような気がするけど、僕のことで真っ先に思い出したのがあのシーンだったのかもしれない。
「リサの婿である僕が許可します。リサが僕を助けることと共に願ったことがあるはずなんだ。それがダメなら僕が渚佑子さんを説得します。それでもダメなら渚佑子さんの未来も僕が頂きます。」
とにかく時間が無さ過ぎる。どんな強引な手段を使ってでも貴方たちも幸せにならないと気がすまない。
「ちょっと待ちなさい。なんで・・・渚佑子な・・・そうか。・・・そういうことか。説教は俺が直接してくるよ。ありがとう。あゆむくん。間に合わないところだった。マイヤーすまない。行ってくるよ。」
ようやくリサの記憶を読んでくれたらしく、そのまま部屋を出て行った。鈍感と奥手か。最悪の組み合わせだな。300年以上も何をやっていたんだか。もったいない。
「ちょっとお節介だったですかねマイヤーさん。」
同じ部屋で静かに見守っていた人間・・・いやエルフに問いかける。
那須議長はわかる。ワザと突っ込まなかったのだろう。だけど他の人間が何も突っ込まなかったのは解せないのだ。
「そうよ。碌な死に方が出来ないと思ってなさいね。」
うわっ。本気で怒っているよ。正妻なんだから当然なのかもしれないが意外と激しい方だったんだな。
☆
これまでいろいろな修羅場を潜り抜けてきた。
衆人環視という点ではプリンセス・チーとハート公爵の結婚が発表になったときに夫となる立場として同席した場のほうが多くの人々が詰め掛けており、随分と緊張したはずだった。
だがリサと2人っきりでの婚約会見の記者会見場のほうが空気が重々しい気がするのは気の所為だろうか。
記者会見場の台座の中央付近にやや交差するようにして置かれた椅子に座り、右手でリサの左手を握るとリサが握り返してくれた。
質問の殆どが事前に用意していた回答ですむ問題だったのは那須議長に遠慮しての話だったのだろう。僕はリサの隣で必死に笑顔を作ることに専念していた。
「リサ様。よろしいでしょうか?」
婚約会見の時間があと少しになり、最後の質問者が手を挙げる。
「ええと三星新聞社の方ですね。」
「あゆむ様がリサ様の何処に惹かれたと思いますか?」
うわっ。なんて恥ずかしい質問をしてくれるんだ。
「そうですね。私は那須新太郎の娘として相応しい人間であろうとしてきました。でも彼は真っ正直で私の素の顔を知っても全く嫌な顔ひとつしなかった。それどころか、どんな態度を示しても私のことを心から心配してくれるそういう人間なんです。ですから私の全てをひっくるめて好きになってくれたと思っています。」
「なるほど。」
リサの全てか・・・僕はリサのガサツなところも全て愛していると言えればいいのだけど、ガサツなところは治してほしいな。後で言っておこう。調子に乗られないように。
「それから・・・私のオッパイの大きいところに惹かれたみたいです。だから愛も胸も大きく育てていきます。誰にも負けないように。」
うっそ。そんなこと婚約会見の場で言うことかよ。
記者さんたちの視線が僕に集中する。彼らの頭の中では『巨乳好き』という文字が乱舞しているに違いない。
皆、違うんだぁ。誤解なんだぁ。
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