第4話 派手なプレイができるそうです
「あゆむくん。そのカレーって、どんな味がするの? 食べてみたいな。」
思わず口に運んでいたカレーライスを噴き出すところだった。
「『Y2』なんでこんなところに居るの?」
ここは僕の学校の食堂だ。昼食も終りかけの時間帯にめぼしい定食類が全て売り切れて無くなっていた僕がカレーの食券を買い食べていると目の前には『Y2』が座っていた。
しかも今までは化粧っ気が少なかったが、今時の女子高生と同じくバッチリメイクをしており、美人度に拍車が掛かっていた。
突然現われた美人に周囲の男共は聞き耳を立てているので、周囲を伺うようにコソコソと話す。
「あゆむくんを説得するために転校してきたの。」
「えっ。『Y2』って高校生だったの!」
「『Y2』は止めてよ。自己紹介したでしょ。リサって呼んで。」
こちらも驚きを隠せずにぞんざいな言葉遣いになっているけど、彼女もいつものお嬢さま言葉じゃなくて、高校生らしい言葉遣いに変わっている。
「リサさんは高校生だったのですか?」
相手のペースに乱されっぱなしでは困るので言葉遣いを戻した。
「さん付けも止めてよね。」
「はい。わかりました。」
「ピチピチの17歳よ。学校はスキップしたから大学院も卒業しちゃったけど。本当なら高校生になるわよね。それにこの学校に入学したいと言ったら簡単に入れてくれたわよ。」
『ピチピチ』ってオッサン臭いな。時々、そういうところがあるんだよねリサって。権力を使ったのか。いや多分違うな。権力に弱いうちの校長だったら、簡単に入れてくれそうだ。
「てっきり25歳くらいだとばかり思ってました。」
化粧っ気も少なかったし、落ち着いて見えたからそんなふうに思っていたのだ。
「何よ。その具体的な数字は。『可愛い』って言ってくれたのはお世辞だったのね。本気にしたのに。わかったわ。これは仕返しね。」
リサは僕のカレーを奪い取るとそのまま口に運ぶ。それこそ『可愛い』仕返しだと思ったが周囲から聞こえてきた声に愕然とする。
間接キッス。
周囲の男共の視線がキツくなったのは気のせいじゃないらしい。他にもヒソヒソと最近言われなくなっていた『OLDTYPE』とか『チビ』だという悪口が聞こえてくる。『リア充爆発しろ』というのは彼女の居ないオタクグループだから無視しておこう。
すぐにカレーを奪い返す。僕の昼飯は半分くらい消えていた。
「何よコレ。具が全く無いじゃない。でも意外と美味しいわね。」
そりゃそうだ。学校の食堂のカレーに具は殆ど溶け込んでしまって無いのが普通だ。でも大鍋で作ってある所為か。想像以上に美味しい。まあレトルトのカレーに勝てる程度だけど。
☆
「リサ・ローランド・那須くんだ。仲良くな。」
リサが僕のクラスに入ってきたことを担任の教師が説明する。お約束通り過ぎるだろう。
しかも蓉芙コンツェルンのトップであることは伏せられていたが地球連邦の那須議長の養女であることは隠してなかった。周囲に女性ボディガードを配置するためらしい。
「あゆむくーん!」
リサが壇上から手を振ってくる。やってくれるよ。周囲の視線が痛い。
「服部の知り合いか? 良かったな。プリンセス・リサのご学友に昇格だ。粗相をするんじゃないぞ。丁度、服部の隣が空席だな。そこに座って貰えるかな。」
周囲の視線の意味に気付いていない教師がとんでもない提案をしてくる。もうちょっと空気読めよ。しかもプリンセス扱いかよ。確かに凄い権力者だけどな。
昨日、季節外れの席替えをしたのは、そういうわけだったのか。僕は窓寄りになれてラッキーと思ったけど隣の席が空席だったのが気になっていたのだ。全て計画的だったらしい。
☆
「じゃあ、後は復習の時間とする。」
あーあ、復習の時間って退屈なんだよな。
「あゆむくん。復習の時間って何?」
「リサの高校には無かったの?」
「こんな通常空間で受ける授業自体初めてよ。物凄く楽しいの。全部ヴァーチャルリアリティ空間で自動学習だったわ。凄く有名な先生ばかりで解りやすいんだけど、つまらなかったわ。」
予備校の動画みたいなものかな。
「復習の時間はヴァーチャルリアリティ時空間で練習問題をやるんだ。ノルマは20問。ほら机の横にぶら下がっているヘッドギアを装着して。」
