第5話 パイロット候補生たちは合宿するそうです
「皆さん『織田旅館』にようこそいらっしゃいました。女将の服部加奈です。」
久しぶりに見た加奈さんの女将姿はビシっと決まっていた。普段の着くずれたいい加減な浴衣姿とは大違いだ。
「わぉ。作務衣姿のあゆむくんも格好良いねウォル。」
ジョージが褒めてくれる。
「フン。馬子にも衣装といったところだな。」
『グレイトノンキャリア』の面々はおよそ一ヶ月半で基礎訓練を終了してしまった。実は彼らも数少ない15倍から20倍のヴァーチャルリアリティ時空間の資格保持者で僕以上に詰め込み式で訓練を終えてしまったのである。
僕といえば彼らより一足早く基礎訓練を終え、宇宙で『ミルキーウェイ』の操作に慣れ始めたばかりで殆ど横一線という有様だ。リサの力を借りて唯一のアドバンテージと言えるの30倍のヴァーチャルリアリティ時空間の壁を突破したのが今回の成果と言っても過言じゃない。
「褒めてくれてありがとうウォル。でもそのことわざは2つの意味があるから、使わないほうがいいと思うよ。今言ってくれたみたいに『着飾れば立派に見えるのだから常に身嗜みを整えたほうがいい』という褒める意味と『身分が低い人間でも着飾れば立派に見える』という貶す意味なんだ。」
ウォルは日本人フリークらしく、いろんなことわざを披露してくれるのだが、時々間違った使い方をされて戸惑ってしまう。今回のことわざはもっと複雑で専ら貶す意味で使われることが多いのだが間違ってもいないという。喋るニュアンスで意味が変わるからだ。
「うん。使わないようにするよ。」
そんなときは顔をできるだけ近づけてお礼を言いながら教えてあげると素直に受け取ってくれる。
10歳も年上の男性に対して失礼かもしれないが、その後でハグしてあげると嬉しそうに微笑んでくれてとても可愛いのだ。
「血筋だね。」
「うん血筋だよね。」
また『Y1』と混同される。ことあるごとに顔だけでなく行動までソックリだと豪語してくるのだ。
「あんな天然の誑しと一緒にしないでくれないかな。僕は意図して有効活用しているんだよ。」
『Y1』が全く知らない人を誑かすところは見たことは無いが周囲のどの人間にも好かれているのはそういうことらしい。
「悪い誑しなんだ。」
リサまで調子に乗って言ってくる。
「いいのよ。悪い誑しでも良い誑しでも見ているだけで幸せな気分になるんですものウォルもそうでしょう?」
唯一庇ってくれるのは千尋さんだけだ。微妙なフォローだけど。
「ところで本当にいいの? この旅館で。リサが滞在している別棟しか、皆に合うような部屋じゃない普通の部屋しか無いんだけど。」
今回、『グレイトノンキャリア』の面々が僕のところにやってきたのはここで合宿するためらしい。
旅館の卓球場を潰して『ミルキーウェイ』のリモートコントロールの筐体が運び込まれている。そう言っても殆どゲームセンターにある『黄昏のフォボス』のゲーム筐体セットにしか見えないんだけど。
「いいのよ。世話をしてくれるのがあゆむくんならば構わないわよ。」
1人を除いて皆が頷く。何故か中田教官まで一緒に頷いている。5人でもかなり無理があると思うのに6人なんて絶対無理だ。そう言ってもチイちゃんにイタズラするかもしれない人間を放置するのもなあ。
「ここに居れば新太郎様が現われるかもしれないでしょ。」
1人だけでもブレ無い人間が居るのは安心するよね。多分、現われないと思うけど。
まあリサほどガサツじゃないことを祈ろう。
☆
「『ジョージ。行きマース!』」
余程、大きい声で言ったのかジョージの声が筐体内からと筐体外からと二重に聞こえる。
『ジョージ。煩い! 宣言せずに勝手に行け!』
アニメの影響なのか大抵の人間はロボット兵器に乗って初めて宇宙に飛び出すときに宣言してしまうらしい。僕もやってしまい恥ずかしい思いをしたがジョージのときは中田教官から叱責が飛ぶ。
だがこんな恥ずかしいミスをした覚えは無いぞ。
何時まで経ってもジョージの機体が動く様子は無かったのだ。
『おいジョージ。歩いて出て行くんだと習っただろうが、それとも電磁カタパルトで宇宙の果てまで飛ばされたいか!』
1分経ち。2分経ち。痺れを切らした中田教官が怒鳴りつける。
アニメのように勝手に飛び出すものと勘違いしていたようだ。月の重力下で高スピードで出撃すれば当然月の重力を離れ宇宙に飛び出していく。レーザービーム光線がミスリルを貫通せずに押す力を利用した推進力で戻って来れたとしても数ヶ月は掛かってしまうのだ。




