第8話 無双プレイができるほど甘くないようです
「新太郎様。何をビクビクされているんですか?」
『グレイトノンキャリア』の訓練課程が全て終了し、火星基地での防衛任務に就く事になった。中田教官は休暇を取り、奥様の実家に行って土下座をしているはずだ。上手く復縁できれば1週間後に合流する予定である。
それまでの間、代わって那須議長が指揮を執るらしい。暇なんだろうか。そんな訳無いはずなんだが・・・。
火星基地までは転移魔法陣を使い移動してきた。これは火星の入植者を護衛していた地球連邦軍の宇宙船が持ち込んだものでこれにより、月基地から資材を運び入れているらしい。
その所為なのか既に火星の惑星改造は完了しており、火星のバリア装置さえ完成すれば次々と入植者を受け入れる予定になっている。
「千春。貴女がそうやって迫るからでしょう。アプローチしたいなら夜這いにしなさい。」
那須議長がビクビクとしているのはリサが決して視線を合わせようとしないからだ。今回の派遣では各自が召使いや付き人を連れて来ており、『織田旅館』からはチイちゃんがやってきている。
「はーいお姉ちゃん。ガンガンいきます。」
千春さんは素直に返事しているがその内容は酷い。夜に迫り倒すようだ。
でも那須家からは誰も派遣されてきていないということは千春さんに取っては隙だらけでチャンスだ。リサの面倒は僕の役割なのか。
「申し訳無いが火星基地の『ミルキーウェイ』は旧設計だ。従って最前線で戦って貰うことは無い。後方支援をお願いしたい。」
那須議長は終始リサと視線を合わさず、訓示を終えた。
防衛任務と言っても、地球連邦軍のエリートパイロットで構成される通称『グッドキャリア』1編隊6機の3編隊を後方支援するのが主な任務だ。ここで実績を積んだあとで月基地に配属されると言うことだった。
「あゆむくん。大丈夫?」
「武者震いだよ。武者震い。」
情けないことに震えてきたのだ。
「初陣は誰しもそうなる。心配することは何も無い。戦闘が始まれば勝手に身体が動く。そのために訓練してきたのだからな。」
ウォルにまで心配されてしまった。
「でも・・・。」
リサはともかく他の女性陣は萎縮している様子は無い。
「井筒の家系は神経が図太いんだ。気にすることは無い。何せ『西九条れいな』の直系だからな。」
ジョージが酷いことを言っている。『西九条れいな』と言えば、那須議長と散々噂になった女優だがそのとき既に既婚者だったそうでどれだけマスコミから叩かれても振られ続けても、挫けなかったそうである。
「そんなことあるけど。あゆむくんがそこに居るだけで勇気が湧いてくるの。」
あるんだ。どれだけ図太いんだか。なんだか肩の力が抜けてしまった。
☆
「攻めて来ないね。」
「うん。何故だろうなリサ。」
火星基地に配属された翌日に定期的に来ているアンドロメダ銀河帝国軍の戦艦が火星基地のすぐ近くに停泊しているのだが1度様子見で敵ロボット兵器が3機編成で飛んできて緊急発進したもののすぐに帰っていってしまったのだ。
その後は、いつ敵が来ても良いように『ミルキーウェイ』の表面を磨く日々を送っている。今日は胸の辺りだ。
「チイちゃんは?」
「コックピットを磨いて貰ってる。」
「私にも貸してよチイちゃん。」
「そう言って昨日も何かお願いしていただろう。リサの召使いじゃないんだから、余り扱き使うなよ。」
「だって右肩から右手までを任せたらピカピカにしてくれたんだもん。自分でやった左肩から左手までが汚く見えちゃって。」
それはチイちゃんが毎日厨房で寸胴鍋を磨いていたせいだ。ああ見えて力が強いらしい。
「リサが大雑把にやり過ぎなんだよ。」
そのときだった。
『フォボス方面から敵機15確認。全機至急発進せよ! 繰り返す。全機至急発進せよ!!』
「リサ行くぞ!」
持っていた道具類を片付け、裏のハッチに降り立ち背中に取り付けていた命綱を外す。
「どうしたの? あゆむくん。」
コックピットに入っていくとチイちゃんが顔を覗かせた。
「聞こえなかったのか。チイちゃん、早く降りて! 発進命令が出たんだ。」
「わかったわ。」
僕はチイちゃんと入れ替わりに操縦席に座り込むとヴァーチャルリアリティのヘッドギアを被る。そうすると自動的にDNA確認が行なわれてメイン電源がオンになる。
あとはゲーム筐体と同じように手首と足首が固定される。
僕はゆっくりと立ち上がる動作を行なう。
「きゃあっ。痛った~い。」