リサがモタモタとヘッドギアをつけているのを横目に僕も自分のヘッドギアを装着する。
大抵の最後の10分が復習の時間で6倍のヴァーチャルリアリティ時空間に換算して60分間だから大体1問3分の計算なんだけど、僕の場合は20倍のヴァーチャルリアリティ時空間で200分あるから練習問題を2倍の40問したとしても80分も余る計算になる。
ノルマが終れば通常空間に戻れるが、半分近くの時間を残して戻ってくる教師に態度が悪いと見られてしまうから、ギリギリまでヴァーチャルリアリティ空間にいることになるんだよな。
苦手な科目ならギリギリまで練習問題を解いていればいいんだけど。この授業は得意科目だから20問やれば十分なんだよな。
はあ。あと140分どうやって時間を潰そうか。
「はあい。あゆむくん。問題簡単だったわね。」
えっ。
声がした方向を見てみるとヴァーチャルリアリティ空間に裂け目が出来ており、リサが顔を覗かせていた。
「よっこらしょ。」
今度はオバサン臭い掛け声で裂け目からリサが入り込んできた。
「ど・どうやって?」
「ヴァーチャルリアリティ空間は全てスーパーコンピュータ上で動いているのは知っているよね。」
「う・うん。」
確かヴァーチャルリアリティ社はスーパーコンピュータのリソース上で管理をしていたはずだ。
「トップシークレットなんだけど。そのスーパーコンピュータはあゆむくんが来た蓉芙コンツェルンの高層ビルの中にあるのよ。私のアカウントにはスーパーコンピュータの管理者権限も付いているんだ。だから、このヴァーチャルリアリティ空間へ干渉する権利もあるんだよ。」
またトップシークレットかよ。いい加減してほしいな。
「でも、ここ20倍のヴァーチャルリアリティ時空間なんだけど。」
「あらそう。私は30倍まで耐えられるわよ。」
凄い。人類最高峰の耐性を持つのは彼女なんだ。
「あれっ。『ミルキーウェイ』の操縦で『センサーネット入力』装置を使っていたよね。」
確か『黄昏のフォボス』の公式サイトにそんなことが書いてあった覚えがある。
「今は管理者権限を使って切ってあるわ。それから怒らないで聞いて欲しいんだけど、実は私もOLDTYPEなのよ。」
「公式サイトに書いてあったのは嘘だったんですか?」
「違うわ。確かに『黄昏のフォボス』では使っているわよ。でもね脳波が弱いうえに汎用の設定では合わないのよねえ。そこで増幅装置と専用の設定で『ミルキーウェイ』を動かしているのよ。」
「そうすると僕も専用の設定を行なえば『センサーネット入力』装置を使えるということですか?」
「おそらくね。今までに専用の設定を行なっても使えなかった人間は居なかったわ。ただ時間とお金は掛かるけどね。あゆむくんも地球連邦軍に入ってくれれば、『ミルキーウェイ』の操縦訓練の際に専用の設定を行なうつもりだったわよ。」
なんてこった。そもそもOLDTYPEなんて居なかったらしい。
「何で! 何でOLDTYPEなんて蔑称を否定してくれなかったんですか!」
思わずリサに詰め寄って抗議してしまった。何もかも彼女が決めたことじゃないのは解っているがこの憤りを持っていくところが無かったのだ。なんて情けない。
「待ってよ。冷静に。お願い。」
「うん。ごめん。」
過去に散々OLDTYPEと差別されたのだ。簡単に忘れられるものでもない。友人も殆どできず、最近ゲームセンターへ行くようになって、高校生になって初めてできた友だちと『黄昏のフォボス』をプレイするようになったのだ。
「いいのよ。あゆむくんが何故そうなったかは解らないんだけど。大抵、通常空間で1日14時間から18時間くらいヴァーチャルリアリティ時空間を利用する仕事人間が掛かる病気みたいなのよね。」
今は労働関連の法律で通常空間の勤務時間もヴァーチャルリアリティ時空間での勤務時間も同等に扱うことが定められているが昔は通常空間の8時間分の賃金しか貰えなかったブラック企業が横行したらしい。
今でも仕事人間は過少申告をする例が後を絶たないと聞くからな。でも僕もおそらくそうなるに違いない20倍のヴァーチャルリアリティ時空間を有効活用しようとすれば、通常空間で1日1時間や2時間の労働で済むはずがないのである。