第6話 パイロット候補生たちは練習するそうです
『もういい。あゆむくん。見本をみせてやってくれないか。』
僕は中田教官に言われた通り月面の半地下のドックから出口に足を掛けて、足の力だけで少しだけ飛び上がり反対側の足で地上に着地する。
これだけのことが月面では大変難しいのだ。角度を間違えて反対側の足をドックの壁にぶつけてしまう。だけどそれならマシなほうで1度なんか垂直に上がり過ぎてそのままドッグの床に真っ逆さまに落ちたこともある。成功してよかった。
そのまま推進装置を自動運転にして今度は両足で飛び上がると月面スレスレの状態で静止した状態になった。こうなれば後は地上での動きと大差無いように自動調整してくれるので好きな方向へ飛んで行く事ができる。
今日は何処へ行こうかな。
『あゆむくん。何処へ行くつもりだ。今日は編隊飛行を練習する予定なんだぞ。』
中田教官が焦ったふうに言ってくる。
『皆がドックから問題無く出られるようになるまで3時間は掛かると思いますのでその辺りをグルグル回ってきます。』
『そうか。そうだな。だが連絡を入れたらすぐに帰ってくるんだぞ。ほらジョージ頑張れ!』
『リサ。行こ。』
先にドックから出ていたリサの(『ミルキーウェイ』の)手を掴みとる。
『そういえば2人きりのデートは初めてね。何処に連れて行ってくれるのかしら。』
これはデートなのか?
肉体は『織田旅館』に設置された筐体の中だ。期待されても見渡す限りクレーターでお寒い限りだ。
とにかく無言で第1の目的地である。チルトン・イン・ザ・ムーンに近付いていく。ズームで最上階のインペリアルスイート辺りを拡大していくとマイヤーさんの姿が見えた。
『ほら。マイヤーさんに(『ミルキーウェイ』の)手を振ってあげなよ。』
マイヤーさんだけでなく宿泊客の最近のトレンドは時折見える『ミルキーウェイ』の訓練風景を見ることだそうだ。それを聞いてから、出来るだけここに来て手を振ってあげることにしている。
『デート中に他の女の話をしないでって言いたいところだけど、そんな優しいところも大好き。』
自分の夫の転生した姿であるリサの無事(繰り返すが肉体は『織田旅館』にある)を見せてあげれば少しは慰めになるだろうと連れて来たのだがリサの不評を買ってしまったようだ。
リサ(の『ミルキーウェイ』の手)がチルトン・イン・ザ・ムーンに向かって振ると画面に映ったマイヤーさんも笑顔で手を振ってくれた。意思が伝わったようである。良かった。
そのまま月基地の周囲を歩いていく。ドーム状の窓から時折見える街並みはバレンタインデー一色に彩られている。
『明日のバレンタインデーは期待しててね。朝から頑張って昼前までには準備を終えるから、それまで部屋に入ってきちゃダメだよ。』
バレンタインデーの準備と言えば手作りチョコだろうけど部屋にそんな設備は無い。どういうことだろう。悪い予感しかしないんだけど。
この手のことを入れ知恵しているとしたら那須議長だ。
『ダメだぞ。全身にチョコレートを塗りたくって、私を食べてとかは?』
『どうしてわかるのよ。』
やっぱりだ。エロバレンタインの定番中の定番すぎるだろう。
『そんなの実在しないぞ。リサは騙されているんだ。』
『だって・・・その・・・幸子さんが・・・実行して・・・。』
『Y1』の記憶の中に林幸子さんが実行しているシーンが残っていたようだ。それは強烈な記憶だよな。全くもう。
『あの人は拒絶しているだろ。それとも普通のエッチじゃあ満足できないのか?』
『そんなことは無いけど、どう頑張ってもチイちゃんに負けそうなんだもの。凄いのよ二段式のチョコレートケーキの上にたっぷりと苺が載せられて、とっても美味しそうなの。』
これぐらいとリサが大きさを形作ってくれたところによると250センチはありそうだった。
『喰いきれなさそう・・・。』
それを1人で喰えというのだろうか。どうやってか保存したとしても1年以上は掛かりそうだ。
『バカね違うわよ。『グレイトノンキャリア』皆で食べる分よ。個人的に渡す分は別にあるんじゃないかな。』
『それでも無理じゃないか。2メートル以上もあるケーキなんて。』
『えっ。『えっ。』』
思わず顔を見合わせる。『ミルキーウェイ』の機体頭部だけど。
『って何? 何か間違ったか??』
『ごめんなさい。25センチだった。』
『ああ吃驚した。驚かせるなよ。』
『あゆむくん。今のワザとでしょ。幾ら私でも騙されないわよ。』
ははは。流石にバレるか。
☆
『中々サマになってきたじゃないか。』
お喋りしながら月基地の周囲をぐるりと回ってきたところで3時間が経過していた。次は編隊飛行の訓練だ。
『はあ。』
3機編隊、5機編隊、7機編隊と練習するのだが真ん中の機体のパイロット以外は自動的に距離を保ち飛行してくれるので特にする事が無いのだ。宇宙空間には建物も無いので地上で練習したときの方が難しかった。
もちろん最後には離脱するので操縦桿は握っているだけである。
小1時間も経てば皆マスターしてしまった。