えっ。嘘。そんなバカな。そう思うと同時に『センサーネット入力』装置により、ヴァーチャルリアリティ空間内にコックピット内部の映像が映し出される。
「チイちゃん! どうして!!」
DNAが確認され、各個人別の『センサーネット入力』装置の設定がダウンロードされるのに2分、メイン電源が完全に起動するまでに3分、手首と足首が固定されるのに1分の合計6分あったはずなのに、そこにはチイちゃんが映っていた。
「ハッチから降りようとしたら、もう既に階段が外されていたの。」
僕はドック内部の映像に切り替えるとそこには、はしご階段を持って退避しようとする整備士の姿が映っていた。
DNA確認は一瞬でその直後に赤い回転灯が回る仕組みになっており、総員は退避する規定になっていたはずである。はしご階段は手動で外さない限り、ハッチが閉じるときに自動的に内部仕舞われる仕組みになっているのだ。
しまった。
僕がチイちゃんが降りたことを確認してからヘッドギアを被るべきだったのだ。
『『グレイトノンキャリア』6号機。どうした遅いぞ!』
どうすればいいんだ。確かマニュアルでは・・・そうか上官に報告するべきだ。
ヴァーチャルリアリティ空間の映像装置に那須議長の顔が映った。
『どうしたんだ。あゆむくん。・・・ははぁん。リサに内緒でチイちゃんとコックピットでデートかい。お安くないね。』
向こうがこちらの状況を把握できているようで安心する。
『冗談を言ってないで、どうすればいいか指示をお願いします。』
『コックピット内部の裏側にサブシートがある。そうそう、そこだ。そこに座って貰ってシートベルトをしっかりと締める。うんうん。チイちゃんは冷静沈着だねえ。』
那須議長が勝手にチイちゃんに指示を出してチイちゃんを固定してしまった。幾らなんでもありえなくなくない?
『ちょっと待ってくださいよ。チイちゃんは耐G試験も受けてないんですよ。このまま連れていくんですか?』
『そうだ。チイちゃんを降ろしていたら、ロスが大きすぎる。宇宙空間に出てしまえば重力なんて関係ないさ。飛び出すときに失神して胃の中のものが多少コックピット内部に撒かれてしまうくらいかな。』
気楽に言ってくれるよ。ゲロの被害に遭うのは主に僕だ。
とにかく上官の指示の下、行なったことなんだ。問題は無いはずだ。
『わかりました。後方支援を徹底して絶対に前に出ないようにします。』
『ああ、その辺りは任せた。じゃあチイちゃん歯を食いしばらずに閉じる状態にして、そうそうのみこみがいいね。では、あゆむくん健闘を祈る。僕を恨まないでくれよ。』
僕が吐瀉物まみれになることが前提のようだ。でも行くしかない。
『では行ってまいりま『念のため言っておくが、重力加速はチイちゃんが居る分だけ速くなるからな。気をつけろよ。』』
遅いよ全力で飛び出しちゃった。
『あゆむくん。遅い! 遅いよ。戦闘始まっちゃったよ!! ・・・って、何処に行くのよ。』
想定よりも高い位置まで飛び上がる。目の前では既に『グッドキャリア』と敵ロボット兵器との睨みあいが始まっていた。
敵ロボット兵器と目があった気がした。ヤバイ。こちらは無手だ。背中に取りつけられたビームサーベルじゃなかったレイピアに手を掛けると同時に降下速度の調整に入る。
レイピアを振り抜きギミックが噛み合い直線となると同時にこちらに向ってくる機体が見える。何故か『グッドキャリア』の面々に後ろを見せて次々とこちらにくるのだ。ありえない。
『あゆむくん流石!』
僕の『ミルキーウェイ』はレイピアを振り抜き敵機頭部を切断する。相手のロボット兵器も関節部が弱いらしい。
感心して見てないで助けてよ。
頭部を切断されたロボット兵器は戦線を離脱していく。弱いと言っても致命的な箇所では無いようだ。
次に向ってくる敵機に向ってレイピアを首関節部に向って突き出すと剣先が吸い込まれる。今度こそ致命的な箇所だったようで敵機の後部ハッチが開き、緊急脱出ポッドが飛び出していった。
何かがおかしい。
「きゃあっ。」
そう思ったときには既に5機ほどに致命的なダメージを与えたところでガクンと衝撃を食らった2機の敵機により、両脇を捕まえられてしまったのだ。
チイちゃんの悲鳴が聞こえる。ヤバイなんてもんじゃない。
「ごめんね。あゆむくん。」
後ろからチイちゃんの声が聞こえたと思ったら、首筋から頭部に掛けて衝撃があり、周囲が急に真っ暗になった。




