第8話 ファンタジーの世界だったようです
「本当に俺にそっくりだね。」
その人はそれだけ言うと頬を染めて顔を背けた。これが謎が謎を呼ぶという状況なのだろうか。
「あの僕は貴方のことを何と呼べばいいのですか?」
流石に自分の直系の先祖を『あの人』とか『総帥』とかで呼びたくない。まあ単純にお爺様でもいいのだが、目の前の男性はどう見繕っても40歳を超えているようには見えないのだ。お爺様とも呼びにくい。
「そうだな。『Y1』でどうだろう。呼び捨てでお願いするよ。」
即決で『Y1』だなんて、なんかムカつく。
「ふーん。そうですか。『Y1』と『Y2』であるリサとはどういった関係なんです。」
「あゆむくんは直球勝負だね。簡単に言ってしまうと魂の関係かな。君は『転生輪廻』という言葉を知っているかな。」
大抵の宗教で唱えられている思想で人は常に生まれ変わり続けているというものだ。
「ええと。人は死ぬと魂が離れ、新たに生まれる人に宿るのでしたっけ。」
「その通りだ。つまり俺が死んで魂が離れ、新たに生まれたリサに宿ったわけだ。単純だろ。」
「でも貴方は生きているじゃないですか。」
「いいや。死んでいるのだよ。どうしてもやらなければいけないことがあって呼び戻されただけなんだ。1ヶ月もすれば再び死の床につくことになる。」
「死の床って、コールドスリープのことですか?」
「そんな技術は無いのだよ。こうやって呼び戻される俺を見て、人々が勝手に推測しているだけなんだ。確かに麻酔を使って眠り、そのまま冷凍して死を迎えるんだけどね。」
そういった技術を銀河連邦の研究者が開発したのだという。しかし、デモンストレーションで冷凍後すぐに解凍され目覚めれば生き戻ることはできる。でも1日でも間を空けてしまうと戻ってこれなくなるらしい。
「だったら、どうやって呼び戻すのですか?」
「魔法を使うのだよ。『蘇生』魔法と呼ばれている。」
「魔法って・・・やめてください・・・嘘ですよね。そんなことありえない。」
地球連邦が設立され、すったもんだの末植民地支配を受けずに銀河連邦の加盟を果たし、宇宙開発を行っている時代にファンタジー小説の魔法が出てくるなんて。
「はて困ったな。こうやって指先に炎を灯して見せても信じられないだろうね。」
『Y1』が指先に炎を付けて見せてくれる。
「はい。それぐらい僕にもできますから。」
僕はキーホルダー型携帯端末に触れ、簡易ヴァーチャルリアリティ空間に入り、携帯端末で『灯り』を選択すると随分小さいが炎が指先に灯る。ほかにも指先から水を出したり、風を送ったり、ビリッとするくらいだけど痴漢撃退グッズも選択できる。
「本当に困ったな。那須くん。『移動』魔法も『ゲート』という技術だと教えてあるんだったよね。」
「そうですね。『フライ』なんかが良いんじゃないでしょうか。」
「そっか。『フライ』は装備品が必要だということにしてあるんだっけ。」
『Y1』がその場で浮き上がる。確かに浮いている。しかも手品じゃないことを示すようにその場で何度も宙返りして見せてくれる。
「そうですね。地球連邦軍の『フライ』習得者にはリュック型の装備により、簡易ヴァーチャルリアリティ空間から『飛ぶ』を選択させることで教え込んでいます。」
確かに地球連邦軍の曲技飛行隊である『ホワイトインパルス』にはリュック型装備を付けて、曲技を行う部隊がいて、航空観閲式などで魅せる曲技の中でも1番の人気でそれを行える人々は空軍の中でもエリートと呼ばれている。
「風魔法の適性があっても『飛べる』という思い込みが大切だからね。」
えっ。まさか。
僕はキーホルダー型携帯端末から手を離し、ヴァーチャルリアリティ空間から自動ログアウトすると指先を見つめて『灯り』『灯り』『灯り』と唱える。
「あっ。点いた。」
指先に炎が灯ったのは一瞬ですぐに消えてしまった。
「凄いね。この子、俺よりも魔法使いの適性が高そうだ。後継者にしたくなってきた。」
「本気で言っているんですか? ダメですよ。リサに怒られます。」
「とりあえず魔法も信じて貰えたことだし、話を戻そう。つまり君の隣にいるリサの身体からは魂が抜け落ちているんだ。」
リサの身体から魂が抜けて『Y1』に宿っているらしい。
「だったら、すぐに返してあげてください。できるのでしょう?」
「それが出来ないんだ。『蘇生』魔法には特別なコストが必要でね。渚佑子が使う『蘇生』魔法では『記憶』がコストとして必要なのだよ。」
「記憶が失われるなんて・・・。」
「俺の身体は単なる死体だ。普段は時間が止まったところで保存されているんだが、そこから取り出して解凍し、『蘇生』魔法を使うまでに若干の時間が必要でそれにより、1ヶ月近くの『記憶』が僕の身体から失われてしまうんだ。」
「それは貴方の『記憶』だ。」
酷いことを言っている。『記憶』を失うということはどういうことだろう。その間に会った人、出来事、全て忘れてしまう。そこには『大切な記憶』もあったはず、それをリサのために差し出せと言っているのである。
「そうだな。出来ないことは無い。俺とリサの『記憶』はミルフィーユ状に積み重なっているんだ。俺にもうっすらと君との逢瀬を思い出せるし、リサも俺の人生を思い出せる。」
なるほど、初めに会ったときに頬を染めたのは、リサと僕がエッチしたところを思い出したんだな。そういえばリサも『Y1』のことは詳しかった。
「そうすると今眠りにつくと次に『Y1』が呼び戻されたときにリサの『記憶』が失われてしまうのですか?」
「さあ試したことが無いからわからない。だが試してみるわけにもいかないんだ。」
当たり前だ。万が一リサから『記憶』が失われ、僕のことを忘れ去っていたとしたら・・・そんなことには耐えられそうに無い。




